不変

帝国学園になまえと辺見が入学してから、早一ヶ月が経過しようとしていた。

辺見は厳しい入部テストを経て、無事にサッカー部への入部を果たした。そればかりか、実力の高さを認められ、学園長兼サッカー部監督──総帥・影山零治の判断で、一軍入りを果たしている。影山曰く"今年の一年は粒ぞろい"だそうだ。

一方でなまえは、サッカー部の掲げる"伝統"――女子禁制に門前払いを受け、渋々と学業に専念している様子である。そんなままならぬ側面がありながらも、彼女の真面目さと人柄があってか、サッカー部に入部できていないことを除けば、新しい環境に即座に馴染んだ学園生活は大変順調ともいえた。

──同じ道を歩んでいるはずなのに、二人のサイクルはまるで嚙み合っていない。

単純に、クラスが違うからであるとか、仲良くしている友人グループが異なるからであるとか、そういったことではない。漠然と心の距離が、過ごす時間が、日を追う事に過去のものへと変換されていくのを感じる。二人の不変に思われた友情は、その実、サッカーという繋がりで成り立っていたことに、辺見は気付いてしまった。その事実に彼は焦りを覚えながらも、過酷な練習に追われ、気にかける余裕などなかった。



「……なあ、辺見」



サッカー部の、午後の練習前のことである。部全体でウォーミングアップを行っている最中、残すところあと一種目といったところで、辺見の隣――同じく一年で一軍の佐久間次郎が、何やら小声で耳打ちした。



「あの子、お前の彼女なんだって?」

「カノ……、はぁ……?」

「ほら、あそこにいる子。いつもお前のこと見てるって噂になってるぞ」



何やら含んだような視線で一点を見上げる佐久間。全く身に覚えのないそれに疑念を覚えながらも、辺見は彼の視線を追った。そもそも帝国学園サッカー部は恋愛禁止なのだ。

見上げた先――練習コートを俯瞰するように作られた通路の上に、小さな人影がひとつ。その存在を認識した時、彼の心臓が嫌に大きく跳ねた。

――なまえだ。

彼女は辺見と視線が重なると、変わらぬ穏やかさをもって、嬉しそうに手を振る。辺見はどこか後ろめたさを覚えつつも、控えめに手を挙げて、それに応えた。



「……あいつは彼女なんかじゃねぇよ。昔一緒にサッカーやってたんだ」

「ふうん……? ということはあの子、サッカーはもうやってないのか?」

「……チッ。あいつの話はもういいだろ……」



辺見は苛立ちを纏った言葉を最後に捨ててストレッチを終える。そしてそそくさと次の練習に備え駆け出したが、彼の視線はどうも落ち着かぬ様子で度々彼女に向けられている。
佐久間の言った「いつもお前のこと見てる」という言葉が辺見の中で反芻した。つまり、サッカー部の練習を眺めているのは今日が初めてではないということ。それはなまえにとって、辺見との友情、そして過ごした時間は決して過去のものではなかったという証明だった。



「辺見……?」



サッカー部に入部して以来、初めてみせる彼の動揺。
佐久間は怪訝に思い、恐らくその原因となるなまえを再度仰ぎ見た。

厳格な帝国学園の生徒らしくない毒気のない雰囲気に、辺見と──サッカーボールを追いかける瞳。辺見は彼女のことを「サッカーをやっていた」と過去形にしていたが、なまえから放たれる純な輝きと、その奥に潜む得体の知れぬ熱に、わずかな違和感に対しても思索を巡らせる佐久間の好奇心が膨らんだ。

──そもそもこの時間は、サッカー部に限らず、どの部活動も練習などに励んでいるはずである。
あらゆる分野で全国トップを誇るこの学園では、内申書の観点からも、部活動に所属しない生徒はまずいない。



「……そんなわけ、ないか」



佐久間は小さく首を振る。
自身の脳裏に浮かび上がった幾つかの仮説を、くだらないとばかりに切り捨てる。後にサッカー部で参謀として活躍する彼の答案は、経験という裏付けを欠き、確信に至るにはまだ早い。



「!」



視線の衝突が、佐久間の熟考を破る。
なまえと佐久間はまるで面識がなかったが、彼女はそんな彼に対しても、少しだけ照れ臭そうに微笑んで、ぎこちなく手を振る。
サッカー部全体を、そして辺見を射抜くようなあの輝かしい眼差しを正面から受けるのは、彼にとって少しだけ、重すぎた。

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