はじまりの風


サラサラ……と流れる気持ちのいい水の音が耳に届く。
とても心地の良い音色だ。


今日、私は友人を連れて電車でしばらく揺られれば着く自然公園へ来た。
美術部の部活動の一環として毎年夏休みに参加しているコンクールがある。
そこに出す作品を描きに訪れたのだ。

テーマは「自然」。自然といっても厳密になにか指定されてるというのは無く、まあとにかく自然って感じが出ていれば何でもいいよと言う顧問のお達しだが、
逆に分からないので普通の自然を描くことにしようという訳に至った。

まあありきたりなテーマだけど自由よりはマシだろう。テーマが自由だと本気で何を描けば良いのかさんざん迷って迷走するパターンがほとんどだ。今までの自由がテーマのコンテストはほとんどそれだ。自由と言うのならピカソチックな絵を描くぞ、キュビズム満載の……とか言いつつも普通のを描くわけだけれど。
それで賞を取ったことは一度もない。

此処は県の奥地だがレジャースポットとしても人気な公園で緑が溢れており、訪れるだけで心が癒される疲弊した現代社会を生きる人にとって憩いの場、とかなんとか。
パンフレットにそう載っていた。少し離れれば田舎町と山しかない、県の端っこ側によくある事情だ。


「どこで描く?」

『あー、うーん……』

「同じ場所で描くのは顧問も五月蝿そうだしなぁ……、一旦別れようか」

『ん』


確かに同じ場で描いてもつまらない。それに頷き友人とは別の道を歩く事にした。
画材道具を持って川に沿って適当にふらふらと歩く。

川に沿っても道に沿っても描きたいと思える場所が無く、このままだと日が暮れてしまうので
一先ずそばにあった切り株に座る。
水辺は自然というテーマの中では、動きがあり今の私の画力では難しいので描く気にはなれない。

目の前には多種多様な植物が生い茂っていた。
「自然」という題材にはぴったりだろう。

しかし、自分が飽きずに細部まで描けるかは別の問題だったりする。
どうしても風景というものを描くのが苦手なのだ。なにせ緑の自然とは描く容量が大きい。
描けども描けども終わらない無限ループ。
無限ループって怖いよね……。

それとインスピレーションというか、やる気というものがいまいち湧かない、そういう状態も困る。
そこは自分が頑張るしかないか……。

少し溜め息をつきながら真剣な表情に切り替えて真っ白な白紙に向かった。



* * *



『〜♪』

ヘッドホンをしながらさらさらと規定のサイズの画用紙に下書きをする。葉の枚数が多い所とかはささっと適当に、岩を描き、苔生した樹を描き、地面を描く。

自然のBGMを聴きながら描く方が集中力的にも良いんだろうけど、JPOP系の曲が聴きたくなったのでシャカシャカと鳴る曲に鼻歌を歌いながらデッサン用の鉛筆を持つ手を素早く動かす。

描いては消し、ゴムで消して納得する構図を練る。
失敗しながら正解を見つけるようにして、描く。消しゴムは柔らかいタイプの物が紙が痛まなくて良い。
暫くして下書きは完成し本格的に色を塗ろうとしたところ、

それは起きた。


――……。


『……?』


ふと顔を上げると辺りは薄く霧に覆われていた。なんだか不気味だ。それに空気も変わった様な。
こう、フッ……と暗転するみたいな。
目の前を白い光みたいなのが漂う。一瞬埃か虫かと思った。


……ん?白い光……?


気づけば周りには無数の白い光が雪の様に、この霧の中で神秘的に舞っていた。


『………えい』


触っても突いても溶けずに逃げていった。
疲れが出て幻覚でも見えたんだろうか……。
といってもそんなに疲れた覚えない。まず幻ではないだろうか?これ。
エクト……プラズムとかいう光だろうか。人魂が写真に映り込むという怪奇現象的な界隈ではスカイフィッシュやグレイ並みにお馴染みな存在。
けれどあれは写真や映像を通してであって、肉眼では見えなかったような……。そこまで詳しくないからそれ以上分かりようがない。

いやいや、それでも簡単に目に見える代物では無かった気がする。
この世に生を受けて14年。唐突に霊能力が開花したとか?
いやそれは無い、厨二病でも幻覚は見えない。

そのフッ……て感じに何かが変わった気がしたのは覚えている、感覚的に。
この場の空気なのかどうかは解らないが。
地震でも起きたとか?電波的な何かとか。
もう何がなんなのか分からない、それだけ自分は混乱していた。

いろいろと考えに更けていると後ろからガサッと物音が聞こえ、
思わずビクッ、と肩を揺らした。


(友人………とか?
いや、“あれ”は色んな意味で人の話を聞かない奴だし……、今ごろスイッチが入って集中タイム突入しているだろうからしばらくはこちらには来ない、だろうし……)


残るは……不審者?
一般人なら声をかける、はず。眉を潜め、ヘッドホンの音量を小さくしながら考える。
そういえば風の噂で聞いた事が二つ。

一つは神隠し紛いの事件。
自分が生まれる前に起きた事件で子供が急に消えたというもので必死の捜索も虚しく捜査に手詰まってそのまま時効、お蔵入りになったという。

一つは先週起きた痴漢事件。
因みに襲われた女性は勇猛果敢でその痴漢を習っていた体術で張り倒し、痴漢は逃げたけれど無事逮捕されたとか言う……突拍子も無いものだけれど事件は解決済みだ。

嘘か本当かは解らないが、どちらも自分に起こったら嫌だ。
よくよく考えたらこんな森のなかで一人になるとか不審者の恰好の餌になってて危機管理なってない自分にやっと気づいた。
思わず顔を青ざめる。

そして、後ろにいる不安の根源は確実にこちらへと歩んでいるだろう。

下敷き代わりの板を強く握った。武器にはならないが目眩しにはなるはず。
そして大きく振り返り板を振るった。
しかし今日、この時ほど後悔したものは無かった。

不審者と決め付けていた人物は自分よりも子どもだと気付いたのは板が顔面に直撃するまであと一、二秒前の時だった。



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