蒼と白金の月と




意を決した表情で彼女はこちらに顔を向けた。
そこには先ほど無邪気に楽しんでいた少女はいなかった。
凛と佇む力強い花のようなその姿はまさに王女としてふさわしい。


「あなた達はゼルダ姫……私に会いたいんですね」

『……はい、誰も寄せ付けなかった森の秘宝は彼が持ってるんです。それをあの男から死守した森の精霊に、それを姫に見せれば分かるって……』


あのドレス姿とは違う彼女はどこか新鮮さを感じられた。
それに倣い自分も敬語を使う。
思い出すのはデクの樹が最期に残した言葉。
あの男が放った死の呪いに最期まで抗い、そしてコキリの翡翠をハイラルの姫君に見せろとリンクに託して死んでしまった。
今でも思い出すと鼻がツンとしてしまうがそれを誤魔化す。
デクの樹の遺した言葉が私たちがここへ来たただ一つの、とても大切な理由なのだ。


「ハイラル城へ向かいたいのなら一般では招待状でも無い限り城に入るのは不可能です。
ですが、壁を登ってくと簡単かも知れませんね」


私もやりましたから。
くすり、と笑いながら小さく呟く姫。

蔓を伝って下りてくお転婆ゼルダ……。想像出来てしまうほど、彼女の第一印象が出会う前と違う。
脱出経路を知ったインパさんは心配かけないで下さい……と言わんばかりのため息を付いた。
苦労しているようだ。


『アハハ(頑張ってインパさん……)、でもそれを言ったら……』


今回の件もあって少なからず自分達が精霊石を見せたあと、もう蔓は取られて兵士も厳重に配置され、この姫君も町へと行くのは難しく、寧ろ不可能になるんじゃ……。
もうこうして監視の目をかい潜り町へ遊びに行くことすら出来ないのだ。


「蔦の掃除は後日全てやってもらいます。良いんです……。
それに気長に待つほどもう時間が無いのですから……」


暗くなる表情。
先ほどのゲルド族との問題だろう。
人の笑顔が賑わう平和なハイラル。
しかしほれを脅かすガノンドロフ達の勢力。

今は表向きには平和に進んでるゲルド族とハイラルとの政治的交渉。
今まで争ってきた相手が下手に出て、傘下に入る……と。
怪しいがガノンドロフが周りの人間をうまく巧みに言いくるめたのだろう。

私が知っている七年後の展開へと導かれる為に。
女神に選ばれた彼女は予知夢を見たのだ。
もうすぐここ、いやハイラル全土が危うくなると。


「どうしても窮屈になったらまた方法を考えればいいだけですから」

『え、ええ……』

「姫……」

「ふふ、冗談です」


なんだろう、サリアと同じ感じがする。
この子ならやりかねない気がする。
インパの胃が心配だ。今回についてもよっぽど心配したのは彼女だろう。
なにせゲルド族にも襲われたのだ。
持っていた銀ルピーしか出てくるのを見たことがないポシェットからオカリナを私の手に置く。
こ、これはもしや……!?


「あなた方に時のオカリナを貸しますね。
きっと私の元へと導いてくれるでしょう」

『え、ええっ!?』


手のひらにあの青く王族に連なるものにしか印刻を許されないトライフォースの模様が刻まれた時のオカリナを持たせられた。
思わず手に汗が滲む。あの重要なキーアイテムを易々と渡されて今にも落とさないようしっかりと持つ。

慌てて自分なんかに持たせて良いのかと聞いたが、大丈夫だと返された。
本来ならきっとここはリンクが持たせられるはずなのだろう。私にはトライフォースの資格など無いただの一般人だ。
そんなこと聞いてくる人は盗みなどしないということだろうか。そんなに簡単に信用して良いのだろうか……。
インパは私に渡された時のオカリナを見ても何も言わない。


「もし無理なようでしたらインパを向かわせます」

「では、失礼する」


これ以上は無理なのか(胃的にか精神的にか)インパは彼女を連れて早々に去っていった。
サリアといい、ゼルダといい……この世界の可愛い女の子はなんと逞ましいことか。

というかどう無理だと合図すれば良いのだろうか。
あの城の中だよ?下手したら城の外じゃなくて牢屋に入れられてしまうのでは?

噴水の場所で呆然と立っていると逃がしたのか少々悔しそうに帰ってきたリンクがきた。


《あれ?あの子は?》

『……ああ、これを置いて帰っていったよ』

《オカリナ……?
どうする?このままお城行く……》

「うん!」グゥ〜

『……明日の早朝にしよっか』


リンクも少し疲れてるだろうしさっきからお腹空いたとの腹の虫の主張が激しい。
どこまでゲルド族を追いかけていったのだろうか顔がボロボロだ。


『って、どうしたの?凄いボロボロだけれど……』

「あ、いや……その」

《リンク、あの人達に喧嘩売っといて木箱へ投げられたの。
その隙に逃げられるし木箱から体が抜けられない状態だしカッコ悪いったら》

「な、ナビィ!」

『アハハ……あんま無茶しないでよ?リンク、とりあえずお風呂ね』

「えぇ〜っ!?」

『私もリンクもここんところまともに入ってないでしょ。高貴なお方に会うんだからせめて清潔にしないと』

「うぇ〜……」



* * *



場所は変わって宿。

コキリの森じゃ、不思議な力で清潔さは保てていたので森の外に出た今は水浴びは欠かせない。
風呂と称してるけれど基本湯浴みと石鹸での体洗いだ。
温かい温泉が恋しいが、この世界には温泉なんてあるだろうか……あるとしたならデスマウンテン付近だけどゴロン族は水が苦手そうだしなぁ。

そんなこんなで今までその習慣が無かったリンクは湯浴みが苦手だ。
なにかと理由を付けて洗おうとしないから首根っこ掴まえて一緒に入らなきゃいけない。
あれ……おかしいな、いつから私は勇者の母親になったんだ……?

子供ということで安くしてくれた優しい宿で食事を取る前にボロボロで汗臭いリンクと自分も入ってすっきりした。
羞恥心とやらはどこかへ捨ててしまったようで消えたし、相手は性別の意識すら備わってない私よりも子どもだし、何より逃げようとするのを捕まえなきゃいけない。
リンクの心情はどうだか知らないが、まともに体を洗えたのもあってとてもさっぱりした。

魔物を倒すよりも容易いミッションをこなして私たちはやっと食事にありつけたのだ。
今日は肉料理だからリンクは大はしゃぎだ。
本人が言うにはコキリで食べてる物よりも美味いとのことだ、正直私もそう思う。
今までそういう食文化で育ってきたので木の実や野草などでは僧の精進食のようにひもじい。
だから育ち盛りなリンクにとって、炭水化物と動物性たんぱく質は大好物になったようだ。
コキリのみんなは子どもの姿だけれどあれだけじゃお腹空かないのだろうか?

ゲームでリンクが稼いでくれたのでだいぶ良いものが食べれた。シチューにステーキにパンと子どもが大好きな料理ばかりで私もお腹いっぱいだ。

腹を膨らましたところで仮眠を取るようにリンクに言おうとしたらすぐに寝ていた。遊び疲れが大半だろう、ぐっすりと夢の世界へ旅立っていた。
ナビィは寝るのだろうか、妖精は花に止まった蝶のようにとにかく動かない。でも常に光るからか安全だからか眩しくないようそばに置かれたリンクの帽子の中に入っていた。

私は木の破片をカッターナイフで削っている。
デクの樹サマの亡きがらの一部だ。
行く前に手頃なものを貰った。
小さなロウソクの光だけを頼りにシャリ、シャリ、と小さな音を立てる。
私は無神論者なのにそれを形付けて身につけるために緊張で眠れない夜のなか、それをただひたすらに削り続けた。

図工は苦手なのでイメージ通りに削れてくれなくての結果だけれど。宿屋の主人に借りたキリを使い穴を空けて、市場で買った革紐を通せばそれの出来上がりだ。

残った木屑を片して寝る準備をする。
ふと、窓の向こうを見た。


『……丸い大きな月、あっちとは大違いだなぁ』


けれど元の世界で見てたのとは違う大きな真ん丸の月が空に浮かんで、次第に雲が月を隠してしまった。
明日は晴れるだろうか……じゃないといろいろと不吉な感じでしかないんだけれど。
……きっと大丈夫だろう、この物語でとても重要なイベントなのだ。
そこで、リンクはトライフォースの勇者としての使命を姫から予知夢として聞かされる訳だから。



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