この中で私は絶対に選ばれない、と確信を持って言える。
リズの明るさも、シリカの愛らしさも、シノンの強さも、リーファの一途さも、アスナの思いも、私には持ち得ないもので、みんなの良さや思いの強さを知っているからこそ断言する事が出来る。
だからと言って諦めたりする程浅くなく、距離を置く勇気も私には無くズルズルと彼や彼女達と交流を続けていた。
「――でねっ! もうほんっと酷いんですよ?!」
「そ、そうなんだ」
今日は珍しく集まりが悪く、ある程度人が来るまでという事でALOでリーファと2人きりでお茶を飲んでいた。何だかんだリーファと1対1で話す事は少なく、内心緊張もあったがリーファの明るさとトークで救われていた。
リーファがキリトの事で愚痴るのを聞きながら、カップを傾けてお茶を口に含む。現実世界では中々に口にしないであろう味だけど、ALO内で出されるものは全て美味しいし、何より気分転換になるから好きだ。
「お兄ちゃんの面倒もう見切れません!エルさん早くお兄ちゃんの事貰ってください!」
「ぶっ……!! は…!?リーファさん!?」
突然とんでもない事を言われて思わず噴き出してしまう。慌てて口元を拭いながらリーファを見ると、きょとんとした顔で首を傾げられた。
「え……だってエルさん、お兄ちゃんの事好きですよね?」
「そうだけ……いや、好き嫌いとか以前にキリトの気持ち…!そ、そもそも付き合ってすら…」
「えっ!?」
「えっ??」
お互い目を丸くして見つめ合う。数秒後、何かを理解したのかリーファの顔が徐々に赤くなり始め、「わー!!」という叫び声と共にエメラルドカラーのソファに突っ伏した。
「ちょっ、リーファ!?」
「ま、まさかお兄ちゃん…いやでも…え?…え!?!?」
顔を真っ赤にしてわたわたしているリーファを見て、更に私は頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。どういう事なのか分からず戸惑っていると、視界の端にログインエフェクトが現れる。
「お待たせ…!」
「ごめんね、遅くなっちゃった!」
シノンとアスナが申し訳なさそうにしながら現れると私が声を掛けるよりも早くリーファが2人に抱きつく。
「シノンさん、アスナさん…!!私やっちゃいましたぁぁ!!ごめんねぇぇお兄ちゃん!!!」
この場にいないキリトに何故か謝るリーファに、アスナとシノンが顔を見合せると3人で顔を突合せて小さな声で話し出す。
残念ながら私はスキルを習得してないので聞くことは難しそうで、そもそも女の子の内緒話を聞き出そうというのも野暮なので私は私でリーファが何故あんなに焦っているのか考える事にした。
改めてお茶を飲もうとして空になったカップに気付き、メニューを開き操作すれば、エフェクトと共にポットに入ったお茶が出て来てカップに注ぐとふわりといい香りが広がる。
一口飲むとまたほぅっと息を吐いて思考を巡らす。
(キリトの話…だったよね?確かに最近キリトの事、というかリアルの和人くんの話をよくみんなから聞いてはいたけど…何か私が聞いてまずい話があったのかな?)
そんな風に考えながらお茶を飲んでいると、室内なのに風が舞った。
否、アスナが私の目の前に現れ壁ドン(ソファドン?)の如く至近距離に立っていたので私は思わず固まってしまったのだ。
「あ…アスナさん……?」
「……エル」
「ひゃいっ!!」
今まで聞いたことのない低いトーンで名前を呼ばれ、裏返ってしまった返事をしながら身構えてしまう。一体何を言われるのかと思っていると、真剣な眼差しで見つめられ、頬に手が添えられた。
「ひゃっ」
「……エル」
「――何やってるんだ!アスナ!」
いつの間にか目の前に来ていたキリトがアスナから私を引き剥がすとそのままぎゅうっと抱きしめた。私は一瞬意識が遠のいた気がした。
「ちょっと!キリトくん邪魔しないでよ!今いいところなんだから!」
「何がだよ!ダメだろ!俺のエルだぞ!」
「告白のひとつもしてないのに何が俺のものだっていうの!?」
その言葉にキリトが詰まる。それを見逃さずアスナは畳み掛けるように続けた。
「キリトくん毎日あれだけ私たちに惚気といてエルちゃんには何も言ってないとか、それは流石に酷いんじゃない!?」
(何それどういうこと!?)
全く身に覚えがない話をされ、混乱する私を置いてきぼりにしたまま2人は言い合いを続けていく。
「別に何も言っていないわけじゃない!エルだって少しくらい……」
「微塵も伝わってないみたいだよ、キリトくん!」
リーファが援護射撃の様に言うと、ぐぬぬっと悔しそうな顔をして私を見てくる。
しかし、私はそれどころでは無い。流れるままにキリトから抱き締められているのだから。圏外だと、叶うはずがないと諦めていた温もりを感じながら、私は脳内処理が追い付かずに、高鳴る鼓動で強制切断されない様にと願うしかなくて。
「――って事でいいよな、エル?」
「…えっ、はい!?」
耳元で聞こえるキリトの声に我に返り、上擦った声を出してしまうがその返答で満足そうに微笑むキリトは放してくれなかった上にそれどころか、「じゃあそういう事で」という言葉と共にひょいと私を持ち上げると颯爽と窓から部屋を飛び出した。
「ちょっ、キリト!?」
制止の声も聞かずに、私を横抱きにしてシルフ領を飛ぶキリトに私は慌てて室内の3人を見ると、リーファはにっこりと笑って手を振っていた。
「頑張れーお兄ちゃーん!!」
ぐんぐん高度が上がっていく中、私は先程までいたリーファの部屋が見えなくなるほど高くなっている事に驚きながらも、掴まらなければと思い首に腕を回せば、嬉しそうに笑うキリトの顔がすぐ近くにあり、更に心臓が跳ね上がる。
さっきまではあり得ないと思っていた状況が起こっていることに脳が処理しきれていなかったが、ポンコツ脳みそはやっとの事で動き出してくれたようだった。
「あの、キリト」
「んー?」
「ええと、やっと現状把握が出来たところなんだけど…その…つまり…」
「あっと、ごめん…その続きは言わせてくれないか?」
キリトの言葉に私は小さく首を縦に振る。するとキリトが優しく微笑んでくれたので、私はそれにほっとする。
キリトの腕の中から離れ、自分の翅で夜空に浮くと、自然と視線が同じ高さになる。
月明かりしかない夜の闇でも、キリトの黒い瞳はきらめいていてとても綺麗だった。
「俺はエルが好きだよ」
「……うん、ありがとう」
「だから付き合って欲しい。もちろん、友達としてとかじゃないからな」
念押しするように言われ、私は苦笑いを浮かべる。それは勿論分かっていたが改めて言われるのとはまた違った恥ずかしさが込み上げてきたのだ。
「……うん、私も好き」
その言葉を待っていたかのようにキリトは改めて私を抱きしめる。そして顔を上げると、そのまま唇を重ねた。
「っ……」
触れるだけの優しいキスだったが、それだけで私の頭は沸騰してしまいそうになる。
「……エル」
「……なに?」
「もう一回したい」
「っ……い、いいよ」
私が許可を出すと同時に再び重ねられた唇はとても柔らかくて、温かくて、何度も啄ばまれるような口付けに頭がくらくらしてくる。
ゆっくりと離されれば、キリトの表情がいつもより大人びているように見えてドキッとしてしまう。
「……あの、本当に…私でいいの?」
沈黙に耐えきれずに思わず聞いてしまう自分にもっと気の利いた言葉があるだろうと自分でも思うが、そんな事しか言えない自分が情けなく思えた。
おずおずと視線を向ければキリトはきょとんとした顔をしていた。その顔を見てリーファと兄妹なんだなぁと頓珍漢なことを考えていると、キリトがため息をついてはぎゅっと抱きしめてくれる。
「本っっっ当に伝わってなかったんだな…俺、結構頑張ってるつもりだったんだけど……」
「…うん?」
よく分からない反応に戸惑っていると、キリトはそのまま話し始める。
まず最初に、俺がエルを好きになったのは最近の事じゃなくて昔からだからな。それこそSAOでエルがやってたレストランに通ってた頃からだぞ? そりゃあ最初は普通に話が弾む良い店長だなって思ってたけど、いつの間にかお前に惹かれてて気が付いたら……。
「えっ、そんなに早くから!?」
「俺、かなり分かり易いって常連の皆にも揶揄われてたぞ…」
「わ、分かんなかった…」
話戻すぞ、SAOからログアウトして帰還者学校で再会出来たの本当に嬉しかったんだよ。だってエルは大人っぽかったからもしかしたら20歳超えてるかもって思ったりもしたし、現実の方がなんか…凄く可愛かったし…。
兎に角!俺は出来るだけ学校でもALOでも一緒に居るようにしたし、リアルでも色んな所に遊びに行ったりとかして…。確かに2人きりなのは少なかったかもしれないけど、それでも2人きりで買い物とか美術館や映画行ったりとかしてプレゼントも贈ったけど…まっったくエルには伝わらなかったみたいだけどな!!
「ご…ごめんなさい…」
キリトの話を総括すると、こういう事だ。私が選ばれる訳ないと壁を作ってしまっていたが為にキリトからのアタックに全く気が付かなかったという事になる。
キリトは遠回しではあるものの何度も気持ちを伝えてくれていた様だし、デートらしきものもしてくれていた。なのに私はただの友達だと決めつけてしまっていたのだ。
申し訳なさ過ぎてしゅんと項垂れるとキリトが優しく頭を撫でてくれた。
「……まあ、エルが誰かのものになる前にこうして恋人になれたのはラッキーだったと思っておくことにするよ」
「……私がキリトを諦めて、別の誰かを好きになってたらどうしたの?」
「んん…エルが好きになるとしたらエギルかクラインって事になるけど……無いな」
「へ?」
言葉の意味が分からずにぽかんとしていると、キリトが困った様に笑う。
「俺、外堀割と埋めてたからエルの視界に出来るだけ男が映らない様にしていた方だからな……仮にあの2人のどちらかとなったら、エギルは奥さんが居るし、クラインは……義理堅いからな、俺がエルを唆してわざと振られさせてエルの失恋の隙を突くかな」
「なっ…!?」
とんでもない発言に目を剥けば、キリトは楽しげに笑っていた。
「あはは、冗談だよ。エルを傷付けたくないし」
そう言ってキリトは私の頬をそっとなぞる。その仕草が妙に艶っぽく感じてしまい、心臓がどくんと跳ね上がった。
そんな私の変化を知ってか知らずか、キリトは耳元に顔を寄せてくる。
「例え他の人が好きでも…頑張って振り向かせてたよ」
低く囁かれた声にぞくりと背筋が震える。そのまま耳に口付けられ、ゆっくりと唇が離れていく。
何も言えずにいるとキリトがふわりと微笑んだ。
「これからは遠慮しないから覚悟しろよ?」
「っ……」
月明かりに照らされたキリトの顔はとても綺麗だった。