君の肯定が聞きたくなった

仲間達が集まるログハウスはいつログインしても賑やかだ。私はそこまでALOに、引いてはVRMMOにのめり込んでいる訳では無いので他の人達に比べるとイン率は低い方で、何かと不在な事も多い。それでも――キリトや仲間達は何時でも暖かく迎え入れてくれるのだ。
その日は日曜の夜だった。午後十時を過ぎていた為、ログインしても誰も居ないのか部屋は真っ暗で少し寂しい気持ちになる。

「さすがに誰もいない…か」

少しだけ話し相手が欲しくてログインしてみたものの、流石に誰も居ないらしい。仕方ないので私もログアウトしようと思ったのだが――ふと視界の端っこに明かりが見えた。リビングから隣の部屋へ繋がる扉の向こう側から漏れる光を見て、私は首を傾げた。

「……誰かいるの?」

このログハウスはキリトが購入したものらしく、私は他人の家を好き勝手見回るのが気が引けてあまりこの家の事をよく知らない。
半開きの扉に近づきそっと中を覗くと部屋には2つのベッドが置かれており、バルコニーへ続く大きな窓から月明かりが差し込んでいた。
そして窓際のベッドには人影が見え、そっと近付くとそこには私のよく知る人物が横たわっていた。

「…キリ、ト…………」

すやすやと心地よさそうに眠るその姿を見た瞬間、心臓が大きく高鳴ってしまう。SAO事件でVRから離れそうだった私の心を繋ぎ止めた、私の片想い相手。
でも、出会うのが遅すぎた。キリトには既にアスナというとってもお似合いな彼女がいるのだ。私が入り込む余地なんて無いくらいに。
だから――少しだけ、誰にもキリトにすら見られていないならいいよね? 私は胸の奥底から沸き上がる衝動のままにキリトの隣へと潜り込んだ。
間近に迫った彼の顔はとても綺麗で、思わずキスしたくなるけどぐっと堪える。

「……すきだなぁ…」

少しだけ、と言いながらキリトの腕に擦寄るように体を寄せる。隣からは規則正しい呼吸音が聞こえてきて、どうやら彼はまだ夢の世界のようだ。
今だけは、貴方の夢の中に私がいますように―――。
そんな事を考えている内に私はいつの間にか眠りに落ちてしまっていたようだった。



「ん"ん……あぁ…寝ちゃってたのか…」

瞼を開ければ見慣れたログハウスの天井が見えた。外はすっかり真っ暗で、ベッドサイドのランプが仄かに室内を照らしている。
俺はログアウトしようと、手を動かそうとした時だった。腕に擦り寄る様にして自分の傍で寝息を立てる人物の姿があった事に気が付く。

「っ……!?」

大声を出さなかった俺を褒めて欲しい。俺の仲間で、俺の――長年の片思い相手のエルが無防備にもスヤスヤと眠っていたからだ。
俺が動いてしまったことでベッドが軋み、端の方で寝ていたエルの身体が床に転げ落ちそうになる。

「っ……あぶねー……」

思わず抱き締めてエルが床と激突するのを防いだが、俺の腕の中には未だに寝息を立てている彼女の姿がある。
距離の近さからか香水とは違う甘い匂いが鼻腔を刺激し、サラリとした髪は窓から差し込む僅かな月明かりによって輝いている。

「……これは、夢か?いや、でも……」

エルがここまで俺の傍に近付くことは無いに等しく、ましてやこんな風に密着することなど皆無に等しい筈なのだ。

「……っエル……起きてくれ……頼むから……」

起こす、と言うには余りにも小声になってしまう。起きないでくれ、と願っている自分が居るのも事実だが。願いが通じたのか、エルの瞼は閉じられたままだった。

「……このままじゃ、マズいな……」

正直言ってかなり辛い状況にある。好きな女の子が腕の中で眠っているこの状況は非常にまずい。

「……ちょっとだけ……」

そう自分に言い聞かせて俺はゆっくりと顔を近づける。こつん、と互いの額がくっついた事で目の前には彼女しか見えなくなった。

「……好きだ」

普段は絶対に言えない言葉が口をついて出た。きっと今の俺は情けない表情をしているに違いない。

「好きだよ、エル……」

どうか目を覚まさないで欲しいと思いながら、そっと唇を重ねた。ふわふわとして柔らかい感触は理想そのもので、それがまた愛おしくて堪らない。
もう一度だけ、もうちょっとだけ、と何度も口付けを繰り返してしまう。

「……ごめん」

何度も繰り返す内に我に返った俺は罪悪感でいっぱいになり、掠れた声で謝罪した。それでも止められなくて、今度は深い口付けをする。

「んぅ……」

流石に苦しかったのか、小さく漏れた吐息と共にエルが身じろぎをした。慌てて離れるがそれでもエルが目覚める事は無かった。
それに安堵しながらも、俺は段々とガタがきた理性と本能の戦いに負けてしまった。

「悪い……。あと一回だけ……」

そう何度言っただろうか。俺はエルに覆い被さるように体勢を変え、再びその柔らかな唇に貪りつく。舌先で下唇を舐めるとそれに応えるかのように僅かに隙間が開いたので、そのまま歯列をなぞりながら口腔内へと侵入させる。

「ふぁ……は、……あっ……」

「エル……」

舌を差し入れて無防備なそれを絡め取ると、ぴくりと反応を示したエルに俺は嬉しくなって更に深くまで堪能した。

「ん…ぁ……ふ……」

そっと離せばお互いの唾液が混ざったものが糸を引き、名残惜しく感じながらも俺はエルを見下ろした。未だに眠っているのか、瞳を開ける事はない。それどころか頬が少し赤くなっているような気がするのは気のせいではないだろう。

「……可愛い」

「ん…キリ…ト……」

ふにゃふにゃとした笑みを浮かべて俺の名前を呼ぶエルに胸が高鳴る。俺の夢を見ているのか、と自惚れてしまいそうだ。

「キリト……すき……」

「っ……!」

寝言で告げられた言葉に俺の顔はみるみると熱を帯びていく。予想外だ、まさかこんな言葉を聞けるとは思ってもいなかった。

「…っ、エル、おきてくれ、俺に返事をさせてほしいんだ」

「ん……ぁ……きりと……?」

漸く目覚めた彼女はぼんやりとした様子でこちらを見た。寝ぼけているのか、まだ覚醒しきっていないようだ。

「あ、あー……おはよう、エル」

俺は思わず言葉に詰まってしまう。起こした後のことを全く考えていなかったのだ。

「おは、よう……?…………っ!!き、キリト!?」

数秒の間を置いてからようやく現状を理解したらしいエルは飛び退くようにして俺から離れた。温もりが無くなった事に寂しさを感じつつも、俺は先程の寝言を問いただそうと口を開くがその次の言葉は出せなかった。

「ぁ……えと、違うのっ……えっと、あの……っ」

慌てふためくエルに、そう言えば最初は何故かエルが俺の傍で寝ていたんだっけ、と今更ながら思い出す。

「エル、落ち着いてくれ。俺は怒ってないし、嫌ったりもしないから」

「へ……?」

ぽかん、と呆気に取られた表情で固まっているエルに可愛いなと突拍子も無く言い出してしまいそうになるが我慢する。

「寧ろ、嬉しかったというか…」

「……嬉しい?え?なんで?私なんかで……え……?」

混乱しているのか、エルは理解出来ないと言った顔で俺を見る。そんな彼女に俺は苦笑いを浮かべた。

「……エルだからだよ。俺はエルの事がずっと好きだったから。……付き合ってくれないかな?」

「ぇ……うそ、だって……キリトはアスナちゃんと……えぇ?」

「何でアスナ?」

俺は思わず首を傾げてしまう。どうしてそこで彼女の名前が挙がるのか分からない。

「だって、二人は恋人同士じゃなかったの……?」

「はぁ!?」

心底驚いた声が出てしまった。いや、驚くだろう。いきなり何を言っているんだこの子は。割と俺、周りにもバレバレだって言われるくらいアピールしてたつもりだったんだけどな。

「……すまん、エル…何でそう思ったか教えてくれるか?」

「えっとね、キリトっていつもアスナちゃんと一緒に居るし、楽しそうな笑顔を見てたらああ、好きな人なんだなって分かって……。それに……たまにだけど、凄く優しい目で見てたりとか……」

そこまで言うとエルは俯いて黙ってしまった。俺はと言うと思い当たる節が多すぎて頭を抱えたくなった。

アスナと一緒にいるのは、エルの事を相談したりしていたからだ。
楽しそうな笑顔…は、多分エルの事を惚気けてたりとかだろうし、優しく見つめているのはきっと無意識にエルのことを思い出してたりだとかそういうのだと思う。
つまり、俺は自分でも気付かない内に色々と失態を犯していたわけで。

「ごめん、それ全部誤解だ。」

「えっ……」

「アスナの事は好きだが、それは友達…仲間としてだ。エルのことは、その……女として、好意を持っている。」

「嘘……」

信じられないという顔でこちらを見ているエルに、俺は苦笑しながら本当だと告げれば、彼女は顔を真っ赤にして顔を両手で覆ってしまった。

「じゃ、じゃあ私は今まで…とんでもない勘違いを……っ!!」

耳まで赤く染めて羞恥に耐え忍ぶ姿はとても可愛らしく、正直抱きしめたい衝動に襲われるが流石に自重した。ここで暴走してしまったら嫌われかねない。

「エル……」

「ひゃいっ!」

ゆっくりと近付いて手を伸ばせば怯えるように肩を震わせたが、手を振り払われる事は無かった。そのまま頬にそっと触れ、撫でる。

「っ……!キリト……っ」

「俺の気持ち、受け取ってくれるか……?」

「ぅん……私も、すき、だから…」

何度もこくこくと首を振るエルに愛おしさが溢れ出してきて、堪らずぎゅうと抱き締めた。するとおずおずと背中に腕を回され、更に密着する。可愛い、本当に可愛い。

「エル……好き……」

「ひぇ…っ…」

ちゅっ、と軽く額に口付けを落とすと変な悲鳴が上がった。だが、それを気にせず唇を重ねた。エルは瞳を大きく開き、それからぎゅっと目を瞑った。緊張しているのか身体が強張っている。それがまた初々しくて可愛らしい。

「エル…口開けてくれ」

「ふぁっ……んんっ……!」

素直に開かれた口内へと舌を侵入させていく。奥の方に逃げようとする彼女のものを絡め取り、吸い上げ、堪能していく。甘い味に酔ってしまいそうだ。いや、既に酔ってしまっているのかもしれない。

「きり、と……っは……ぁ……っ」

暫くしてから解放すれば、息も絶え絶えといった様子のエルに思わずゴクリと唾を飲み込んだ。もう一度口付けたくなるが、これ以上やったら止まれなくなる気がしたので何とか我慢する。

「エル……好きだよ」

「わ、私も……大好き……」

蕩けた表情で微笑む彼女を強く強く抱き締め、幸せに浸りながら俺達は暫しの間見つめ合った。