それでも護らせて欲しい

ヒナが負傷した。
その報せを真っ先に知らされたアーサーは、慌ててマイルームへと駆け込んだ。

「マスター!」
「……あ」

治療を終えて腕の調子を確認するように動作確認を行っていたヒナは、入ってきたアーサーの姿を見つけると少しバツの悪い顔をした。
アーサーの方はというと、ヒナの姿を――否、ヒナの身体に巻き付く包帯と頬に貼られた大きなガーゼを見て息を呑み、そのまま駆け寄ってその小さな身体を抱きしめた。

「あ、アーサー……!?」

驚くヒナだったが、アーサーは何も言わずにただ彼女を抱きしめるばかり。そんな彼の温もりを感じる内にヒナの身体から力が抜けてゆき……代わりにその表情が曇りだした。

「ごめん、なさい……」
「いや、ヒナは悪くないよ……何があったんだい?」

ゆっくりと身体を離しながらそう問いかけるアーサーに、ヒナは少し躊躇いがちに事情を説明した。

「…今日のレイシフトで、ちょっと皆とはぐれてしまったの。その時に魔獣に襲われて…あっ、大丈夫、ちゃんと倒せたし…この包帯とかも過剰なんだよ?半日もしたら刻印で治りきる程度だし…」

倒した、という言葉にアーサーは微かに眉を顰める。ヒナには戦える力がある、流石にサーヴァント相手には5分と持たないだろうが、通常の魔獣なら引けを取らないだけの力が彼女には備わっている。それがヒナの強みなのもアーサーは理解しているが…本音は、やっぱり危険なことはして欲しくない。セオリーらしくサーヴァントの後ろに控えていてくれるのが理想だ。
ヒナに剣を持たせたくない、世界の危機とはいえ彼女の手を汚させたくない。そんな思いはアーサーの中で燻っているが、それがヒナの意思に相反することも分かっていて……今はただ、ヒナに大きな怪我がなくて良かったと安堵するのだった。

「やっぱり次から僕もついていくよ、ヒナをひとりにさせる様じゃ心配だ」
「だ、大丈夫だって!……それに、私だって戦えるんだもの……アーサーに頼ってばっかじゃいられないし」
「ヒナ……」

寧ろ僕は頼って欲しい、何をするにも決めるにも全部僕に委ねて欲しい。僕なしじゃあヒナは生きていけないくらいに依存させたい。そんな思いにかられながらアーサーはそっとヒナの頰に手を伸ばす。

「この傷だって……本当は僕に守らせて欲しかったんだ」
「ん……、ごめんなさ……」

頬に触れたアーサーの手に自ら頬をすり寄せながら、ヒナは目を伏せて謝罪を口にする。
しかしアーサーは謝る必要はないとでも言いたげに優しく微笑み、彼女の頰にそっと指を滑らせた。

「でも……ヒナが一生懸命なのは僕も分かっているよ」
「アーサー……」
「だから、1つ約束をして欲しいんだ」
「約束……?」

首を傾げるヒナに、アーサーはそっとその身体を抱き寄せた。

「もしこの先、また同じようなことがあっても……決して無茶をしないでくれるかい?出来るだけ逃げて欲しいんだ、戦うなら僕に任せて欲しい」
「う……うん……」

アーサーの言葉にヒナは頷く。しかしその表情はどこか不服そうであった。そんな彼女の様子を見たアーサーは悲しげに眉尻を下げた。

「…それとも僕に守られるのは、嫌かい?」
「え、えっと……そんなこと……ない、よ……?」

少し意地の悪い問い方をしたなと思いながらも、アーサーはじっとヒナの瞳を見つめて答えを待つ。ヒナは何度か視線を泳がせたがやがて観念したのか小さな声で答えた。

「……守られるだけなのは、嫌。私は――マスターがサーヴァントを守るなんて烏滸がましい事なのかもしれないけど、でも…」
「ヒナ、」
「折角ちょっと誇れるくらい魔術が扱えるんだもの、私はアーサーに守られるだけのマスターじゃなくて……一緒に、戦っていきたいの」

そこまで言ってヒナはアーサーと視線を合わせてふっと微笑んだ。その笑顔が眩しくてアーサーは目を細めて彼女を見つめる。

「やっぱり、迷惑……かな?」
「……いや、嬉しいよ。君がそう言ってくれて」

ヒナの答えにアーサーに微笑む。そして彼はそのまま彼女の身体を抱きしめると耳元で囁く様に言った。

「ありがとう、ヒナ……」

アーサーはそっとヒナの身体を離すと、そのまま彼女の頰にキスを落とした。