「あなたの譜歌とルークの剣術があれば、タルタロス奪還も可能です」



戦艦内部に案内されたルークとティアは、ユキエの宣言どおり丁寧にもてなされた。
そしてユキエの口から説明されたのは、正体不明の第七音素を観測したことと、それに関して二人が関係しているのではないかと憶測していること。
それを聞いた二人は、素直に今までの経緯を話した。
途中ティアが自ら仕出かしてしまったことの罪の重さを指摘されて錯乱するというアクシデントはあったものの、イオンとルークがなだめ、最終的にルークが父親にとりなしをするという形で話はまとまったのは彼女にとっての幸いと言えるだろう。

その後ちょうど今からバチカルに向かうところだから良かったら送っていくというユキエの申し出に甘え、ルークとティアは同行を決めた。
二人に国境までくつろいでくれと告げたユキエは導師イオンと話があるからと退席を決め、ジェイドにルークの護衛を命じて部屋を出て行く。
導師守護役がその場に残ろうとしたが、ユキエに睨まれ渋々同行し部屋を出て行った。
彼らが去った後も流石に幼女とも言える義妹にぼこぼこにされたのが効いたのか大人しく護衛に徹していたジェイドだったが、その破綻のきっかけは艦内に響いた緊急警報だった。

グリフィンの集団による襲撃。
本来ならば単独で行動する筈のグリフィンが集団を成し、更に統率の取れた動きで戦艦を襲う。
ありえない、と呟いたのは一体誰だったのか。艦内はパニックに陥りかけたものの、続いて管制塔から響いた第一戦闘配備につけ!というユキエの声に兵士達は次々に動き始めた。

そしてジェイドは最初のミスをした。
貴人の護衛についているならば、非常時にまずすることは貴人の護衛の確保だ。
それには勿論パニックに陥らせないよう安心させる、という行為も入っている。当然だろう、冷静を失った貴人が飛び出しては護衛はできない。
しかしジェイドは即座に自ら戦闘にでて壁になることを選び、パニックに陥ったルークの暴走を止められなかった。

結果、黒獅子ラルゴにルークを人質にとられ、更に封印術までかけられてしまう。
不幸中の幸いというべきか、黒獅子にルークを殺されることだけは避けたものの、現状が良いとは決して言い切れない。
最悪の一歩手前という現状にティアもルークも顔から血の気を引かせていたが、封印術をかけられたことを案じるティアに対し苦々しく顔をゆがめたジェイドは冷静にこう告げた。

「ええ。これを完全に解くには数ヶ月以上掛かるでしょう。ですが全く使えないわけではありません。あなたの譜歌とルークの剣術があれば、タルタロス奪還も可能です」

眼鏡のブリッジを押し上げたジェイドの台詞に、ルークはごくりと生唾を飲み込んだ。
つまり、対人戦をしろとジェイドは言っている。その言葉の重さに、ルークは自分の掌から温度が消えていくのを感じていた。
しかしジェイドが封印術を食らってしまった責任は自分にある。そう考えたルークは頭をふって迷いを振り払おうとするが、やはり人を殺すかもしれないという事実が恐ろしい。
迷うルークに対し現状に仕方なしと判断をしたティアが後押しをしようとしたが、それは子供の声によって遮られた。

「何を阿呆なことを言っているのですかこのおたんちん。現状を正しく理解できていないのですか?
ましてやルーク様に剣を持てなどと、一体その脳味噌には何が詰まっているのか、今度解剖してさしあげましょうか」

「おたんちん……」

可愛らしい声に似合わぬ底冷え具合に、彼女が怒っているのが如実に解る。
ユキエはルークに側を離れてしまったことをわびると、その大きな瞳で不満そうにしている愚兄をキッとにらみつけた。

「現状は理解しています。だからこそルークの力を借りて奪還しようと言っているのです。
貴方こそ現状を把握しているのですか?この緊急時に身分に拘っている場合では無いでしょう」

「ではお聞きしますよジェイド大佐。敵の総数は?味方の被害状況は?ルーク様とグランツ響長の腕前はどれほどです?
それらを踏まえたうえで僅か三人でタルタロスを奪還できるという根拠を述べなさい」

「被害状況は不明ですが、隠れながら進めば敵の総数がいくらであろうと関係ありません。ルークとティアの腕前に不安はありますが、私がフォローします」

「作戦と呼ぶには不確定要素が多すぎて話になりませんね。ですが念のため聞いておきましょう。
万が一その作戦でタルタロスを奪還できたとして、人員に被害が出ているのは確定です。
その上でその後どうするのです?貴方のプランをお聞かせやがれ下さい」

「は?その後、ですか??」

呆れを隠しもしないユキエの視線を受け、ジェイドはその場に似つかわしくないきょとんとした顔を浮かべる。
ユキエの言うその後というのが解らないのだろう。
それを表情だけで察したユキエは今度こそため息をつくと、覚えの悪い生徒に言い含めるような口調で淡々と告げた。

「今回の目的を、そのつんつるてんの脳味噌に刻み込めと出発前に言った筈です。だというのに、もう忘れてしまったのですか??
ただでさえ常時の半数しか乗っていないのに更にそこから減らされて……人海戦術が必要な今回の目標をどう達成するのかと聞いているのですよおばかさん」

ユキエに指摘され、ようやく言われた言葉の意味を理解したらしいジェイドは僅かに目を見開いた。
うめき声を上げ顔を上げようとするラルゴの頭に足を乗せたユキエがそれにため息をつくと、もういいですと告げて自分が連れてきていた兵士二名にルークの護衛を命じる。

「しかしですね、そもそも私が封印術を受けたのはルークが人質になったからで」

「つまり護衛の任を果たせなかったということですね?」

「警報を聞いたルークが突然飛び出してしまったんですよ」

「だからなんです。どう言い訳をしようと貴方が護衛を失敗した事実は変わりませんし、そもそも飛び出せる隙があったということは愚兄はきちんと護衛対象を見ていなかったという証左じゃないですか」

言い訳を潰され、ジェイドは視線をさ迷わせる。
素直に反省することすらできないジェイドを視界から追い出し、ユキエは自分が血路を開くから艦を脱出しますとルークに告げた。
イオンを心配するティアには、アニスがついているから大丈夫な筈、と告げる。
心中ではアニスに対し信頼がマイナスをきっているために全くもって大丈夫と思っていなかったが、神託の盾が襲撃してきた以上自らの組織の長を傷つけることはないだろうと判断し、そう告げていた。

「一人で大丈夫か?やっぱり俺も……」

「だてに少将という地位は賜っておりませんよ。安心して私に守られてください。少し走りますが、そこはご寛恕ください」

ルークを安心させるように微笑んだユキエは、くるりときびすを返して艦から脱出するために走り始めた。
慌てて後を追いかけたルークに続き、他の面々もユキエに続いて走り始めたのだが、ルークの護衛に当たっていた兵士がぼそりと呟くようにしてルークに教えてくれた。

「少将が幼い分お心もとないでしょうが、ご安心を。少将はその天才的な頭脳と譜術の才能を認められ、カーティス家に養子となられた寵児です。
その頭脳で少ない譜力でも行使可能な新型の譜術を開発し、更には譜術を使用しない日常における余剰譜力の貯蓄方法を確立、他にも多大な功績を残されたお方なのです。

更に自らが構築された術式を用いて詠唱破棄をされても強力な譜術を行使できるのはもうごらんになられたと思います。
故にわが国では『死霊使い』ジェイドと並び、戦場に君臨する『暴君』ユキエの二つ名を持つ心強い上司なのですよ。
たとえ少将が敵を討ち漏らそうと、私たちが必ずやルーク様をお守りいたします」

つらつらと並びたてられる功績に、ルークとティアはぎょっとしながらユキエを見てしまう。
兵士としてはこれだけ頼りになるのだから、安心してくれという意味で告げたのだろうが、その幼い見た目に似合わぬ功績に二人は唖然とするしかなかった。
しかしなまじ信じられないという二人に見せ付けるかのように、現れた神託の盾兵に対し、ユキエは舌足らずに術名を告げ譜術の嵐を展開している。
補佐など必要ないほどにユキエの譜術は苛烈であった。

「なぁ、それだけのことをしてきたってことは、軍人になって数年は経ってるってことだよな??ユキエって何歳なんだ……?」

「心の底からお答えしたいのですが、それはマルクト軍七不思議の一つでして」

廊下から青空の下に飛び出し、最早警戒心も薄れて足を止めたルークの質問に、マルクト兵は頭をかきながらばつの悪そうに答えるのだった。




そもそもルークとティアの力を借りてタルタロスを奪還したとして、神託の盾に対し艦橋に閉じこもって篭城戦を強いられますよね?
更に和平を受け入れてもらったとしても、人員が大幅に減ったその面子でどうやってアクゼリュスの人々を救出するつもりだったんでしょう??
だって第三師団の人たちって、救助員ですよね?だから戦艦で移動してるんですよね??

あ、冒頭でイオンと話があると席を外したのは、ティアが襲撃をかけたことによってダアトに仲介を頼むことが困難になってしまったためです。


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