「ケセドニア北部での戦いでは、セシル将軍の軍に痛い思いをさせられました」


バチカルに到着したユキエ達はルークの好意による口添えもあり、鳩による先触れを受けたキムラスカ軍将校達によって出迎えられた。
勿論、同じ便にてバチカル港へと足を踏み入れた一行はそれぞれ別々の将校により挨拶を受ける。

ルークは勿論、出迎えだ。無事のご帰国、お喜び申し上げますとゴールドバーク将軍が頭を下げた。
同時にルークはティアの存在を示唆したため将軍は捕縛しようとしたものの、ことここに至るまでルークを護衛していたことなどを鑑みてまず処分は父に相談したいというルークの意を受け、ティアは捕縛されること無くファブレ邸へと向かうことになる。
勿論そこで命が助かるとは限らない。しかし軍にて捕縛され、問答無用で首をはねられるよりはまだ助かる可能性があるだろう。

礼服に身を包んだユキエやジェイドを迎えたのはセシル少将だ。
ルークとゴールドバーク将軍の会話が終わったタイミングを見計らい、お互い名乗りあった後ピオニー陛下より和平の親書を持ってきたことをユキエが告げる。
最初は幼い少女が親書を持っていることを誰もがいぶかしんだものの、ユキエが名を名乗った途端に『暴君』の名を知る者達は気を引き締めた。
そしてユキエに促され、ジェイドもまた名を名乗る。これがユキエの失敗だった。まさかこんなタイミングで、嫌味を言うなどと誰が思うだろう。

『死霊使い』の名に、かつて殺された部下達を思い出したのだろう。
僅かに眉を潜めたセシル少将に向かって、ジェイドはこう言い放ったのだ。

「ケセドニア北部での戦いでは、セシル将軍の軍に痛い思いをさせられました」

「……ご冗談を。私の軍はほぼ壊滅でした」

怒りの篭った声だった。手袋の嵌められた掌から、ぎちりと僅かに音がしたのはきっと気のせいではない。
キムラスカ側の人間の顔が一斉に歪んだが、次の瞬間全員あっけに取られたような顔へと切り替わる。
ユキエが一歩踏み出したかと思うとジェイドの腹部へと肘を力いっぱい叩き込み、礼服を纏ったジェイドが無様なまでに背後へと倒れたせいだった。

「我が部下が大変失礼なことを。お気に触ったでしょう、そもそもこのような場でする発言ですらない。申し訳ないセシル少将、後できつく罰しておきますので」

「あ、ああ……いえ、共通する話題を探そうと、大佐も必死に考えられたのでしょう」

「お気遣いありがとうございます。しかし今の発言はどう考えてもこの場にそぐわない。
どうか彼の発言でピオニー陛下の和平への真意を疑われることが無いよう願うばかりです」

頭を下げるユキエを、ようやく起き上がったジェイドが咽こみながらも睨みつける。
普段後衛に徹している彼は、前衛では槍を使う。その為肉弾戦ができないわけではないのだが、槍には間合いに入り込まれると弱いという弱点もあった。
その間合いを思い切り突かれた上、力いっぱい肘鉄を鳩尾に叩き込まれたのだからいくら鍛えていても辛いだろう。
呆然とそのやり取りを見ていたゴールドバーク将軍は一番最初に我に返ると、ああそういえば、と声を上げた。

「確かカーティス大佐はピオニー陛下の懐刀と呼ばれるお方。そのようにピオニー陛下に近しいお方が、和平の親書を持ち込みながら戦争の話題を出されるとは」

意味ありげに言葉を切ったゴールドバーク将軍の言葉に、ようやく自分の話題選びが失敗であったことを悟ったジェイドは顔色を悪くする。
反応が遅いといわんばかりにユキエはジェイドを睨みつけたが、すぐに笑顔を浮かべて将軍へと向き直った。

「お耳が痛いことです。しかし今回大佐は随行員の一人であり、代表者ではありません」

「おやおや、しかしお二方は義兄妹、しかも兄妹揃って二つ名を頂くほどの無類の強さを誇るカーティス家の一員でもある」

「ここだけの話、兄弟仲はそれほど宜しくはないのですがね。しかしピオニー陛下は真に和平を望まれております。
それを察し有り余るからこそ、臣下としては仲が悪いなどと言ってはいられぬと思いこうして義兄妹揃ってバチカルの土を踏ませていただいた所存です」

「そうでしたか、いやいや、貴族の中には和平を装い『死霊使い』と『暴君』の二名を持ってバチカルを殲滅させるピオニー陛下の作戦ではないかと疑うものもおりましてなぁ。
なにぶん、文官ではなく武官二名による和平の使者など前例がないゆえ。しかも国境には兵士が待機している報告も上がっているものですから」

「それも仕方のないことでしょう。親書が渡れば私達武官二名が和平の使者に選ばれた理由、そして国境に居る兵士に関してもご理解いただけるかと」

それは紛れも無く、いやみだった。
ゴールドバーク将軍はジェイドの発言を取り上げ、和平ではなく戦争を仕掛けに来たのではないかと言い、ユキエはのらりくらりとそれをかわし、そしてその合間に陛下の和平の意思は本物だとしきりに口にする。
分が悪い。解っていながらも蹴り上げることもできず、ユキエは内心失言をした愚兄を罵りながら何とか話を切り上げる隙は無いかとうかがっていた。
セシル少将も止めようとしてくれているようだが、いかんせんゴールドバーク将軍の方が階級が高い。うかつに声をかければ少将の立ち居地まで悪くなるために、うまくいっていないようだ。
ジェイドはピオニーまで侮辱されそうな勢いでの将軍の発言に憤りかけたが、力いっぱいユキエに足を踏まれたがためにぐっと堪えた。

「将軍、そこまでにしてやれ。カーティス少将は確かにマルクト将校だが、現在はピオニー陛下より名代の地位を賜り、同時に俺の命の恩人でもある。
彼女が居なければ俺はこうして無事バチカルの地を踏むことはできなかっただろう。和平に関する真意はともかくとして、彼女に対する無礼はこのルーク・フォン・ファブレが許さない。
だいたい、お前は俺の迎えだったと記憶しているが?違ったか?それともお前が和平の使者の迎えだったのか?」

「は……はっ、これはルーク様!申し訳ございません!大変失礼致しました!」

突然、僅かに眉を顰めたルークが会話に割り込んできた。その発言にゴールドバーク将軍は慌ててルークに頭を下げる。ルークの父は将軍の上官、逆らうのは得策ではないだろう。
予想外なところからの援護射撃にユキエは目を丸くすると、ルークとその隣に立つイオンが小さく笑みを浮かべてユキエにゆるく手をふっていた。
そのイオンの背後にはカイツールで合流した導師守護役達が控えており、どうやら事態の解決を望むイオンが導師守護役に解決策を聞き、入れ知恵を受けたイオンがルークに仲裁を頼んだというのがことの真相のようだ。

「あ、ありがとうございます。ルーク様……」

「気にすんな。助けてもらったのは事実だしな。うぜー喋り方も……まぁたまにはいいだろ。助けになるかはわかんねーけど、父上と叔父上には俺からも手紙を送っておくからよ」

「はい。ご助力、感謝いたします」

「か、勘違いすんなよ!借りを作りたくないだけだ!これでマルクトで助けてもらった借りはチャラだからな!!だから頭上げろ!」

いつも通りの喋り方に戻ったルークが、深々と頭を下げるユキエに照れ隠しに怒鳴る。
先ほどまでのとげとげしい空気から一転して、ほのぼのとした空気が一行の間に満ちた。

「大佐、貴方からもお礼を」

「……ありがとうございます、ルーク様」

「もっと気を利かせた台詞はいえないのですかこのすかぽんたん……申し訳ございませんルーク様、後ほどお詫びの品と手紙を、ご実家のほうにお送りさせていただきます」

「すかぽんたん……」

再度謝罪の意をこめて、ユキエが頭を下げた。
そうしてルークがまた微妙な語彙の悪口を一つ習得したところで、その場はそれぞれの目的のために移動するという話になり、解散となる。
ユキエ達は謁見を待つために、キムラスカ側が用意した宿屋へ。ルークは自分の実家へ、だ。

余談だが、導師イオンの迎えは無かった。
当然だ。末端の団員が第三王位継承者を誘拐した挙句、詠師の指示で神託の盾の幹部が軍港を襲撃したのだ。
現在キムラスカ側からの教団に対する印象は最悪と言っていい。入国を拒否されなかっただけ良しとすべきである。
イオンはため息をつきそうになったもののそれをぐっと堪え、バチカルにあるローレライ教団支部へと足を運んだ。
謁見を申し込み謝罪を告げるにも、即日でそれが叶うとは思えなかったため、長期滞在を覚悟していたのである。

故にこの数日後、"大詠師の仲介を得て"和平が成立するなどと夢にも思っていなかった。
しかしそれを知る前に漆黒の翼の手により誘拐されてしまい、結局は謝罪のための謁見は叶わぬことになるなど、想像もしていなかったのだ。




おたんこなす
おたんちん
あんぽんたん
すかぽんたん

そろそろこの微妙な語彙力を誇る悪口のレパートリーが尽きそうです
類似検索でもかけるか…。

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