「よろしいでしょう。どの道あなたを信じるより、他にはありません」



「よろしいでしょう。どの道あなたを信じるより、他にはありません」

「いい訳ないでしょう。馬鹿じゃないですか。何を勝手に決めているのですかこのでくの坊」

「でくのぼう……」

だんだん悪口が直接的になってきた気配を感じながら、ルークは大人二人を見上げて心底呆れた顔をしているユキエを見た。
幼女に呆れられ、どうしようもねぇなコイツとでも言わんばかりの視線を向けられる大の男が若干二名。
とりあえず城の目の前でするやり取りではないし、目撃した貴族達に何かしらの誤解を与えそうな光景でもあるので、止めるべきかと腕を組んで考える。
その隣に立つティアとしてはなるべく他人のふりをしたい所存だ。幼女に呆れられている大の大人の一人が自分の兄であるという現実から眼を逸らしたくて仕方がない。

「今、なんと言いました?神託の盾騎士団主席総長ヴァン・グランツ謡将」

「だ、だから、おとりとして私が船で出ようと……」

「で、それに対してなんと答えました?マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐」

「……よろしいでしょう、と」

「なるほど。ではお二人にもう一度言わせていただきますね。馬鹿じゃないですか?馬鹿じゃないですか。大事なことなので二回言わせて頂きました」

鈴が鳴るような可愛らしい声で、心底呆れたように馬鹿じゃないのかと聞かれる二人。
あまりにも師匠が哀れになり、そこら辺にしといてやれよと止めようとしたルークは逆にティアとガイに止められた。
お屋敷に戻って親善大使に選ばれたことをお母様にご報告しなくちゃ、というティアの言葉に押されて。

「神託の盾が中央大海を監視しているため海路は囮を出そう?ナンセンス!グランツ謡将、貴方が退くように言えばいいだけでしょう?貴方は神託の盾の長なのですから。
例えソレが大詠師派の手先であり大詠師の命しか聞かないというのであれば、今目の前にあるバチカルの城にその大詠師がいるのです。踵を返して彼に退けさせれば宜しい。
そもその大詠師は今回の和平を取り持った張本人。邪魔するとは考えづらいのですがね。

万が一中央大海を監視している神託の盾兵が両者の命令に逆らい、我等の行く手を遮った場合ソレは明らかな和平妨害!
すなわち自ら所属せし神託の盾のツートップである主席総長と大詠師に逆らった反逆者、そしてマルクトとキムラスカの和平を邪魔する大罪人。
世界を敵に回した愚か者どもに容赦する必要がどこにあります。殲滅せよと命じられてもおかしくないのですから、とっとと蹴散らせば宜しい。違いますか?」

この馬鹿共が、と副音声がつきそうなほど淡々と、そして面倒くさそうに説明をしたユキエに大人二人の顔色は悪い。
そもそも親善に向かうのだから、こそこそ向かっては意味がない。堂々としなければ。悪いことをしているわけではないのだから。

しかしヴァンとしてはルーク達が海路を使い、素早くアクゼリュスに向われるのは都合が悪かった。
どういいくるめばいいものか、と必死に頭を回転させるが、その隣でユキエは渋面を隠さないまま小さくぼやく。

「愚か者どものせいで私達の予定が狂うのは甚だ遺憾です。不愉快極まりない。アクゼリュスは早急な救助を必要としています。時間が惜しい。
ソレなのに何故わざわざ時間を食うルートを選ぶのです。あれだけ今回の目的を忘れるなと叩き込んだのに、まだ理解しやがらないのですか。その脳味噌はすっからかんなのですか!

というかそれ以前に今回のマルクト側の責任者は私です。私抜きで大事な話を進めるんじゃありません!!」

最早ぐうの音も出ない。
その場に正座させられ、拳骨を落とされたジェイド。正論過ぎて言い訳すらできないようだ。ソレを見て更に焦るヴァン。
何度も言うが、ココは城の目の前である。奇異の目を集めているにも関わらず、ユキエはふん、と小さく鼻を鳴らしただけでジェイドからヴァンへと向き直る。

「ではグランツ謡将、早急に中央大海の神託の盾を退けてください。すぐに」

「しかし、だな。彼等の言い分も聞く必要があるのでは、そんな急がずとも」

「なるほど。そこの貴方、大詠師に伝令。中央大海を監視している神託の盾兵による和平妨害の可能性あり。神託の盾奏将、及び此度の和平を取り持ってくださったお立場のためにも、早急に対処をお願いしたいと」

「はっ!」

「な……」

何とか先延ばしをしようとしたヴァンだったが、すぐに動く気がないと悟ったユキエは早急に彼を切り捨て、僅かに連れてきていた自分の部下を大詠師の元へと走らせた。
慌てて追いかけるヴァン。不幸中の幸いだったのはガイとティアに誘導され、ルークに情けない姿を見られなかったことだろうか。
ソレを見たジェイドが僅かに眉を顰め、ユキエにいくらなんでもグランツ謡将をないがしろにしすぎではないかと告げようとしたが、ソレよりも前に胸倉をつかまれ耳元で囁く。

「先も言いましたが大詠師は親書の内容を確認した途端、和平賛成派へと回りました。理由は玉座の間で詠まれた"聖なる焔の光の預言"でしょう。
しかし同時に彼はインゴベルト陛下にマルクトの脅威をお伝えしキムラスカも戦の備蓄を蓄えているという噂もある。
情報が不確定ではありますが、これだけでも"聖なる焔の光がアクゼリュスに向かうことで戦争が起きる"という予測が立てられます」

その言葉を聞いたジェイドがハッと目を見開いた。

「グランツ謡将も所詮は神託の盾兵。口では中立といっていますが、大詠師に恭順していないとは言い切れません。彼が戦争を望んでいるのであれば、敵です。
そうでなくとも、アクゼリュス救援を遅らせようとしているのであればそれは我がマルクト皇帝より賜った命を妨害せんとする敵でしかない。
もし大詠師が戦争を起こさせようとして、万が一ソレを止める為だったとしてもそれでアクゼリュスを見捨てるのならばやはり私達の敵となるでしょう。
解りますか?グランツ謡将は私達の味方にはなりえないのです。そも別組織に席を置いている以上当然のことですがね。

更に彼はタルタロスに襲撃をかけた挙句バチカルまでの道中に何度も襲撃をかけてきた六神将の長。
部下の動きを把握していない?ソレはつまり自分は無能ですと言っているも同じですよ。ソレが言い訳になると思っている時点で彼の脳味噌はお粗末過ぎる。
その彼を信用する?馬鹿も大概にしなさい。これまで述べたとおり彼を信用できる要素はゼロなのですから。

そもそもそれ以前に彼が釈放されたこと自体が異例です。親善大使の随行員という栄誉を与えるために罪人を放免するなどありえない。
和平があっさり受け入れられたことといい、此方が王位継承権をお持ちの方を危険な地に足を運ばせるなどとんでもない辞退したにも関わらず親善大使の随行をごり押ししてきたことといい、ジェイド大佐、この話、何か裏があります。
恐らく教団とキムラスカが手を組んでいる。そしてルーク様はソレを知らされていない可能性が高い。グランツ謡将はその誘導のための随行員でしょう。
一応ルークさまに何かあってもマルクト側に責任は求めないという書状は頂いていますが、所詮紙切れ、この状況ではどこまで役立つかも不明。

故にジェイド大佐、貴方には謡将の監視を命じます。何をたくらんでいるかは知りませんが、むざむざと思い通りにさせるつもりはありません。
決して悟られぬよう、口を開かず、万が一のときはその命を賭してでもルーク様の御身をお守りしなさい。彼に何かあれば戦争が起きるのは、預言が関わらなくとも確実なことなのですから」

わかりましたか、おばかさん?

幼い顔に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべる。その笑みは『暴君』の名に相応しく是以外答えを求めていない。
ジェイドは唇を一文字に引き締めると、こくりと頷き二人は同時に呟いた。

「「全ては陛下の命のため、ひいては我等が祖国のために」」




この後、中央大海を監視していた神託の盾兵に大詠師モースが奏将として退くよう命令を下すも彼等は拒否。
これにより激怒した大詠師により彼等は破門を言い渡され、和平を妨害する者はキムラスカの敵であるインゴベルト陛下の言葉により討伐作戦が展開。
最後の警告にも退くことなく、監視どころか一般船の妨害までし始めた彼等の上にはキムラスカの誇る譜業砲により砲弾が雨の如く降り注ぎ、神託の盾兵達は大海の藻屑となった。
血なまぐさい出立となったことに幾人かの貴族や軍人などの口さがない者達がさえずったものの此度の親善大使の耳にソレが入ることはなく。

親善大使、ルーク・フォン・ファブレ。
皇帝名代、ユキエ・カーティス。

以上二名を代表とし、和平の証として先遣隊を率い海路を使ってアクゼリュス救援へ向かう。
国民の期待を一心に受けた出立だったが、その一ヵ月後に運ばれてきた報せにより、バチカルは混乱の渦に叩き込まれることとなる。


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