桃色の憂鬱



※アリエッタ成り代わり
(男→女のTS成り代わり)(緑逆ハー)

それは衝撃だった。同時に天啓でもあった。そう、僕は恋に落ちたのだ。
豊かなコールドピンクの髪、つぎはぎだらけのぬいぐるみを不安そうに抱え、拙い言葉で話す姿。
画面越しに初めて出会ったその少女に、僕の心臓は打ち抜かれたのだ。
そう、例えそれが二次元にしか存在しないポリゴンでできた数字の羅列だとしても、僕はその少女に間違いなく恋をした。

少女の名はアリエッタ。何となく暇つぶしにでもしようかと思って買ったRPGに出てきた敵役の少女。
この後、アリエッタに会いたいがために物凄いスピードでプレイした僕が、少女の死という名の別離を経て大泣きしたのは言うまでもないだろう。

それから僕は何度もこのゲームをプレイした。いずれ死と言う別離がやってくると解っていても、ただただアリエッタに会いたかった。
それだけではない。アリエッタが出てくる直前でセーブデータを作るのは当たり前。
敵役ということで露出は少ないものの、出てくるグッズは保存用に二つ、部屋の祭壇に飾るために一つ、合わせて三つは必ず手に入れた。
同人グッズだって見逃さない。行ける範囲のイベント会場には必ず参加し、アリエッタの手作りグッズは全て手に入れた。
ゲーム発売から時間が経ち、徐々に人気が落ちていっても僕の愛は衰えることを知らず、それどころか供給が減っていくことに嘆き悲しんでいた。

それだけ愛していたのだ。
アリエッタという、存在しない少女のことを。



だというのに……。
それだと!いうのに!!

神よ!!なぜ貴方はこんなにも無慈悲なのですか!!!



はぁ、と一つため息をついて空を見上げる。雲一つない青空には、きらきらと音符帯が輝いていてとてもまぶしい。
するとため息をついたことに気付いた兄弟が、鼻先を押し付けてどうかしたのかというように見上げてきた。
なので安心させるため、その鼻先を少しだけ指先でかいてやり、すんと鼻を鳴らして大丈夫だと告げてやる。

まるでアリエッタのよう。なんて思った貴方はとても賢い。
そう、僕は何故か最も愛する二次元の少女、アリエッタ張本人に成り代わってしまっていたのだ!!

「これじゃあ愛せない、です」

漏れた本音にもう一度ため息をつく。あれほど望んだ筈の愛らしい鈴を転がすような声も、自分の喉から聞こえる声だと思うと高揚感がしゅるしゅると萎んでいく。
未だ拭えない大切な少女に会えないという悲しみと、その居場所を奪ってしまったという罪悪感に潰されそうで、腕の中のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

一番好きな人になってしまったとか、一体何の嫌がらせなのだろう?
せめてシンクとかイオンに成り代わっていたら、存分にアリエッタをめでることができただろうに。
みどぴん好きでしょ、みんな。僕はアリエッタの夢男だったから地雷カプだったけど。

そんなことを考えながらぽてぽてと石畳の上をゆっくりと足を進めていると、ふとショーケースが目に入った。
ケーキ屋のガラスショーケースなのだが、別にケーキが食べたいわけじゃない。僕が目に入ったのはガラス越しに映るコーラルピンクの瞳と髪だ。
僕がこの体の持ち主になって以降、艶を保っている髪は天使の輪を作り背中を覆っている。
同色の眉は八の字の形を作っていてその下の瞳もまた、目尻を下げて少し不安げな表情を作っていて……原作立ち絵のアリエッタくっそ可愛い天使かよ。
ポリゴンの釣り目も堪らないけどこの今にも泣き出しそうな表情とか保護欲をそそってたまらねえ最高か!!

ガラスケースにうっすらと映るアリエッタの顔(つまり自分の顔)に思い切り身悶えた。といっても心の中でだけだ。
実際に身悶えるのはアリエッタの姿なので、無様な姿を晒さないよう可能な限り自重するようにしている。

今日のアリエッタ(僕)も間違いなく世界一可愛い!!
じっとガラスを見つめてそれを再確認していると、ふとガラスに影が差す。
誰だ僕の背後に立つのは。可愛い可愛いアリエッタの姿が見えないじゃないかとふと振り返れば、そこには鳥の嘴のような仮面を付けた少年が僕を見下ろしていて……。

「し、シン、ク……」

突然現れた同僚に、僕は慌てて身を翻した。
シンクが原作どおりの存在だったなら、僕はココまで慌てることはなかった。
が、アリエッタになってしまった僕は、余計な手出しをしてしまった。

イオン様のレプリカであるシンクの存在をアリエッタが知ったら、助けに行くんじゃないか?
そう思った僕は火山を根城にする兄弟やお友達に、ザレッホ火山に廃棄されるであろうレプリカイオン達の保護を頼んだのだ。
自分のテリトリーを荒らされることを嫌がったお友達は進んで協力してくれて、レプリカイオンたちが廃棄される前に研究者達を蹴散らしてくれた上に、それを僕に知らせてくれた。
だから僕は彼等を助けた。中には音素に溶けてしまった子達も居たが、それでもあの火山に放り込まれるよりずっとマシな最後を迎えることができたんじゃないかと思う。
勿論それが自己満足だって解ってるけど、それでも誰かに殺されるより、誰かに看取られて逝く方がずっとずっと良いと思うのだ。
僕は手を握ってあげることしかできなかったし、逝ってしまったあの子より僕のほうがずっと泣いてしまったけれど、それでも笑いながら逝けたのだからこの思いは間違っていないと思う。

閑話休題。

そんなわけでグリーンレプリカンズの恩人ポジションに収まった僕は、原作のアリエッタよりもずっとシンクと親しくなっている。
それだけならば良かったのだが、どうもシンクから向けられる家族愛が捩れつつある気がするのだ。
だって、ほら。

「……欲しいの?」

「え?」

「ずっと見てたじゃん。最近ココのケーキ有名だもんね、何見てたのさ……モンブラン?」

「え、あ、いや、ちが……っ」

「甘いの嫌いだっけ?」

「嫌いじゃ、ない……です」

「そう。モンブラン二つ。箱は別々で」

とまあこんな感じでさらりと今話題のスイーツをお買い上げすることができる参謀長なのだが、この親切が発揮されるのは僕だけなのである。
しかも箱を別々にして、僕も食べたかっただけだから、ついでだよ、とこっちに気を使わせないようにするできる男っぷりを発揮しやがる。
僕が女ならばドキッとしちゃうこと間違いなしだ。生憎と僕の精神は男のままだから心臓はちっとも跳ねないし、アッーな趣味もないのでこれからも跳ねることはないだろうが。

「ほら、早めに食べなよ」

「う、うん……シンク、その、あの……あり、がとう」

「……ふん、別に僕が食べたかっただけって言っただろ。アリエッタのはついでだから、そんな感謝とかしなくていいし、気にしなくていいから」

「はい、わかってます。でも、食べ物を分けてもらったら、ありがとう、です」

ライガに育てられてきた弊害なのだろう。僕は拙い思考回路をしていないけれど、それでもアリエッタの体で話そうと思うと何故かうまく話せなくて、結果的にこんな話し方になってしまう。
お陰で話す度につっかえつっかえ何とか言葉を搾り出すことになるのだが、それでもきちんとシンクに礼を言うことができた。
アリエッタをお礼も言えない礼儀知らずな子にするわけにはいけないからね!!アリエッタの名誉のため、僕は日々頑張るよ!!

人形を抱えながらモンブランを持ちつつシンクに手を振るというちょっと難易度の高いことを成し遂げた後、せっかく貰ったモンブランを食べるためさっさと帰宅することにした。
僕が今住んでいるのは神託の盾騎士団の所有する団員寮……の、敷地内にある管理小屋だ。なんと、一人暮らしなのである。
幼女が一人暮らしをしている理由なんてのは、まぁ、お察しの通り。兄弟やお友達である魔物たちが原因だ。
アパート・マンションタイプ団員寮に魔物が出入りするのは問題がありすぎるため、敷地内にある教団所有の森の管理小屋を割り振られたのである。
ついでに兄弟やお友達は森でご飯を調達できるためにアリエッタの負担が少なくて済むという一石二鳥な立地だったりする。

すんすんと箱に鼻を押し付けてモンブランの臭いを嗅ぎ続ける弟を制止しつつ、何とか鍵を開けて帰宅が叶ってほっとしながらも肩から力を抜いた。
兄弟に取られないようモンブランの入った箱はテーブルの真ん中に置き、手を洗って室内に異変がないことを確認した後、椅子を引いて背もたれに身体を預けた。
勿論モンブランを食べるためのフォークも忘れてはいない。
箱を開き、保冷剤を避けてモンブランを取り出す。日本に居た頃のものと比べちゃいけない出来ではあるものの、ダアトで甘味は貴重である。
フォークを突き入れその小さな欠片を口の中に放り込めば、素朴で優しい味が口内いっぱいに広がった。
ああ、一口がこんなにちっちゃいとか、アリエッタが今日も可愛い。
きっと頬いっぱいに頬張れば子リスのように愛らしい姿になっている姿に違いない。

そうしてモンブランを堪能しつつふいに脳裏をよぎるのは、この甘味をくれたシンクのことだ。
昔、といってもまだこの家に居た頃の話だが、以前は口数は少ないもののもっと素直で、不器用だけどきちんと甘えてくる子だったのに。
最近じゃあこのモンブランを買ってきてくれた時のようにそっけない態度を取ることも増え、まともに目を合わせてくれることもなくなった。

「……反抗期?」

悪態をついては逃げていくいつかのシンクの姿を思い出し、腕を組みながらそう仮定する。
うん、良い線いってるんじゃないだろうか。何といってもこの世界ではアリエッタはグリーンレプリカンズの親のようなもの。
シンクはもうすぐ14歳、丁度思春期真っ盛りだ、こんなちっちゃなお母さんは嫌だとか、僕と二つしか違わないのに親面しないでよとか、そう思っているのかもしれない。
でもシンクは根っこは良い子だから、反抗し切れなくて申し訳なくなって、こうやってお菓子買ってくれたりするんだろうな。
うんうん、まあ当然だよね。こんな愛らしくて可愛くて無垢で純粋なアリエッタを嫌うことなんて出来る筈もないよね!中身は僕だけど!!

そっか、シンクは反抗期か。此処は親代わりとしてそっと遠くから見守ってあげよう。
あれって無償に苛々しちゃうんだよね。自分でも制御しようがないもんね。
うんうんと一人頷きながら最後の一口をぱくり。モンブラン、美味しかったです。ご馳走様でした!


BACK


ALICE+