外宇宙からの訪問者03


ユキエの奇妙な服装を訝しがられつつも、辻馬車を捕まえることができた二人はエンゲーブまで乗せてもらうことができた。
料金に関しては特別に後払いにさせてもらった。ルークの持っていた服飾品を担保にし、交渉したのだ。
ユキエの態度からしてルークが高貴な身分であることは辻馬車の御者にもすぐ知れたことであったため、多少の駆け引きはあったものの最終的には了承してもらった。
ぼったくりめ、と密かにルークが悪態をついていたのを聞いたのはユキエだけである。

初めて馬車に乗るというユキエにこの世界の交通機関について説明を加えつつ、橋を渡りエンゲーブまで向かう。
途中マルクトの陸上走行艦タルタロスとすれ違い、橋が瓦解したのを見たルークは物価が上がるなと口の中だけで小さくぼやいた。

そうしてエンゲーブに辿り着いた二人は、約束どおり御者を連れてすぐに道具屋で服飾品を換金してチップを含めた馬車の代金を御者に払った。
幸い買い取り価格は馬車代を払ってもまだあまるほどであったため、そのままルークの分の旅道具を幾つか買い揃えてから宿を取る。
護衛のことも鑑みて、当然の如く部屋は二人一部屋である。このまま休んでしまいたいのがルークの本音だったが、しかしのんびりするわけにもいかなかった。

ユキエの協力を得て既にバチカルに無事は伝えてあるものの、現在マルクト側には何の釈明もしていない状態だ。
たとえ誘拐による被害者だとしても、仮想敵国に足を踏み入れ何も伝えないなど愚の骨頂。
どんな些細なことでも不利を見せてはならないとルークはすぐさま宿屋の者に鳩を借り、グランコクマとセントビナーの軍基地に不法入国してしまった簡単な経緯と保護を求める旨を連絡した。

「ふぅ。これでよし、と。後は返事待ちだな」

「連絡手段が、鳩……」

「珍しいか?」

「ははっ、そうだろうなぁ。ここいらじゃ鳩を持ってるのはウチとローズさんちくらいだ」

アークスの有する技術と比べれば原始的といわざるを得ないその連絡手段に呆然とするユキエに対し、ルークは苦笑を浮かべるしかなかった。
しかし何も知らない宿屋の主人は鳩が珍しいと受け取ったのだろう。
エンゲーブなどの大規模な町村ではなく地図にも載らないような小さな村では鳩すら持っていないことも珍しくないからだ。
宿屋の主人の言葉にルークもまた苦笑を漏らしたもののあえて言及せず、適当に話をあわせてから鳩の礼を言う。
その時今の時期は林檎が安くてうまいよという宿屋の女将のアドバイスを貰い、まだ休むには日も高いしどうせならば観光でもしようかと話した二人は夕食だけ女将に頼み、その足で宿を出てエンゲーブの観光に繰り出した。

「暫くはエンゲーブに滞在、ですか?」

「ああ。下手に動くと後が面倒だからな。それにエンゲーブは世界の食料庫と呼ばれる程の大規模な酪農地だ。俺もじっくりと視察しておきたい」

「酪農、ですか。それは非常に興味があります」

「そうなのか?俺たちより進んだ技術を持ってるなら、そこまで珍しいものでもないだろう?」

「オラクル船団の場合、酪農に関しては専門区域にて専門の者達が請け負っています。
かなり大規模のファームで均一化された食料が定期的に取れるよう調整されていますが、人の手が入りすぎていてどうしても味気ないと言いますか……正直な話、飽きるんですよ」

そう言ってユキエは肩を竦めた。極限まで効率を重視して作成される食料はどうしても味気ない。
お陰でユキエに対し、出撃した星で料理に仕えそうな食材や、料理器具にするための原生生物の皮などをとってきて欲しいと依頼する料理人も居るくらいだ。

そう言えばあの人は元気だろうかとユキエは思う。
森林で原生生物の食べていた実を奪い取り、とある火山洞窟に住む原生生物の角をもぎ取ってくるよう依頼してきたかの料理人。
彼女は戦闘能力を有さない一般人であったが、もし戦う力があれば自ら乗り込んでいったであろうと断言できるほどに彼女は料理に傾倒していた。
というかそもそも彼女の客は自分達が食べていたのが原生生物の肉だと知っていたのだろうか。
美味しいと評判らしいが、あの肉が極彩色をしたアークスに襲い掛かる鳥の肉だと知ったらどんな反応をするのだろう。

「おい、ぼーっとしてどうした?体調悪いのか?」

「いえ、ちょっと胸肉をひたすら集めるクエストについて思いをはせていただけなので大丈夫です」

「は?胸肉?」

「こ、此方の話ですのでお気になさらず。それより村を見に行きましょう、私畑を見てみたいです」

「畑ならココに来るまでにいっぱいあっただろ」

「え……あれ全部畑なんです?」

「何だと思ったんだ?」

「……雑草地帯?あまりにも綺麗に広がってるのでちょっとザンで刈り取りたいなって思ってました」

「ザンってのはよく解らないがやめろよ。絶対やるなよ。絶対だからな」

ちなみにザンというのは前方に向かって風の刃を飛ばすテクニックだ。チャージをすれば飛ばせる刃の数が増える。
その攻撃範囲が非常に広いため、ユキエは言葉通り眼前に広がる雑草の山を刈り取るのに使用していた記憶があった。

そうして畑を見学した二人は親の手伝いをしていた子供に小遣いを与え、村の案内を頼む。勿論親の許可は取ってある。
お小遣いに胸を高鳴らせた子供は丁寧にあちらは何の畑か、いつごろ実るか、どんな野菜なのかなどを事細かに説明してくれた。
顔見知りなのだろう。実っていた果実は畑の者に声をかけ、特別にもぎたてのものを食べさせてくれたり、というのもあった。

そうしてエンゲーブを堪能した二人だったが、翌朝妙なものを見た。
鳩の返事が来たら夜中でもいいから教えて欲しいとルークが頼んでいたのもあり、早朝控えめなノックと共に宿屋の主人が鳩の返信を持ってきてくれたので早起きしていたのが原因だった。
保護を了承する旨の書かれた内容の紙をポケットにしまいながら、妙なもの――一目を避けるようにしてこそこそと走っていった白い法衣を纏った少年を見たのだ。

「もしかしてあれは……導師か?」

ルークがぽつりと言葉を漏らす。導師守護役がついていなかったことが気がかりだった。そも昨日得た情報では、導師守護役は一人しかついていないとのことだったが。
もし導師が守護役の目を盗んで飛び出してきていたとしたら、ヤバイ。エンゲーブの周囲は弱い魔物ばかりだが、それは戦い慣れているものの話。
どれだけ弱かろうと、結局一般人にとって魔物は魔物なのだ。

これで導師に何かがあり、そしてルークも偶然とはいえエンゲーブに滞在していたことがばれてしまえば、恐らく痛くもない腹を探られる羽目になるだろう。
ソレが簡単に想像できてしまい、ルークは舌打ちをするととっくに起きていたユキエに追いかけるよう告げる。
ユキエはルークの思考に疑問を持ったらしいが深くは問わず、了解ですと一言告げてから話せるようなら道中話してくださいねとだけ付け足した。
ユキエの気遣いに感謝しながら、ルークもまたテキパキと身支度を整え、昨日買い求めた剣を腰に下げて宿屋を飛び出しあとを追う。
そうしてかいつまんだ説明をしながら辿り着いた先はやはりチーグルの森で、何故か共にいる先日の襲撃犯の存在も相まって、ルークはその場にがくりと膝をつくことになった。

「あ、貴方!一体どういうつもり!私だけ渓谷に置いて勝手に進むなんて!私には貴方を送り届ける義務があると言ったでしょう!」

早速食って掛かってきたティアにルークはため息をつく。
そもそもお前に送っていかれることを了承した覚えはないというべきか、それともわざわざ一緒に行動する理由はないと告げるべきか。
どちらにせよどんな言葉を口にしてもきっと自分の思い通りにならないことは怒るのだろうなと思うと反論する気も起きない。
するとユキエがルークとティアの間に入った。流石のティアも一発で倒されたことは覚えているらしく、びくりと体を揺らして喉を引きつらせる。
その隙にルークが導師へと声をかければ案の定チーグルの件を解決しようと足を運んだらしく、ルークは頭を抱えてどうしたもんかと心の中で悲鳴をあげた。

「だいたい、貴方もあなたよ!真剣勝負にあんな手品を混ぜるなんて!」

「は?手品、ですか?」

「手品でしょう!突然目の前から消えるなんて、卑怯だと思わないの!?」

「……私は私の正体をお教えした筈です。信じなかったのは貴方の勝手ですが、私にとってあれが事実です。戦闘方法が同一なわけがないでしょう?
故に私にとってあの回避方法は当然のことであり、卑怯なことではありません。というかそれ以前に、戦いの場に身をおくならばどんなことが起ころうと対処できるよう気を引き締めておくべきでしょう?
自分の認識不足を相手のせいにしないで下さい。みっともない」

ユキエにしては珍しく、呆れたようにため息をつきながらティアに反論する。
ルークは普段は穏やかな口調なのに何故こうも言葉がきついのかと一瞬考えたが、すぐ突っかかってくる相手に優しくしてやる義理はないなと自己完結した。
それよりも問題は導師である。何がいけないのか、自分がいかに不味い状況なのか全く理解していない小首をかしげる小動物のような導師に、ルークもまたどうしたものかと深々とため息をつくのだった。


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