外宇宙からの訪問者02



「あー……つまり、お前は宇宙からやってきた宇宙人で、さっきの現象はオールドラントとは比べ物にならない科学力によるもので、オールドラントには調査が目的のためであって俺達に敵意は無い。ってことで合ってるか?」

「はい。あっています」

ユキエがコスチュームを変えた後、適当に岩に腰掛けながらオラクルやアークスについて説明を受けたルークは、信じられないが否定もできないなと判断しながら説明されたことを簡潔に復唱する。
彼女の説明は常識外のことではあったが、否定をするだけの材料をルークは持ちえない以上、端から切り捨てるようなことはできなかった。
が、ティアはそう思わなかったらしく、腕を組んでため息をついた後ユキエを見下しながら馬鹿馬鹿しいといわんばかりの顔をする。

「宇宙人なんて居るわけないじゃない。どうせさっきのもトリックか何かでしょう。
目が覚めるまで護衛してくれたことだけは感謝するわ。けどそんな作り話に付き合っている暇は無いの。遊んで欲しいなら他をあたって頂戴。

ルーク、事故とはいえあなたをここまでつれてきてしまったのは私の責任だわ。だからあなたのことは責任を持って私が家まで送り届けます。
まずはこの谷を降りて、街道に出ましょう。そこからバチカルまであなたを送るから」

小柄なユキエのことを自分よりも年下だと思ったのだろう。
ユキエの話を遊んで欲しいが故の作り話として切って捨てたティアは、これで話は終わったというようにユキエを視界から外しルークに向き直る。
そしてそのティアの態度に不快そうに眉をしかめているルークに気づくことなく、自分の責任だといいながら謝罪の一言も告げずに、さっさと行こうといわんばかりに立ち上がった。
そんなティアに対しルークはチンピラ如く舌打ちをすると、誰がお前に着いていくか、勝手に一人で行けよと敵意をむき出しにしながらはき捨てる。

「なっ、馬鹿なこと言わないで!私には貴方を送り届ける義務があるのよ。それに一人ではバチカルに帰れないでしょう?大人しく付いてきて頂戴」

「その一、お前のその義務とやらに俺が付き合う理由はない。その二、一人でバチカルに帰ることぐらいどうとでもなる。
その三、襲撃犯のお前に大人しく付いていく理由はない。解ったら勝手に行け。むしろ首をはねられないだけありがたいと思え」

「私は襲撃なんかしてないわ!失礼なこと言わないで!」

「はァ?お前何言ってんの?立派に俺の家に襲撃してきただろうが!!」

短杖を握り締めながら憤るティアに対し、怒りが収まらないのかルークもまた立ち上がって怒鳴りつける。
話が見えずに口を挟むことなく見守っていたユキエだったが、ルークの襲撃犯という言葉を聞いて密かに眉を潜めた。

「私は巻き込まないようちゃんとみんなを眠らせたわ!!大体貴方がこうしてここに居るのも、私の配慮を無駄にして邪魔をしたからでしょう!?」

「それが襲撃だっつってんだよ!お前馬鹿か!?
それに邪魔したからって何だよ!?つまりあれか、目の前で客人が殺されるところをボケッと見てろってことか!?え!?つまり俺に殺人現場を目撃させたかったってことか!?」

「だからそうしないように眠らせてまわったのに、眠らなかった貴方が悪いのよ!!」

「お前それ本気で言ってんなら頭おかしいぞ!」

「失礼ね!犯罪者呼ばわりの次は狂人呼ばわり?貴族だからっていくらなんでも傲慢すぎるわ!!」

「お前がそう呼ばせるようなことしてんだよ!!」

夜の渓谷でぎゃあぎゃあと喧嘩をする二人。その声に触発され、原生生物たちがじわじわと集まり始めている。
何より話を聞く限り、ティアはルークの家の人間を襲撃した挙句、殺人事件を起こしかけ、しかもそれを罪と思っていない危険人物だというではないか。
これは二重の意味で危険だと判断したユキエは二人の間に割り込むと、ルークを背に庇いながら自分の身長よりも長い杖をティアに向けた。

「そこまでです。それ以上大声で喧嘩をされては原生生物をひきつけてしまいます。これ以上怒鳴るようならばそれもまた害意ありとみなします。
それと、お話を聞く限り貴方が犯罪者であるということも理解しました。
貴方に恨みがあるわけではありませんが、ここで出会ったのも何かの縁、ルークさんを害するようならば私も武力行使に出ます」

「お、お前……」

自分を守ろうとしている。それを理解したルークは、目の前にあるツインテールを見下ろしためらったような声を出した。
そして感情的になってしまった自分を悔いつつ、ユキエが言ったことを確かめるように周囲の気配を探り、かなりの数の魔物の気配を感じ取って自分の愚かさを呪った。
屋敷の襲撃に擬似超振動の発動、そして誘拐した張本人が見たことも聞いたこともないほどの非常識人だった……とハプニングが連続し冷静で居られなかったとはいえ、いくらなんでも感情的になりすぎたと反省する。これでは王族失格だ。
しかしそんなルークとは裏腹に、ティアは腕を組んでため息をつくと、自分へ向けられている猫のように赤い瞳を見下ろすだけだった。

「そこをどいて頂戴。あなたには関係のない話だわ」

「お断りします。私はこの星の法に詳しくはありませんが、それでも犯罪の被害者をむざむざと加害者に渡すわけにはいきません」

神杖アマテラスと呼ばれる杖がフォトンに感応し僅かに光を帯びる。
ティアはそれを見てユキエの本気を悟ると、自分もまた持っていた短杖とナイフに手をかけた。
そして駄々をこねる子供をいさめるように、しかし同時に覚悟を問うように武器を構え、目を細めながらユキエに相対する。

「人の話を聞かない子ね。貴方は一般人のようだけど、たとえ子供でも武器を向けるならば容赦しないわ。
武器を持つということは命のやり取りをするということ。貴方にその覚悟があるのかしら」

「私もアークスの端くれ。戦いに対する心構えはできています」

「……ならば私も容赦はしない。戦いの厳しさを教えてあげるわ」

目に見える防具をつけていなかったからか。はたまたその長杖から音素の気配が微塵もしなかったからか。
ティアは明らかにユキエを格下として扱っていた。
ユキエはルークに岩陰に隠れているように言うと、長杖を奮い戦闘体制に入る。
対人戦時の、独特の緊張感が二人を包んだ。

お互いの主な武器が杖という時点で、恐らく術の潰しあいになるだろう。と、この星の人間ならば誰もが思っただろう。
そう、術師同士という一点だけを鑑みればティアの方が若干有利だ。ティアには投げナイフという遠距離からの物理攻撃がある。
ユキエが詠唱し終わる前に、近寄らないままナイフで詠唱を止めてしまえるのだから。
故に杖を構えたユキエに対し、自らの有利を確信し先制攻撃を仕掛けたのはティアの方だった。

「はっ!」

掛け声と共にスリットの中に隠し持っていた投げナイフを二つ、連続でユキエに向かって投げつける。
これを防御するか避けるかする際に短杖で殴りかかり、動けなくなったユキエにナイトメアをかけて無力化を図ろう。
ティアがそう判断を下したのはある意味間違いではない。自分の力量不足を理解していないとか、そういった面から目を瞑れば術者同士の戦い方としては間違ってはいない。

が、一つ忘れてはならないのはユキエがこの星の人間ではないということだ。
ティアは端から作り話だと切り捨てたが、ユキエは間違いなくオールドラントの外から来ている。
故に、ティアの思惑は大きく外れた。
その場からユキエが突如姿を消したのである。

「なっ!?」

ミラージュエスケープ。視覚情報を錯乱し、無敵状態で一定の距離を移動する回避行動だ。
これを行い、ユキエはティアの目の前に姿を現した。術者が前衛のように敵へ距離を詰めたことと、突然姿を消したかと思ったら突如目の前に現れたこと。
二重の意味で驚愕したティアは致命的な隙を見せてしまい、

「えい!」

結果、ユキエの軽い掛け声と共にアマテラスで殴られたことにより、一撃で意識を沈めさせられる羽目になった。
これはティアのあずかり知らぬことだが、スキルスロットによる補助や武器による補正、そしてその高いレベルにより本来ならば後衛職であるフォースのユキエの物理攻撃力はなかなかに高いものとなっている。
勿論それはユキエと同レベル帯のエネミーだったり、ユキエ達アークスの一番の敵であるダークファルスやダーカーと呼ばれる宇宙の害悪達からすれば非常に些細な攻撃力にしかならない。
しかしこの時点でティアのレベルは限りなく低かったため、ただの物理攻撃でも致命的な一撃となりえたのだ。
が、それを抜きにしてもなんともあっけない終わりだったのは否めないだろう。

「ふぅ。もう出てきても大丈夫ですよ」

「あ、あぁ……お前強いな。いや、こいつが弱いのか?」

地面に沈んだティアが死んでおらずただ気絶しているだけであることを確認すると、ユキエはようやく杖を収めた。
そして岩陰から出てきたルークもまたティアが気絶していることを確認した後、胸を撫で下ろしながらユキエへと向き直った。

「助かった。それと先程は見苦しい姿を見せてしまって申し訳ない。俺はルーク。ルーク・フォン・ファブレ。
このオールドラントを二分する大国、キムラスカ・ランバルディア王国の公爵、クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵と王妹シュザンヌ・フォン・ファブレの息子だ。と言っても俺自身はまだ貴族位は賜っていないから、ただの公爵子息だけどな」

「ご丁寧にありがとうございます。しかし貴族の方だったのですね」

「ああ。つってもお前はこの星の人間じゃねぇんだろ?だったら畏まる必要はないぞ。
俺自身、そこまで畏まられるのは好きじゃないしな」

咄嗟に腰を折ろうとしたユキエに対し、それを止めるように首をすくめながら言うルーク。
その態度に本気で言っていることを悟ったユキエは微笑を浮かべてから、シエロやクロエを呼び出す。
突然飛び出してきた二匹の馬鹿でかいひよこにルークはまた驚いたものの、ユキエから説明を受け敵でないことを理解してからは警戒を解いた。

「なんにしても助かった。妙な譜歌を使ってたから俺一人じゃ抑えられるか解らなかったし」

「お役に立てて何よりです」

ルークの言葉に微笑みながらなんてことなさそうに言うユキエ。そんなユキエを見てふむ、とルークは考える。
ユキエの目的はこの星の調査と原住民との交流だ。それは先程聞いている。
しかしオールドラントにも原生生物……つまり魔物というものが存在するため、当然それに対応するためにユキエもまた戦闘能力を有している。
オールドラントとは根本的な技術力などの違いがあるために一概に判断できないが、ルークはユキエの立ち振る舞いや先程のティアとの戦闘、つまりどれだけ手加減が必要か瞬時に判断した判断力などを鑑みて、ユキエがそれなりの使い手であるとみた。

「……なぁ、一つ提案があるんだが」

ルークの言葉にユキエは一つ首をかしげる。
それからルークの口から紡がれた言葉を要約すると、自分が帰宅するまでに護衛をしてくれればこの星の文化や習慣について自分が情報提供をする、というものだった。

「幸い知識を得るには事欠かない環境だったからな。
宗教や歴史、経済状況やキムラスカ国内における貴族間の力関係を始めに地理、風習、文化、魔物の分布や特産品エトセトラ。一般人よりも詳しいほうだと思う。現地の人間には適わないだろうが、それなりに説明もできる筈だ。
俺が帰還するまで護衛してくれるなら、機密なんかに関わらない限り説明するし、俺の力が及ぶ範囲なら便宜も図る。
どうだ?悪くない提案だと思うんだが」

ルークの提案にユキエもまたふむ、と腕を組んで考えた。
貴族制度を採用している文化圏内において、公爵という身分の高い人間の庇護下に入れるというのは大きな助けになるだろう。
それに安全と引き換えに現地のアドバイザーを雇うことができたと思えば良い提案に思える。
そもそも原住民との交流も主目的であったのだから、むしろ渡りに船といったところか。

「なるほど。そういうことでしたら、精一杯勤めさせていただきますよ」

「お、サンキュ!正直俺一人じゃ無事帰れるか不安だったんだよ、助かるぜ!」

しっかりと頷きながら言ったユキエに、ルークもホッとしたようだ。
笑顔を浮かべながらそれじゃあバチカルまでよろしく頼むと言っている。
しかしそんなルークとは裏腹に、ユキエはその発言を聞いてこてりと首をかしげた。

「あら?でも先程帰る事ぐらいどうとでもなるって仰ってませんでした?」

「ん?あぁ、"帰る"だけならな。ただ俺が単身で帰還した場合別の場所に借りを作ったり、どっかしら怪我したりは確実にあったと思う。
だから"無事に帰る"ためにお前の協力が欲しかったんだよ。このオールドラントのどこの派閥にも属さず、単身での戦闘能力を有し、かつ借りを作らなくて済む護衛、ってことで」

「ああ、なるほど」

ルークの言葉に再度納得したユキエは、それならばとクロエをバチカルへ派遣することを提案した。
アークスの一員でないルークは無理だが、クロエならば大気圏外に待機しているキャンプシップを経由して直でバチカルへと派遣することができる。
王城や屋敷へ直接移転というのは無理でも、徒歩で帰還するよりは余程早いだろう。
貴族である無事を伝えることができるだけでもだいぶ違うだろう、と考えての申し出だった。

その申し出に感謝したルークは自分の無事や母の心配、メイドや騎士団の処罰の保留などを言付けると、身分証明として衣服に使用されている飾りボタンをクロエへと手渡す。
ファブレ家の紋章にアレンジを加えた、ルークにのみ使用が許されている紋章だ。
ルークは未だ爵位を頂いていないために本来ならば持ち得ないのだが、現在既に国政に関わりつつ将来確実に国の一角を担う存在になることが解っていること、第三王位継承者にして王女の婚約者という特別性、そしてファブレ家という国の中枢に食い込んでいる家の人間であることから特別に紋章を頂いているのだ。

飾りボタンを受け取ったクロエはルークの伝言を復唱し、クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレに必ず伝えてくれというルークの言葉に大きく頷く。
そしてユキエがアイテムを使って帰還用のゲートを開くと、ぷっきゅぷっきゅと間抜けな足音を立てながらそのゲートを通りキャンプシップへと戻っていった。

「それじゃあ、私達も行きましょうか。いつまでも渓谷にいるわけにはいきませんし」

「そうだな。まずは渓谷を降りて……街道沿いに出て最寄の町を目指そう。途中装飾品を換金できれば道中だいぶ楽になるんだが……」

そう話しつつ、二人は渓谷を降り始める。
ティアの存在をあえてスルーしたことに突っ込みはなく、シエロをルークの護衛につける。
そして先程から密かに距離を縮めてきている渓谷に住まう魔物達を一掃するため、ユキエは再度アマテラスへと手をかけるのだった。


BACK


ALICE+