萌ゆる緑に身を焦がす


イオン

「イオン様!」

 守護役の一人が飛び込むようにして部屋に入ってくる。確かシンクの動向を探って欲しいと頼んでいた子の一人だった筈だ。
 色々考えたが僕が自分の容姿を存分に駆使して片思いしてるんですと言えば、守護役の子達はしょうがないですねえと笑顔で引き受けてくれた。女の子って色恋沙汰好きだよね。

「シンクが……っ」
「……シンクがどうしたんです?」

 全力疾走してきたのだろう。肩で息をしながら言葉を切った守護役に続きを促す。
 言い淀むあたり、本来ならば僕の耳に入れたくないことらしい。それでも飛び込んできたのは僕が頼んでいたからか、はたまた予想外のことだったか。楽しい話じゃないのは確実だ。
 それを踏まえた上で彼女に眼力を込めて再度続きを促せば、汗を拭いながら諦めたようにこう言った。

「身売り、させられそうになってます……っ、サブだからって!」
「アニス!!」
「はい、お乗りくださいイオン様!」

 今まで出したことのない声量でアニスを呼べば、さすがは守護役。僕の望みを一瞬で読み取り、即座にトクナガを巨大化させて僕を乗せてくれる。
 知らせてくれた守護役の子も阿吽の呼吸で案内を買って出る。まったくよく出来た守護役達だ。躾けておいて良かった。

 周囲の視線を掻っ攫いながら教団を抜け、神託の盾本部を目指す。
 どうやらツーマンセルで動いていたらしく、部屋を監視していたらしい守護役が僕達を見て驚いていた。まさか僕が駆けつけて来るとは思わなかったらしい。
 他の神託の盾たちも何事だと言わんばかりにこちらを見ていたが、生憎とたどり着いた部屋は余り人通りのないところのようだ。
 守護役がドアを打ち破ろうとしたのを制止して、僕は怒りのままに掌底を叩き込んだ。ドアが吹っ飛び、暗い室内への道が開く。

「イ、イオン様……お強い、んですね」
「ダアト式譜術です。歴代導師は皆修めてますよ」

 頬を引きつらせるアニスに笑顔で答えてから、改めて室内を見渡す。そこには粗末なベッドに繋がれた半裸のシンクと、それに群がる三人の男が居た。
 驚いたようにこちらを見る顔は見たことがない顔だ。イオンの記憶にもない。その下に居るシンクは手を拘束されて目隠しまでされている。というか、あれは譜術封じの手枷では?
 シンクが荒い呼吸の合間に僕の名前を呼んだことで、僕の堪忍袋の緒はそこで切れた。

「アニス、グレアに巻き込まれたくなければ外に出ているように」
「は、はい!」

 最低限の警告だけしてシンクに歩み寄る。男三人が口々に何か言っていたが聞く価値もないのでスルーする。
 怯えたように後ずさる三人の合間を縫って寝かされたシンクに歩み寄り、その頬に触れる。触るな、と力なく言いながらも何とか抵抗しようとして鎖が耳障りな音を立てていた。

「シンク」
「……イオン?」
「はい。遅くなってすみません。助けに来ました」
「イオ……っ、ぅ──ッ」

 ベッドの端に腰かけ、もう一度頬を撫でる。多分泣いているのだろう。目隠しをしている布がじんわりと濡れていく。
 手首につけられた鎖に十分な余剰があるのを確認してから、シンクの身体を起こして抱きしめてやる。泣きじゃくるシンクの背中を優しく叩く。
 不自由な手で縋ってくるシンクはどれほど怖かっただろうか。ああ、初めて素肌に触れるのがこんなタイミングなんて、最悪にもほどがある。
 まあ腕の中に居れば大丈夫だろうと、僕はそこで顔を上げてくそ野郎三人へと視線を移した。

 黙りこくって僕を見ていた三人は視線を受けた途端にびくりと跳ねたが、口々にまた言い訳を垂れ流し始める。
 シンクが一層震えてしがみ付いてきたので、抱きしめる腕に力を込めてやる。大丈夫、僕が居ますからね。
 そもそもこいつらを見たのは言い訳を聞くためではない。

 シンクを視界から追い出した上で、こいつら三人をまとめて視界に入れるためだ。

「うるさい、黙れ。僕がいつお前たちに発言を許可した」

 グレアを発動させる。相手をねじ伏せるダイナミクスの力は、ドムが有するサブを守るための力だと思っている。
 時に序列争いのようにドム同士でグレアでやりあうこともあるが、その本質は相手を威圧して屈服させるものだ。

 案の定、僕のグレアを受けた三人は顔色を変えて呻き始めた。
 頭の芯が蕩けるように熱い。歪む世界。息ができないというように首に手を当てて金魚のように口をはくはくさせている姿は滑稽の一言に尽きる。
 のたうち回る三人が床に突っ伏して痙攣し始めたところでグレアを解除する。少し眩暈がしたが、イオンの体力を考えればまあマシな範囲。体力つけておいて良かった。

「……いおん?」
「シンク、もう大丈夫ですよ。ああ、目隠しはまだとらない方が良いかもしれません。すみません、僕がドアを吹っ飛ばしてしまったので人目がありますから」
「……あんたが、ふっとばしたの」
「はい!」
「なんで、そんなげんきなんだよ……」
「怒ってるので!」
「あ、そう……」

 会話をすることで強張っていたシンクの身体から力が抜けていく。
 しまった。目隠しもしてるし僕の腕の中に居るのだからグレアの影響はないだろうと思っていたのだが、怖かっただろうか。
 その額や頬にキスを落とす。涙を掬い取ってあげられないことが悔しい。ちょっと、と声を上げられたが気にせずキスの雨を降らせる。
 この身体にあの男達が触れたのだと思うといますぐ八つ裂きにしてやりたかった。うん、アリエッタの魔物にでも与えてやるか!

「これは一体何事か!」

 腕の中で大人しくしているシンクに存分に口づけていたら、無粋な声が割って入った。
 見れば廊下からこちらを見ているヴァンが居て、僕を見た途端に顔を強張らせる。

「イオン様、何故こちらに……?」
「ああ、ヴァン。ちょうどいい。そこの三人を捕らえておいてくれる?」

 ひらりと手を振ればまたシンクの身体が強張った。ああ、なるほど。これヴァンの命令なわけね。
 むき出しの肩を抱き寄せて背中を優しく叩いてやる。拘束も解いてやらないと。しまった、鍵の場所だけ聞いておけばよかった。
 そう後悔していると、室内に入ってきたヴァンがひきつった笑顔を作って僕を宥めようとしてきた。

「イオン様、彼等はキムラスカの貴族です。捕らえるよりも先に何故このようなことになっているか確認することが先かと」

 その物言いが癪に障る。
 腕の中で何も言わずに、けれど間違いなく怯えているシンクの敵を野放しにしようとするのであれば、ヴァンも間違いなく僕の敵だ。

「ねえ、ヴァン」
「はい」
「僕は誰?」

 端的な質問に、今度はヴァンの顔が強張る番だった。僕の言いたいことをきちんと理解したらしい。
 けれどそれでは腹の虫がおさまらず、ヴァンにもグレアをかける。吹っ飛んだドアの先で室内を覗いていた守護役達の顔が即座に引っ込んだ。言いつけを守れて偉いね。

「導師、イオンです……ッ」
「そうだね。その僕のサブに手を出した挙句教団を売春宿の代わりにしようとした馬鹿を捕らえてって僕は言ってるんだけど。ヴァン、お前達神託の盾の仕事は何だっけ?」
「教団の……秩序を守ること、です」
「そうだ。導師の僕が、その仕事をしろって命じている。何らおかしなことじゃない。そうだろ?」

 流石はドムなだけはあって、ヴァンは無様に膝をつくこともなければのたうちまわることもなかった。
 けれど頭を下げた彼はグレアの威圧を受け、グラビディでもかけれたかのように息苦しそうだ。屈辱を感じているのか。はたまた邪魔されたことに怒りでも覚えているのか。
 ふ、と頬を緩める。どちらにせよ、僕のシンクに手を出したことは変わりない。

「ああ、それともこの三人を招いたのはお前なのかい?」

 だからグレアを緩めてそう聞いてやれば、シンクがきつく僕の服を握り締める。解ってるよ、それが正解なんだろう?
 けれどこの問いの本質はそこじゃない。僕はヴァンに切り捨てろと命じているのだ。

 是、と答えればヴァンは教団内での売春を誘導した犯罪者として一緒に捕まる羽目になる。
 否、と答えればヴァンは無事だが、この貴族三人を切り捨てなければならない。その損失がどれほどのものか解らないが、間違いなく痛手だ。
 つまりヴァンは僕の質問に否と答えるしかないんだ。例えそのせいでどれだけ損をしようとも!

「いいえ、存じ上げません」
「そ。ならさっさと捕らえて」
「かしこまりました」

 案の定否と答えたヴァンに今度こそグレアを解除してからひらりと手を振る。
 ヴァンは青い顔を上げて通路に集まっていた神託の盾に声をかけると、床に転がっている三人を拘束するようてきぱきと指示を出し始めた。
 僕はシンクの姿を見られないよう、腕の中の身体を毛布でくるんで周囲の視線から隠す。

「シンク、歩けますか?」

 なるべく優しい声音になるよう心掛けて声をかければ、シンクは毛布を掴んだままこくんと頷く。
 目隠しをとってやり、周囲の視線を遮りながら僕の部屋に行きましょうと囁いた。ベッドに繋がれた鎖の先は、ベッドの方を壊してしまえば問題ない。

「お待ちくださいイオン様。シンクにも事情を聞かねば」
「だったら後でリグレットでも寄越して。ケアが先だ」

 本当は僕が抱き上げて運びたいが、この体力ではそれも難しい。ヴァンの主張を切り捨てて廊下へと誘導し、アニスにトクナガによる運搬を頼む。
 胸を叩いて受け入れてくれたアニスにシンクは嫌がったが、僕と一緒に運んでもらった。恥ずかしさに顔を覆うシンクは大層可愛かった。
 部屋に戻った後、守護役の子に手錠を何とかしてほしいと頼めばすぐに開錠してくれる。そういう譜術らしい。
 改めて守護役の子達に礼を言った後、リグレットが来たら通して、ヴァンが来たら通さなくていい。と伝えればいい笑顔で請け負ってくれる。
 そうして最低限の指示だけ出した僕はケアが優先という名目の元、仕事も放りだして自由になったシンクを私室に引っ張りこんだ。

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