萌ゆる緑に身を焦がす
イオン
「まーーじかぁ……」
ローレライ教団の導師イオン。
むかーしやったゲームのキャラクターに成り代わっているのだと知った時、私はその言葉しか出てこなかった。
女だった筈なのに男になっていて。平べったい醤油顔は性別を疑いたくなるような可愛らしい顔立ちになり、黒髪は違和感しかない緑色に。肌は不健康に白く、手足は折れそうなほどに細い。
この子が? あの旅路を共にしていたの? 本当に?
そう疑いたくなるほどの病弱っぷり。この身体で長旅とか無理でしょ? 死ぬわ。
まだ成り代わったことを受け入れられずに青い顔をしていた私を見て、導師守護役の子達によってベッドに押し戻されたのだけれどそれも納得だわ。
お陰で時間が出来て自分が他人に成り代わっていることを受け入れられたわけだが。
元の世界の私はどうしたのだろう。死んじゃったのかな。別に社畜とかでもなければ人に恨まれるようなこともしてなかった筈なんだが。
ベッドの中でごろりと転がって記憶を掘り返してみるも、自分の死にざまはちっとも浮かんでこない。
もしかしたら余りにも悲惨な死に方だから、本能的に忘却をしているのかもしれない。そう思い至り、それ以上思い出そうとするのをやめる。
続けて導師イオンの記憶を漁ってみる。
レプリカイオンとして詰め込むように教育を施され、被験者と徐々に入れ替わって導師となるべく邁進していたイオンの記憶がそこにはあった。
けれど私が成り代わる直前の記憶は随分とおぼろげだ。自我がない、とでも言おうか。
とにかく導師イオンとしてあらねばならないという強迫観念に駆られ、身体を酷使していた。未発達の自我が擦り切れるのは早く、それでもなお導師であることが自分の役割だと思い込んでいた。
導師イオンの記憶はしっかりあるため仕事なんかは問題なくできそうだが、こうして記憶を振り返ってみても彼は幸福ではなかったと思う。そも幸福という概念を、彼は知らなかったのではなかろうか。
それが凄く悲しくて、寂しい。何故彼の意識がなくなってしまったのかが察せてしまって涙が出そうになる。
その後に私がこの身体に入ってしまったことも疑問だが、私は生きなければならない。イオンの分も。そう思った。
そうなればまずはこの身体を少しでも健康体に近づけねば。
確かレプリカイオンは体力方面が劣化していて虚弱体質だった、とかいう設定だった筈。でもダアト式譜術を使わなければ日常生活は問題なかったとも記憶している。
ならば私がすべきは基礎体力の向上だろう。
いずれ訪れる死も避けたいが、それまでにぽっくり逝っては意味がない。死の運命から逃れるためにも、まずは体力作りから!
とはいえこの身体、現在体力をつけるための体力がない。服を買いに行きたいのにそのための服がないのと同じ状態である。
その状態で出来ることってなんだろうか。
そうだなぁ……普段から腹式呼吸を意識して、肺活量の底上げと少しでも腹筋を付けるための手助けにしよう。
運動は無理でもストレッチは出来る。なんちゃってヨガとか、ラジオ体操を毎日のルーティーンに取り入れてみてはどうだろう。
それから食事、これも大事だ。一日三食バランスよく。たんぱく質をメインにしたメニューを改善してもらえないか頼んでみよう。
そうして基礎体力が付いたらお散歩から始めて、身体を動かすことに慣れていけばいい。うむ、このプランに決まりだ。
早速上体を起こして簡単なストレッチをしてみる。これだけで息が上がるってどういうこと?
そして見た目は女の子みたいになよなよしてるのにすんごい硬い。手を伸ばしても足のつま先に届かない。
簡単なプランしか経てていないが、既に前途多難な気配がひしひしとする。
ひぃふぅと息をしながら、私は目標を下方修正した。
それから導師イオンとしての生活が始まったわけだが、食事の改善は思ったよりあっさりと通った。
私が食事をこうして欲しいと頼めば、イオン様がお食事のリクエストをされるなんて! と感動されて厨房に連絡が行った。
余りにも食が細すぎて心配されていたらしい。そうだね。食欲が出るのは良いことだ。品目は増えても小鳥が啄むような量だけど、バランスは良くなったと思う。
逆に駄目だったのがラジオ体操。寝る前にチャレンジしたが途中で息が切れて最後までたどり着かなかった。
なので普段から腹式呼吸を意識しつつ、簡単なストレッチを業務の合間に挟むことで亀の歩みで筋肉を付けようと目論む。
こちらも導師守護役の子達が協力的だったので、柔軟を手伝ってもらうなどした。身体かったいの。未だに手が足の先っぽに付かねえ。
想像以上の体力のなさに途中心が折れそうになったものの、毎日少しずつ少しずつ僅かな運動を積み重ね、お散歩に出ても息が切れなくなった時は導師守護役の子達が凄く喜んでくれた。
もうね、目標が幼児。こんな病弱な身体ですみません。けど食べられる量が増えたのは素直に嬉しい。私は元々牛丼をガッツリいくタイプである。
けどある程度体力をつけるだけで三か月かかった。地球時間に換算するなら約半年だ。
それだけかけてようやくお散歩が出来るようになったのだ。走るのはまだ無理。最悪意識が飛ぶ。
医療系の仕事に就いていた訳じゃないから詳しくないんだけど、これって順調って言っていいの? 教えてエロい人。
とはいえ亀の歩みでも成長は成長だ。継続は力なり。もっと行動範囲を広げていずれは廊下を走って守護役達に怒られるような元気な導師を目指したいものである。
今日も今日とて教団内のお散歩に出る。信者の方々とのおしゃべりも悪くない。立ったまま喋るって適度に疲れるんだよね。筋力トレーニングの一環だ。
たったそれだけのことがトレーニングになる悲しさよ。まあ導師としては正しいんだからよかろうて。
「あ」
「これは導師イオン。最近は体調が宜しいようで」
「久しぶりですね、ヴァン。まだまだ元気とは言えませんが、導師としての仕事をこなせる程度の体力はつけねばと努力をしているところです。また病床に就いてしまっては信者の方々を不安にさせてしまいますから」
と、思っていたらラスボスに遭遇してしまった。とはいえ人目があるところではヴァンとて高圧的な態度は取れまい。
咄嗟に導師の笑顔を浮かべて対応する。導師としての仕事をこなすために頑張っていますと言い訳じみた返事をしてしまうのは私の根っこがへたれだからだろう。
「その優しさこそが信者の方々を支えているのでしょうな。ああ、紹介しましょう。シンクといいます」
私の言い訳をさらりと流し、ヴァンは私と同じくらいの身長の少年を紹介してくれる。
記憶にあるものとは身に纏っている衣装は違ったが、あの鳥のくちばしみたいな仮面だけは一緒だった。
わー! シンクだー! まだ幼い! 当たり前か! まだ本編開始前だもんな! 結構好きなキャラだったんだよー! おんなじ導師イオンのレプリカとしか覚えてないけど!
興奮する内心はさておき、小首を傾げておく。新しい神託の盾の入団者かと聞けば、拳闘士として見込みがあるのでヴァン直々に育てているとのこと。
それって傍から見たらただのお稚児趣味なのでは、という疑問はごくんと呑み込んでおく。
実はヴァンのショタコン疑惑って教団内では有名な噂なんだけど、本人知ってるのかな。知らないんだろうなあ。
「シンクですね。同世代の男性はなかなかいないので新鮮です。機会があれば一緒にお茶など出来ると嬉しいです」
無難な返事と社交辞令を述べれば、シンクの口があからさまにへの字になった。
もうちょっと取り繕いなさいよ。二歳にもなってないんじゃ難しいだろうけど。
「では近々時間を取らせましょう」
が、他人事のように心配していられたのはそこまでだった。まさかの社交辞令が本気で受け止められて思わず笑顔のまま固まってしまう。
導師だから? 私が導師だからいけないの? 詠師として導師のお望みは叶えねば、とかそういう??
ヴァンを見れば目が笑っていない。あ、なんか彼の機嫌を損ねることしてたっぽい。
これシンクとお茶という名目でレプリカのくせに調子に乗るなとか言われるパターンですね解りたくなかった。
「本当ですか? 楽しみにしています。でも無理はしなくとも構いませんよ?」
「お気になさらず。日々鍛錬に励むシンクにとっても、良い日々の彩となるでしょう」
一応遠回しに社交辞令なんだから本気にしなくて良いよって伝えてみたけど、駄目だった。決定事項っぽい。
笑顔がひきつりそうになるのを堪えながら予定を擦り合わせる。三日後にお茶会することになりました。
その日までに発熱しないかしら。水風呂でも入れば一発なんだけど、守護役の子達の存在を考えると無理そうだ。
「では、三日後に。それまでに仕事を片付けておきます。楽しみにしていますね、シンク」
「……どうも」
地の底を這うような声でお返事するくらいなら貴方からお断りして欲しいんだけど?? 取り繕うの下手過ぎか??
そこには言及せず、ひとまずそこで話を切り上げる。もうチビりそうだから早く離れたい。いくら取り繕っててもラスボスは怖い。私学んだ。
結局散歩はそこで切り上げ、部屋に戻った。
導師守護役の子達が居なくなった途端顔がしわしわになる。ここまで笑顔を取り繕えた私を誰か思い切り褒めてほしい。