萌ゆる緑に身を焦がす

シンク

 シンク、というのが自分の名前だというのが未だに慣れない。

 オリジナルのエゴで作成され、廃棄され、そしてヴァンに拾われた。
 この愚かで呪わしい生を得てしまった復讐をさせてくれると言うヴァンの言葉に従ったのは、半ば自棄のようなものだ。
 どうせ手駒が欲しいだけのくせに。お前だって僕を生み出した側のくせに。

 けれど手を取れ、と言われたのだ。
 廃棄された失敗作に伸ばされた唯一の手を、僕は拒絶できなかった。
 結局一番愚かなのは僕で、だからこそ廃棄されたのだろう。

 その後焼け付くような痛みと共に身体に譜陣を施され、身体能力の高さを生かした訓練を施された。
 正直何度か火山で死んだ方がマシだったんじゃないかと思ったこともある。
 短期間の集中教育によって上級兵ほどの強さを身に着けたところで、時が来るまでは神託の盾に所属してもらうという言葉と共に町へと居を移す。
 これからその時が来るまで最低限の仕事をこなし、兵士として働かねばならないとも言われた。

 馬鹿馬鹿しい。
 そう思ったが、今は耐える時だと言うヴァンの言葉に頷く。肩に乗せられた手が気持ち悪かった。人の体温というのはどうしてこうも気分を悪くさせるのか。
 そうして教団に足を踏み入れて出会ったのは、唯一の成功作として選ばれた七番目のレプリカ。お綺麗な笑顔で信者達と言葉を交わす姿にどろりとしたものが腹の奥でとぐろを巻く。

 忌々しい。
 今すぐそのお綺麗な面を張り倒してやりたい。そう思うものの、守護役に囲まれ大事に大事に守られた成功作にヴァンが声をかければ無視も出来ない。
 汚いことなど何も知りませんという顔でたおやかに話す姿は見ているだけで反吐が出る。

 それなのに僕と話したいだって? やめてくれ。殺したくなる。
 僕の心情は解ってるくせにヴァンは僕とイオンのお茶会を設定してしまった。

 離れた後に文句を言えば、一度間近で見ておけとヴァンは言う。あんなお人形、遠くから見ようが近くから見ようが一緒じゃないか。
 それくらいなら鏡を見てお茶をした方がうんとかマシだ!

 苛立ちを発散するように訓練に打ち込めば、あっという間に三日経った。
 いっそのこと虚弱だというあの導師が体調でも崩さないかと期待したがそんなこともなく。
 ヴァンに感情的にならないようにと小言を貰ってから渋々足を運べば導師の私室に招かれ、守護役が紅茶や茶菓子の準備をする。
 最低限の挨拶だけして腕を組んだままだんまりを決め込んでいれば、その態度を直せと言わんばかりに守護役達から睨まれる。

 知ったこっちゃない。不満なら追い返せばいい。僕はさっさとこんな部屋から出たいんだ。
 それなのに守護役達が準備を終えたところで、導師が僕と二人で話したいと言い出した。当然守護役が反対するが、どうやら導師は引く気がないらしい。
 そのまま頑張って僕を追い出してくれ。そう思ったのに、

「ぼ、僕だって男の子なんです。その、男同士で話したい事だって、あるんですよ」

 頬を赤らめ、少し恥ずかしそうに言う導師に守護役達が折れた。あれと自分が同じ顔をしているのかと思うと鳥肌が立ちそうだった。
 なのに守護役達は仕方ないと諦めて部屋を出ていく。僕を睨むくらいならば導師の我儘なんて聞かなきゃいいのに!

 そうして二人きりになったところで導師は黙って紅茶のカップを傾けた。その温かさにほうと息をつく姿は僕と違って優雅だ。
 荒事なんて何も知らない導師。大事に大事に守られて、当然のように慕われる紛い物。
 また苛立ちが湧き上がる。けれど紅茶を飲んで茶菓子に手を伸ばす導師が口を開く気配はない。

「それで、男同士で話したいことってなにさ」

 仕方ないのでこちらから水を向ければ、わかば色の瞳を丸くしてこちらを見てくる。
 そんな目をされる理由が解らず、余計に苛立ちが増す。 

「特にはありませんよ?」
「……じゃあ何で僕を呼んだ」
「あれはただの社交辞令のつもりだったんです。断っても良いと暗に伝えたのにヴァンがセッティングしたので、てっきりそちらから何か話があるものと思っていたのですが」

 そう言って眉尻を下げる姿に今度こそ舌打ちが漏れた。
 存在しない意図を読み取るんじゃないよ。

「解りづらいんだよ」
「貴方ならともかく、ヴァンなら理解してくれるものと……」
「神託の盾にそんな繊細な感性を持った奴が居るわけないだろ」
「ヴァンは詠師でもありますから、ある程度の腹芸は出来るのでは??」

 そういえばそうだった。
 こてん、と首を傾げる目の前のレプリカの言葉に納得しかけるが、慌てて首を振る。

「アイツの腹芸が発揮されるのは子供くらいじゃないの」
「……えぇと、それは、その。つまり……シンクも、噂の通り……ヴァンと、そういう?」

 そんなことせずともヴァンはそのカリスマ性で神託の盾を従えている。暗躍しているのはお前のような利用価値のある相手くらいだ。
 そう言いたかったのに、何をどう曲解したのか導師はカァと頬を赤くしてこちらを見てきた。

「ちょっと、噂って何」
「えっ、あー、えぇと。すみません、忘れて下さい」
「そこで切られたら気になるんだよ。言え」

 高圧的に命令してやれば導師は中身の減ったカップを手の中で回しながら、うろうろと視線を彷徨わせた。
 見ろ。所詮最高指導者だのなんだの持ち上げられても、所詮レプリカのこいつはちょっと押せばこっちに従うんだ。
 そう嘲笑しかけたところで予想外のことを言われた。

「その、ヴァンにはお稚児趣味があると前から噂が立ってまして……」
「ちょ……っと待ってよ!! それ僕のこと!?!?」
「あと……その、アッシュも」
「あの燃えカスと同じ扱い!? 冗談じゃないね!!!!」
「でもヴァンは少し教団を離れるとすぐどこからか少年を連れてきて、忙しい中で直々に鍛えて、自分の庇護下に入れてるんですよ?」

 導師の言葉に頭を抱える。確かにそう言われると否定できない。間違いなく事実だ。
 ヴァンはその実力で総長の地位に就いたが、若すぎる就任に妬み嫉みの目も激しい。
 意図的に悪意ある噂を流布されている可能性もある。真実を下敷きにしている分性質が悪い。
 そして目の前のこいつがそれを信じかけているということにも腹が立つ!

「僕はヴァンとはそんな関係じゃない! それとも何? 所詮失敗作はその程度の扱いがお似合いだとでも言いたいワケ!?」
「え? シ、シンク?」

 椅子を蹴倒しながら席を立って導師に歩み寄り、その胸倉を掴む。
 片手で捻り上げられたことに驚いた顔をした成功作は、本当に元が同じなのか疑いたくなるほど軽かった。

 まだまだ自我が完成しているとは言い難い僕は、感情に振り回されやすいから冷静でいられるよう気を付けるように、と出かける前にヴァンに言われたことを思い出す。
 なるほどこういうことかと今更ながら納得する自分が居るが、沸々と湧き出す腹立たしさはちっとも収まらなかった。

「シンク……ッ、やめてください!」
「ハッ! だったら抵抗してみなよ、七番目。所詮お前だって紛い物のくせに、僕を見下して気持ちよかった?」
「ちがっ、そんなこと」
「シンクロ値があと少し低ければお前だって失敗作だったんだ! ほんの少しの差で選ばれただけのくせに偉そうにっ」
「っ、『座りなさい』!」

 命令された途端、がくんと足から力が抜ける。自分の意思に反して床にへたりこむ身体。意味が解らなかった。
 強制力のある言葉に身体が従ったのだ、という事実を理解するまでに数拍の時間を要した。

 胸元を捩じり上げる手から解放され、何度か咳き込んだ導師が憐れむような目でこちらを見下ろしてくる。
 やめろ、そんな顔で僕を見るな。ほう、と息を吐いた導師が僕を見下ろしながらつぶやいた。

「シンク、貴方は……サブなんですね」
「……は? 僕が、サブ?」

 馬鹿な。被験者はドムだったはず。ならレプリカである僕もドムである筈だ。
 確かにまだグレアは使えないが、それは身体が発達しきってないからで……。

「何故僕と同じレプリカである貴方がサブなのかは解りませんが」

 その言葉に遅まきながら自分がレプリカだと暴露していたことに気付いた。
 歯噛みする。感情的になりすぎた。忠告されていたのに、コイツに失敗作だとバレるなんて!

 屈辱に震える身体を、膝をついた導師が抱きしめてくる。やめてくれ。気持ち悪い。
 僕の頭を撫でながら良い子ですね、と褒められることに喜ぶ自分が居ることに気付いてしまって吐きそうになる。

 僕は本当にサブなのか。ドムに従い支配されることに喜びを覚える犬みたいな存在なのか。
 受け入れられず、目の前の身体を突飛ばそうとする。
 けれど持ち上げた手を動かす前に、イオンが身体を離して僕の両肩に手を置いた。

「ヴァンもドムです。どうか気を付けて」
「……っ、うるさい!!」

 今度こそ細い身体を突き飛ばし、部屋から飛び出す。
 部屋の外で待機していた守護役達から視線を向けられたが無視して走る。

 ああ、もう。
 ぐちゃぐちゃだ。

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