イオンルート
「イオン!」
「カナ!……その格好はどうしたんですか?」
「イオンも…可愛らしい格好だね」
濃い霧の中、お互いの衣装をまじまじと見る。
イオンは黒いローブを着ていて、音叉の杖ではなく樫の木の杖を持っていた。
頭には大きな三角帽を被っていて、何処をどう見ても魔女スタイルだ。
……いや、性別的には魔法使いか。魔女でも違和感は無いが。
いかん、性別が迷子になってる。
「気付いたらここにいたんだけど…イオンはどうしてここに?」
「同じです。気付いたら霧の中に立っていて…この格好でした」
「イオンもか…シオンやシンクはどうしたんだろう」
二人で頭を捻っていると、段々と霧が薄れ始めた。
はぐれないよう身を寄せ合いながら、完全に霧が晴れるのを待つ。
薄まってきた霧の中、まず目に入ったのはジャック・オ・ランタンの中で揺らめく蝋燭の光で。
次に自分たちがどこか大きな建物の中の廊下に居るのだと気付いた。
上を見上げればとても天井が高く、日本の建物とは思えない。
壁には黒とオレンジの装飾が施されており、完全なハロウィン仕様だ。
「ここは…教団!?」
「え?ローレライ教団のこと?」
「はい……多分」
「多分って…」
「こんなおかしな教団は見たことが無くて…」
そう言ってきょろきょろと周囲を見渡す。
飾り付けられたカボチャ達は怒り顔にくりぬかれていて恐ろしい筈なのに、所々にカラフルなスティックキャンディーやポップな飴玉が大量におかれているため、ホラーの筈なのにどこかちぐはぐだ。
「とにかく、外装は教団ぽい…のね?」
「はい。ココは多分…大聖堂脇の廊下、でしょうか」
「じゃあとりあえず大聖堂行ってみない?何か解るかも」
「そうですね…」
私の提案を聞いたイオンは、何故か唇を引き結んでしまう。
何かおかしなことを言っただろうか。
私がどうしたのかと顔を覗き込めば、イオンは今までで見たことが無いくらい真剣な表情をしていて…そして自分の手を見て、ぐっと掌を握り締める。
「カナ…ココには音素があるようです。教団かもしれないとはいえ、いえ教団だからこそ何があるか解りません。
だから…だから、ぼくがカナを守ります。ぼくから…離れないで下さいね」
「守るったって…大丈夫なの?」
「ダアト式譜術さえ使わなければそれなりに。それにカナは丸腰ですし、体の調子も良いので大丈夫だと思います」
いつものようなふんわりとした微笑ではなく、しっかりと光を持った瞳を向けられる。
これがあのほえほえしたイオンかと私は自分の目を擦りたくなった。
しかしイオンのいうとおり、私は丸腰でしかもここには音素があるというではないか。
ならば大人しく守られたほうが良いのだろうと私はイオンの提案に頷いた。
勿論、危なくなったらイオンの襟首を引っつかんで逃げ出すつもりではいるが。
「大聖堂でしたね…行きましょう。案内します」
いつもよりもキリッとしたイオンを見て、何故かドキドキしてしまう。
一瞬何この気持ち、これが恋…?とか思ってしまったが、どちらかというと大丈夫かという不安もあるため、授業参観に来たお母さんの気分と言った方が正しいのかもしれない。
「ここが大聖堂です」
イオンに案内され、天井の高い廊下を少し歩いたところで飾り付けられた扉の前に着いた。
三角帽をかぶったジャック・オ・ランタンの周囲にデフォルメされた蝙蝠が飛び交う扉飾りが付けられている。
お互い視線を合わせて頷き合うと、イオンがそっと扉を開いた。
「……あ、れは…」
扉を開いた隙間から、誰も居ないかと覗いたイオンの唇からそんな言葉が漏れる。
誰か居るのかと私も屈み込んで視線をめぐらせれば、導師の衣装を着た緑っ子が大きな石の前に立っていた。
「シオンにもシンクにも見えないね」
「はい…でも僕ら以外には居ない筈です」
「……あ、居る居る。フローリアンって言う三番目の子が居る。モースに軟禁されてた子」
困惑気味なイオンに教えれば、イオンは心底驚いたような顔で私を見下ろしてきた。
フローリアンが登場するのはイオンが死んだ後だから、知らなくて当然だ。
家でシオンがやってるゲームだってそこまで進んで無いし。
「では、あれがフローリアンでしょうか?」
「どうだろうね??」
そんなことをぼそぼそと話していたのだが、こちらの気付いたらしい導師姿の緑っ子が振り返る。
ばっちりと視線が合えば、無邪気な笑顔を向けられる。
見つかっては隠れてる意味無しと、私とイオンは扉を開き大聖堂へと足を踏み入れた。
「こんにちは。いや、こんばんは?」
「こんばんわ!待ってたよ!」
「あの…貴方は?」
少しずつ歩み寄りながら聞けば、音叉の杖を持った少年は笑顔で答えてくれた。
「僕?僕はフローリアン!イオンと、#カナコ#だよね!カナって呼んでも良い?」
「いいよ。私もフローリアンって呼んで良い?」
「うん!イオンもいいからね!」
「あ、はい。ありがとうございます」
幼い子供そのものの反応に、イオンは困惑を隠しきれて居ない。
演じること、己を潰すことが当たり前だったイオン。
日本に来てからはそれも無くなったが、無邪気で自分を偽ることの無いフローリアンの存在は戸惑いしか与えないだろう。
私はそっとイオンの頭を撫でてやる。
イオンは少し驚いたような顔をしたものの、肩の力を抜いてぎゅっと杖を握り締めた。
「フローリアン、ココは教団…ですか?」
「ここ?ここはね、教団だよ。でも教団じゃないんだ。ちょっとずつ違うの」
「ちょっとずつ、違う?どういう意味ですか?」
「んっとね、僕もよくわかんないんだ。でもココは優しい人が作った場所だから、大丈夫だよ」
それは危なくないという意味だろうか。
言動が幼いせいでいまいち要領を得ないものの、危険性はないと言う意味だろうと受け取る。
「フローリアンはどうしてココに居るの?」
「よくわかんない。けど二人に会えたから良いかなって」
「え?」
「ねぇ、遊ぼう!僕楽しみにしてたんだよ!」
そう言ってフローリアンは私とイオンの手を取り、私たちが答える前に彩られた教団内を走り出す。
そんなに早くはないものの、子供ならではの強引さに私たちは逆らうことができなかった。
「フローリアン、どこ行くの?」
「良いとこだよ!」
「ど、どこですか!?」
「行ってからのお楽しみー」
そう言ってフローリアンは廊下を歩く。
遊ぶんじゃないのか。
そう思うもののフローリアンはずんずん進んでいく。
行き先は既に決まっているらしい。
ペロペロキャンディの飾られた花瓶を横目に、カボチャの積まれた武器庫を通り過ぎる。
ストライプのリボンがあちこちに結わえられていて、別の場所では槍の代わりに大きなスティックキャンディーが飾られていた。
「何だか…教団じゃないみたいです」
「楽しいよね!お菓子もいっぱいあるんだよ!」
そう言ってフローリアンは一つの扉に差し掛かった。
木製の扉を開けば、その先にあるのは転移譜陣。
「こっち!」
何処に行くかという疑問も、最早聞く気は失せていた。
フローリアンが私たちを危険な目に合わせるとは思わなかったし、着けば解るだろうと諦めも入っている。
淡い光に包まれ、体の引っ張られる感覚に反射的に目を瞑る。
すぐにその感覚は身体を離れ、目を開ければ先程とは違う石畳の廊下に立っていた。
何だか雰囲気が凄く陰気だ。
「ここは…」
「イオン知ってる?」
「いえ、ぼくも初めてです」
「内緒の場所なんだ。探検してる時に見つけたんだよ!」
途中リースに付けられたチョコレートをちぎって口に放り込み、フローリアンは薄暗い廊下を先導する。
先程まで歩いていた天井の高く綺麗に磨かれた石の敷き詰められた広い廊下と違い、ココは二人並べばいっぱいいっぱいな小さな廊下だった。
そうしてたどり着いたのは、古びた小さな扉だった。
魔女を模した簡素なレリーフが飾られていて、フローリアンは何故か唇に手を当てて私たちに唇を噤むように言うと、焦らすようにゆっくりと扉を開ける。
扉の開いた先にあったのは、豪奢ながらも簡素な部屋だった。
「…ココは?」
「わかんない。でもベッドきもちいーんだよ!」
小さな部屋に似合わぬ、大きく高価そうなベッド。
クローゼットや机などの家具の類は豪華そうなのに、部屋自体はまるで監獄のように質素だ。
ココだけは、ハロウィンの飾りつけも無い。
「こっち!こっち見て!」
私とイオンが首を傾げていると、フローリアンが窓際に走って行って私たちを呼んだ。
イオンと顔を見合わせつつ近づくと、フローリアンが思い切りカーテンを開く。
木製の雨戸を開ければ、そこには満点の星空と煌く譜石帯、そして煌々と輝く月が見えた。
下には宝石箱をひっくり返したような光が散りばめられている。
「……すごい、きれい」
「でしょ!すごくきれいでしょ!」
「良い眺めですね…これを見せたかったんですか?」
「そう!昼間はね、ダアトの町が一望できるんだよ!」
フローリアンが自慢する景色はとても美しかった。
地面と夜空の境目も解らない漆黒の中、きらきらと煌く光達。
窓枠に切り取られた風景は一枚の絵画のようだ。
「…ありがとうフローリアン、こんな素敵なものが見れるとは思わなかった」
「はい。こんな場所があったなんて…ありがとうございます」
いつまでも見ていたくなるような風景から目を外し、フローリアンにお礼を言う。
イオンも頬を染めながらお礼を言っていて、景色が気に入ったのが良く解った。
「どういたしまして!それじゃあね、二人とも」
「うん?」「はい?」
フローリアンが今までとは一風代わった表情を浮かべた。
無邪気ではあるが、そう、まるで悪戯をする子供のような…。
「トリック・オア・トリート!!お菓子ちょうだい!」
「えぇ!?いきなり!?」
「ぼ、ぼくもですか!?」
両手を出されるものの、いきなり言われてもお菓子なんて持ってない。
途中拾えばよかったのだろうが、生憎フローリアンに引っ張られていたためそんな暇は無かった。
この部屋にはハロウィンの飾りもなく、調達することもできない。
……全部計算済みか!この子供は!
「無いの?お菓子無い??」
「無い、です…」
「無いね…」
イオンと私がそう答えれば、フローリアンはふふ、と笑った後私とイオンの手を取ってベッドに近づく。
何する気だとフローリアンを見れば、にこっと笑った。
「じゃあいたずらだー!」
ぐい、と引っ張られて踏ん張る暇も無かった。
イオンと共に思い切りベッドにダイブする羽目になり、フローリアンも私たちの上に飛び込んでくる。
蛙が潰れたような変な声が出たのは聞かなかったことにして欲しい。
「あはは!二人とも倒れたー!」
「びっくりしました…」
「フローリアン、重いよ…」
現在イオンと共に、フローリアンとベッドでサンドイッチにされている状態である。
首にフローリアンの腕が回されているため起き上がることもできず、仕方無しに私はフローリアンの頭を撫でた。
「いたずらなのか、これは」
「まさかベッドに押し倒されるとは…」
「ベッドきもちいいでしょ?」
「…うん、ふっかふか」
「確かにふかふかですね。気持ち良いです」
そう言うとフローリアンは私とイオンをぎゅぅと抱きしめた。
どうしたのかとフローリアンの顔を見れば、笑顔のまま目を閉じている。
「もっともっと遊びたいけど……今度は、別の場所探検しようね」
「……フローリアン?」
声のトーンの落ちたフローリアンに異変を感じて、肩に手を置く。
しかし突然抗いがたい眠気が襲い掛かってきて、私は落ちそうになる瞼に必死に抵抗した。
「な、んで…」
「今晩だけって約束なんだ。だから、またね」
「ど、ういう…」
返事は無い。
ただただ強く抱きしめられていて、隣を見ればイオンは瞳を閉じようとしていた。
私も襲い掛かる睡魔に耐え切れず、段々と瞼が落ちていく。
「ふろ…りぁ…ん」
「おやすみなさい、じゃないや。はっぴーはろうぃーん!」
最後に強く抱きしめられ、フローリアンの名前を呼ぼうとして…私の意識は落ちた。
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