シオンルート
「シオン…!」
「カナ!……また、随分可愛らしい格好してるね」
「シオンも、怪しい格好だね」
深い深い霧の中、見つけたシオンはどう見ても吸血鬼の仮装をしていた。
白いシャツと黒いベストにスラックス、その上には黒地のマントを羽織っている。
これだけなら中世風?で終わるのだが、唇の隙間から見える細くとがった牙がそれを否定していた。
「血が飲みたいとか言わないよね?」
「……喉は渇いてるかな」
その言葉にバッと首筋を手で覆って隠せば、シオンはくすくすと笑って冗談だよと言った。
お前の冗談は冗談に聞こえないんだバカヤロウ。
そんなやり取りをしているうちに少しずつ霧が晴れてきて、私は嗅ぎなれた臭いに鼻をひくつかせた。
日本に居た頃は良くかいでいた、肺を満たすむせ返るほどの緑の香り。
「…ここ、外みたいだね」
「それも森の中、かな?」
唄うように呟きながら鬱蒼と目を細め拳を握り締めるシオン。
淡い光のようなものがシオンの拳に集まっていて、ぎょっとした私にシオンは周囲を見渡しながら説明してくれた。
「ここ、オールドラントみたいでね…音素を集めてるんだよ。すぐに譜術が発動できるようにね」
「な、なんで?」
「森の中だからね、安全な日本に居たカナには解らない感覚かもしれないけど、森に入ったらこれくらいの警戒はしないと」
油断すればすぐに死ぬよ?
そう言って私の手を取って背後に隠し、少し離れた所に光の柱が連続的に落ちる。
現実味の無い光景に私はシオンの背に庇われて唖然としてしまった。
「何だっけ…ジャッジメント?」
「ダアト式譜術の一つさ」
光の柱が落ちたあたりの茂みががさごそと揺れる。
再度シオンの掌に光が集まったが、ひょこりと現れたピンク色に光は一瞬で霧散した。
「やっと見つけた、です」
「アリエ…ッタ…?」
目を見開いて呆然とするシオンに対し、茂みから全身を現したアリエッタは人形を抱きしめながら小さく首をかしげた。
「シオン様…どうかしたですか?」
名前を呼ばれ、シオンが私の手を強く握り締めてきた。
シオンの名は日本に着てから私がつけた名前だ。
オールドラントに居たアリエッタが知りえるはずの無い言葉。
「何で…名前…」
「名前…教えてもらったから。それに、ここは夢、ぜんぶゆめ。
だから…だから、アリエッタ、アリエッタのシオン様に会えてる」
その言葉を聞いたシオンは今度こそふらつき、私は慌ててシオンを支えた。
掌を額にあて、信じられないと言った顔でアリエッタを見ているシオン。
ダメだ、完全に混乱している。
このままでは不味いと判断して、私はアリエッタを見た。
ローズピンクの瞳とぱっちりと目が合い、警戒させないよう少しだけ微笑めばアリエッタはぎゅぅと人形を抱きしめてもじもじしていた。
何これ可愛い。
「#カナコ#とは初めましてだから、挨拶する…です。
え、と…アリエッタ、です。シオン様たちがお世話になってます」
「あ、はい。ご丁寧にどうも…えーと、アリエッタって呼んでも良い?」
「はい。アリエッタも…カナって呼んで良いですか?」
「うん、良いよ。宜しくね。
ところでココは?夢って言ってたけど…」
シオンを支えながらそう聞くと、アリエッタはさっと手を上げた。
背後の茂みが揺れ、二頭のライガが現れる。
「シオン様、座らせてあげて…」
アリエッタに言われ、私はシオンの手を引いてライガに腰掛けさせた。
大人しくしているライガ達の首にはジャック・オ・ランタンを模した鈴が付けられている。
もしかしなくともそれはハロウィンの仮装なのだろうか…?
続いて私も座るように言われ、アリエッタの先導で森の中を歩き始めた。
落ち着いて森の中を見てみれば、あちこちに蝋燭の入ったランタンが飾られているお陰でそこまで暗くない。
所々木から釣らされているカボチャの中にはお菓子が詰め込まれているし、木と木を繋ぐようにしてつるされたリボンには可愛らしい装飾が施されている。
何気に森の中はハロウィン仕様でできていた。
「アリエッタも…詳しくは知らない。
でも、世界を繋ぐ扉が開かれるのは一年に二回だけって言ってた」
「一年に、二回?」
「そう。夢を媒介にして世界を繋げる扉を開けばシオン様に会える、そう言われて、アリエッタは世界を作るお手伝い…した。
どうしても…シオン様に会いたかったから」
先導されながら語られる内容ははっきり言ってあまり理解できなかった。
しかしアリエッタはそれで説明を終了させてしまい、ちらちらとこちらを見る以外口を開かない。
そうしてライガに乗ってたどり着いたのは、少し開けたライガの巣だった。
「ママ!シオン様連れてきた、です」
アリエッタは広場の中心に居る一際大きなライガに近寄るとその身体に寄り添った。
小さなライガがアリエッタの足にすりより、私たちはどうして良いか解らないままライガから降りる。
どうやらあの大きなライガがアリエッタのママ、ライガ・クィーンらしい。
シオンも少し落ち着いてきたらしく、私に動かないように言ってからゆっくりとライガ・クィーンに歩み寄った。
そしてライガ・クィーンの前で優雅に膝を折った。
「アリエッタの母にしてライガの一族を率いる気高き女王よ、お初お目にかかります。シオンと申します」
喉を鳴らすライガ・クィーンに寄り添うアリエッタはそれを見た後、クィーンの通訳をするために唇を開いた。
「『我が娘が世話になっていたと聞いた。顔を上げよ、人間の群れの長よ』」
アリエッタの通訳を聞いてシオンはゆっくりと顔を上げる。
「『此度はひと時の夢、泡沫の祭り、刹那の逢瀬。今この時は遺恨を忘れ、語らうことを許そう』」
「ありがとうございます。ひいては貴方の寝床で過ごす許可を頂きたく」
「『許す。ただし森からは出るな』…ママ、ありがとう」
「畏まりました。ご温情、ありがとうございます」
立ち上がったシオンが手招きしたため、私は恐る恐るライガ・クィーンに近寄った。
極彩色でありながらふかふかしていそうな毛並みに目をとられつつ、小さく頭を下げる。
ライガ・クィーンは小さく喉を鳴らしただけで、そのまま寝る体勢に入ってしまった。
あれ?どうでも良いとか思われてないか、これ。
「ライガの女王の許可は取った、とりあえず身の安全は保障されたよ」
「そう、なの?良くわかんないけど…シオンが言うならそうなのか??」
「ママが許すって言ったから、大丈夫…それよりシオン様、こっち来てください。カナも」
私はおまけか。
突っ込みを飲み込み、アリエッタに呼ばれてライガ・クィーンの裏側に回る。
そこにはライオンの子供のようなサイズの、産まれ立てのライガの子供が居た。
「アリエッタの弟…シオン様にも、会って欲しくて」
そう言ってアリエッタは人形を置き、ライガの子供を抱き上げる。
みゃぁみゃぁと鳴く子供はまだ牙すら生え揃っていなかった。
離乳すら終えていないのだろう。
「クィーンの産んだ子供かい?」
「はい。タマゴから生まれたばかり、です」
シオンは掌を上に向けてライガの鼻先に近寄せる。
ライガはふんふんと臭いをかいだ後、べろんと指先を舐めた。
そのまま指先を伸ばし、喉を撫でてやれば気持ち良さそうに目をとろんとさせている。
いいな、私もやりたい。
「可愛いね」
「はい。自慢の弟です!」
思わずもらした本音に、アリエッタは花が綻ぶような笑顔を見せた。
こんな笑顔、ゲームの中では見ることなんてなかった。
シオンを見れば、懐かしそうに目を細めていて…シオンの中では当たり前の笑顔なのだと解る。
「会わせてくれてありがとう、アリエッタ」
シオンがライガを撫でながらそういえば、アリエッタはじっとシオンを見つめていた。
そして私にライガの子を渡し、もとい押し付けてくる。
な、なんやねん…!
困惑しながらも反射的に受け取ってしまったが、腕の中にすっぽりと収まったライガの子はふわふわのむにむにだった。
やばい、超可愛い…!
「シオン様…変わりました」
「そうかい?」
「はい。今…幸せですか?」
「そう、だね…」
言いよどんだシオンの視線が私に向けられる。
私はライガの子の肉球に夢中になっていたのだが、視線を向けられて首をかしげた。
緩みかけていた頬を咄嗟に引き締めたのは内緒である。
「幸せだよ。毎日が楽しい」
「そう、ですか」
「アリエッタは?」
「シオン様が幸せならアリエッタも幸せ、です」
ローズピンクの瞳に涙を溜めながら微笑むアリエッタ。
シオンはそんなアリエッタの頭をそっと撫で、アリエッタもシオンに思い切り抱きつく。
……もしかして私お邪魔虫?
「シオン様…アリエッタのシオン様…っ」
鼻を啜るような音が聞こえた。
やっぱり私はお邪魔だろうと席を立とうとすれば、クィーンに服の端を噛まれて引っ張られる。
来いってことか?と思って素直に従えば、クィーンのお腹を背もたれにして座るよう促された。
おぉう、何気に特等席。
「君のお姉ちゃんは…本当にシオンが大好きなんだね」
腕の中に収まっている子ライガに話しかけながら喉を撫でてやれば、ごろごろと喉を鳴らされた。猫か。
心の中で突っ込みつつ、子ライガと戯れながらシオンたちが落ち着くのを待つ。
それから少し経ってから、人形を抱えたシオンとアリエッタが姿を現した。
アリエッタは瞳は少し赤みを差していたが、その表情は明るい。
「もう寝る時間、です」
「だってさ」
そう言ってシオンは私と少し距離を取った位置に座った。
この距離感は何だと聞く前に、シオンがアリエッタの手を取りその空いたスペースに座らせる。
私とシオンでアリエッタを挟む形になり、隣にアリエッタの体温を感じた。
「カナ…シオン様を宜しくお願いします、です」
「へ?あ、うん。よろしくお願いされます?」
アリエッタに頭を下げられ、私も反射的に頭を下げていた。
そして段々と瞼が重くなり、クィーンの温もりを感じながらまどろみに飲み込まれる。
「カナは優しいって、解ったから…今度はもっといっぱいお話したい」
「ぅ、ん…いいよ…」
瞼を擦りながらアリエッタの言葉に頷けば、アリエッタは頬を緩ませて笑っていた。
その笑顔に釣られて笑いそうになるものの、意識はどんどん遠ざかっていて…。
「おやすみなさい、カナ、シオン様…どうか、良い眠りを」
最後にアリエッタの声を聞き、私の意識は闇の中へと沈んでいった。
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