シンクルート
「っ……く………ふ、ぅ」
「…………笑いたいなら笑えばいいだろ」
「ぷ、あっははははははははっ!!」
「笑いすぎだよ!!」
シンクを捕まえた私は耳と尻尾の生えたその姿に必死に笑えていたものの、シンクにやけくそ気味に言われて思い切り声を出して笑った。
が、逆にそれが神経を逆なでしてしまったらしく、シンクは顔を真っ赤にして怒っている。
怒っていると解ってはいるが、笑いが止まらない。
シンクは白いシャツの上に、黒地に白のストライプの入ったベストを着ている。
銀釦は精緻な細工が施され、ベストと同色のスラックスは動きやすいようにロールアップされ、丈の短いブーツを履いていた。
ピンと立ったも少し丸まった尻尾もどう見ても犬のものなのだが、どうやら狼男の仮装らしい。
腹を抱えて散々笑っている間にどうやら霧が晴れてきたらしく、機嫌が最悪なシンクと共に周囲を見渡す。
するとそこはどこかの屋敷のようだった。
床に敷かれている赤い絨毯はふかふかだし、壁もしみ一つない綺麗なもので相当なお屋敷だというのは素人目でも一目で解った。
しかし飾られている鎧達はオレンジと白のストライプのリボンが結わえられ、花瓶にはカラフルな包み紙に包まれたお菓子が大量に入っている。
夜景を覗かせる窓枠には蝙蝠や三角帽を被ったデフォルメされたお化けなどの飾りがごてごてと付けられていて、普段なら厳格な雰囲気を醸し出しているであろうお屋敷もこれでは台無しである。
「……音素がある」
「え?」
「だから、音素があるんだよ。ここは…オールドラント?」
シンクが眉間に皺を寄せながら、私の腕を掴んで背中へと隠す。
そして腰を落として一点をにらみつけた。
私が何事かと視線の先を見れば、そこにはハロウィン仕様のリースの飾られた観音開きの扉。
「出てきなよ…居るのは解ってるんだ」
どうやら扉の向こうに誰か居るらしく、私は庇われているらしい。
ようやく気付いた事実に扉を凝視すれば、ガチャリとドアノブが動き扉の向こうから赤い髪の男性が現れた。
「……レプリカ?」
「そりゃお前もだろ」
現れたのはゲームと同じように腹出しの衣装に包んだ髪の長いルークだった。
頭をばりばりとかきながらこちらへ歩み寄ってくる。
「久しぶりだな、シンク。死んで以来か?」
「もっとマシな挨拶無いわけ?」
「ははっ、違いねぇ! 来いよ、危険はねぇ、オレんちだからな」
「ここ…ファブレ邸なの?」
私が聞けば、ルークは背中を見せながらあっさり答えた。
「そ。アンタが#カナコ#か、イオン元気か?」
「へ?え、うん。相変わらずのほえほえしてるというか、イオン節炸裂中というか…」
「はは、変わらないみたいだな」
そう言って笑いながら私たちを呼ぶルーク。
シンクは少し迷った後、警戒を滲ませながらも私の手を取ってルークの後に続いた。
「そう警戒すんなよ」
「するに決まってるだろ。あんたとは敵同士だったんだ」
「ここじゃ関係ねぇよ。夢ん中でまで闘う必要ねぇだろ?」
「……ここが、夢の中?」
「そうだ。見えない扉が開く僅かな時間だけ見ることができる夢さ」
そう言ってルークが案内してくれたのは食堂らしき場所だった。
テーブルクロスのひかれた大きな机の上にはジャック・オ・ランタンの灯りに照らされ、様々な食事がおかれている。
まるでつい先程作り上げられたかのようにどの料理にも湯気が立っていた。
ルークに促されて席に着いたものの、シンクは未だにルークを睨んでいる。
「これが夢だって?」
「そうだつってんだろ。疑り深いな、シンクは」
「当たり前だろ!いきなり夢だなんていわれて信じると思ってんの?証拠でもあるわけ?」
「……シンクの格好とか?」
そう言ってルークはシンクの頭についた犬耳を見る。私も釣られて視線を移す。
ぴくぴくと動く耳は作り物には見えず、私は思わず納得してしまった。
「確かに、夢じゃなきゃこれは無理よね」
そう言って耳を軽く引っ張ってみれば、シンクは大きく身体を跳ねさせて私の手を払いのけた。
どうやら感覚もあるらしい。顔が赤い理由は聞かないほうが良いだろう。
「まぁ楽しめよ。どうせ夢だし、飯もうまいぞ」
そう言ってルークはナイフとフォークを取る。
本人としてはそんなつもりは無いのだろうが、その所作は一般人の私から見ればとても優雅だ。
私がその所作に見とれていると、その視線に気付いたらしいルークとばっちり視線があった。
シンクたちとは違う、翡翠のような深い緑色の瞳は気だるげではあるものの、決してくすんではいない。
「ん?マナーとかは気にしなくて良いぞ?オレも適当だしな」
「充分洗練されてるけど…まぁいいや、こんなご馳走中々ありつけないし、食べようよシンク」
「……良いけどさ」
私の反応に呆れたようにため息をつくシンクに笑みを零してから、私は手近にあったパンプキンパイへと手を伸ばした。
どうせ夢だしという開放感とマナーは気にしなくていいという言葉に甘えて、眉を顰めながらカップを傾けていたシンクの分も小皿に取り分ける。
「ほら、おいしそうだよ」
「これは…かぼちゃジュース?まともな飲み物無いわけ?」
「ん?ワインのが良いか?」
「僕未成年なんだけど」
「オレも未成年だけど、貴族のたしなみって事で普通に飲んでるぜ?シンクも飲めるって」
「いらないよ。大体お酒なんてまずいだけじゃないか」
「お子様味覚だなー…まぁ生まれて2年じゃしゃあねぇか」
「アンタだって生まれて7年だろ!?」
「オレはシンクよりは5年先に生まれてるからなー」
きゃんきゃんきゃんきゃん。
子犬が吼えるようにシンクがルークに食って掛かるものの、ルークはからからと笑いながらそれを受け流している。
私は口を挟むことなくそれを見ていたのだが、何だか違和感を感じた。
なんだろう、と考えてみてすぐ思い当たる。
ルークの対応がとても大人なのだ。
ゲームの中ではもっと幼い印象を受けたのだが…そう、短髪ルークの後に再度髪を伸ばして貴族然とすれば、こんな感じになるのだろうか。
何故かあったカクテルに口をつけながら、ルークに突っかかるシンクをどうどうと押さえた。
このまま見ていても面白いのだが、流石に食事中に喧嘩になるのはごめんである。
怒りゆえかはたまた興奮した成果、ぶわっと広がってピンと立っているシンクの尻尾を見て噴出さなかった私は偉い。頑張った。
「シンクって案外からかいがいあるのな」
「喧嘩売ってる?」
「まさか。夢ン中でまで闘う気はねぇって」
「シンクが短気なんだよ、落ち着けシンク。どうどう」
「カナ…起きたら覚えてなよ?」
宥めたら思い切り睨まれた、何故だ。
しかも起きた後私は怒られるらしい、ちょっと理不尽を感じた。
私が憮然と何故?となっていると、そんな私の心境を感じ取ったらしいシンクが大きなため息をついた後思い切りカップの中身を煽る。
……おぅふ。
「シンク、それ私のお酒…」
「ぶふっ!」
「うをっ!?きったね!」
「ふ、布巾ー!!」
手近にあったナプキンを使って慌ててシンクの噴出したカクテルを拭う。
白いテーブルクロスに赤いしみができてしまい、ぬぐっては見たもののしみは消えそうに無かった。
……夢でよかった!弁償とか言わないよな!?
「紛らわしいとこおかないでよね!?」
「シンクが確認もせずに口つけたからでしょーが!」
今度は私とシンクの言い合いになり、ルークはけらけら笑いながらそれを見ていた。
その手には蝙蝠の掘り込まれた磨りグラスがあって、中身は赤ワインで満ちている。
「あーもう!ほら、顔赤くなってるじゃない!お水飲んで!」
「一口くらいで酔ったりするわけないだろ!?」
「一口で酔う奴もいるぞー」
「アンタは黙ってろ!」
私の手からコップをもぎ取り、ルークに怒鳴ってから思い切り水を煽るシンク。
一気に飲み干したはいいものの、やはりその顔は赤く耳はへたれている。
「何か体が熱いんだけど…」
「アルコールが身体に回ってきたのかもな。寝るなら客間に案内するぜ」
そう言って赤ワインを煽るルークは酔っ払った様子など微塵も無い。
私はパンプキンクッキーを齧っていたのだが、そうすると言って立ち上がったシンクに追従するために慌ててカクテルでクッキーを流し込んだ。
が、椅子から立ち上がったシンクがふらついたため、隣に居た私がそれを受け止めることになる。
「ぅー…」
「足に来てるみたいね…こりゃ運ばないとダメかなぁ?」
「シンクがココまで酒に弱かったとは…ちっと予想外だったなー」
そりゃ私もだ。
少し驚いたような顔をするルークを横目にシンクを背負おうとすれば、慌ててルークに止められた。
何故?
「おいおい待てって!女なんだから無理すんな!」
「大丈夫大丈夫、無理はしてないから」
「そうじゃなくてだな、力仕事は男に任せろって!ほら、シンク貸せ」
慌てふためくルークにシンクを奪い取られ、結局そのままルークがシンクを背負うことになった。
シンクが多少の抵抗を見せたものの、体がだるいのか熱いのか成すがままである。
いくらなんでも弱すぎじゃないかこれは。
「ありがと、優しいね」
「ばっ、別にそんなんじゃぬぇーし!オレのが力があるってだけだ!」
「そうだね、ルーク力持ちだね」
「ったりめーだろ!鍛えてんだからな!」
客間に向かう間、ルークの赤くなった頬を見て笑いを零しながらそんな会話をした。
ココらへんは原作と変わらない。素直になれない、不器用な優しさ。
「ほら、ココだよ」
「ありがとう」
案内された客間も、ランタンのあかりでほのかに照らされて幻想的な雰囲気が作り上げられていた。
ベッドにシンクを降ろしたルークが、私も無理矢理ベッドに座らせる。
「時間も近いから後は寝るだけだ。ほら、寝とけ」
「どういうこと?」
「そのまんまだよ。扉が閉まる前にってことさ」
ルークの言っている意味が解らず、再度問いかけようとした時に抗いがたい眠気が襲い掛かってきた。
ティアのナイトメアにかけられれば、こんな感じなんだろうか。
上半身を支えきれなくなり、私はシンクの横にぱたりと寝転ぶ。
柔らかく上質なシーツの感触にすぐに眠りに落ちてしまいそうだった。
「シンク達も幸せそうだし…#カナコ#、これからもイオンたちを宜しくな。アンタに会えて良かった」
遠ざかる意識の中でルークの声がした。
重い指先を動かして、何とか隣にシンクが居ることを確認する。
閉じた瞼の向こうでまたな、って手を降られた気がしたけれど、私の意識は深い深い眠りに落ちて行った為、確かめる術は無かった。
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