シェリダン-再確認編-(024)
「勝手な事言ってんじゃないよ!」
即座に近寄り、闇色の扉に入ろうとしていたカナの手を取り無理矢理引き寄せる。
そうでないと勝手に行ってしまいそうだったから。
カナは僕が近寄った事で杖を振るおうとしていたけれど、そもそも術を発動する前に近寄ってしまえばこっちのものだ。
事実広場と言えど荒野のようにだだっ広い訳でもないため、音素を取り込んで肉体強化した身体なら瞬時に近寄れた。
空をきり損ねた長杖は軽い音を立てて地面に落ちたが、気にすることなくカナの両手首を掴み無理矢理視線を合わせる。
「何馬鹿なこと言ってんの?大体魔力の暴走なんて早々起きるもんじゃないだろ。
むしろ逆だよね。僕が居なかったから起きたんじゃないの」
僕の言葉にカナの体がぴくりと跳ねた。
視線を逸らしさ迷わせる様が気に入らなくて、手首をひとまとめにして掴みあげ、空いた片手で仮面を取って捨ててからカナの後頭部に添えて無理矢理上を向かせる。
身長差だってあるし、今は身体を密着させてるからこれくらいしないと視線が絡まないのだ。
「というかさァ、何一人で決めてんの?僕を手駒にするんじゃなくて、お互い対等な仲間だって言ってたのはどこの誰さ。自分が言ってたこと翻す気?」
「そ、れは……だって」
「出来の悪い言い訳なんて聞きたかないんだよ。勝手に決めるな、僕の意見を無視するな、僕は君に負けるほど弱くない!」
「さ、さっき吹っ飛ばされてたじゃん!」
「今はこうして君が押さえつけられてるけどね!
大体術師なんて譜術師だろうと魔術師だろうと術を発動させる前に押さえつけちゃえば後はやられたい放題だろ。そんなのここに誘拐された君が一番よく解ってるんじゃないの」
「それは、そうだけど……でも!シンクは魔力の暴走を見てないから言えるんだよ!」
「馬鹿?さっきも言ったよね、その暴走は僕が居ないから起きたんだろ?
だったらこれまで以上に側に居る。君を一人になんかしない。
だから勝手にサヨナラなんて言うんじゃない」
僕の言葉にカナは口を開こうとしてやめて、次に瞳を潤ませて僅かに頬を赤くしていた。
下を向こうとしたようだけれどそれを許さず、やっぱり無理矢理視線を合わせる。
カナは顔の向きを変えるのは諦めたがやはり視線だけはさ迷わせていて、それがムカついたから顔を近づけて嫌でも視界に僕が入るようにしてやる。
「シ、ンク……顔、近い」
「君が僕を見ようとしないのが悪い」
「その……手、離して」
「離したら逃げるだろ」
「逃げない。ここに居るから。
勘違いしちゃいそうだから……お願いだから、離れて」
勘違いとは一体何を何に勘違いするというのだろうか。
カナの背後にあった扉と床に転がっていた長杖が消失したのを見て、とりあえず嘘ではないと判断して拘束を解く。
カナは挙動不審な態度を取ったかと思うと僕から一歩は離れたため、やっぱり逃げる気かと壁際に追い詰める。
「ちょっと、何で距離取るわけ?」
「いや、だって……ねぇ?」
「意味わかんないよ。ちゃんと相手にわかるように話してくれる?」
「その、シンクは……何で私の側に居てくれるって、言ったの?」
「そんなの君が勝手に一人で決めるのがムカついたからに決まってるじゃん。
僕の意見も無視して独りになろうとしてさ、ホント馬鹿じゃないの?」
僕がそう言えばカナは目をぱちくりさせた後、一つ大きなため息をついた。
そんな反応をされる意味が解らずに顔を覗き込めば、今度は苦笑が帰って来る。
「うん、まぁそうだよね、シンクだし。そういう理由だよね」
「ちょっと、何その反応」
「別に?」
「ねぇ、やっぱムカつくんだけど叩いていい?」
「ドメスティックバイオレンス反対!」
やっといつもの調子が戻ってきたらしいカナに満足して、僕は顔を離す。
カナの顔はまだ少し赤かったがさっきの挙動不審さももう無さそうだった。
「僕は君の隣に居る言った。君だって僕の側に居るって言ったんだ。
嘘ついたら許さないから」
「……うん」
念を押すようにそう言えば、カナは嬉しそうに笑う。
そして僕にしがみ付いてきたかと思うと、何故かほお擦りまでしてきた。
カナにしては珍しい、子供みたいな反応だ。
「……ごめんね。独りで決めちゃって。私はもう一人じゃないのに、その本質がわかってなかったみたい。
次からはちゃんとシンクにも言うからね」
「当たり前だろ。僕達は仲間なんだって君が言ったんだからね」
「うん。本当にごめんなさい。化け物、なんて呼ばれてちょっと傷ついてたのかも」
「例え君が化け物だろうと同志なのは変わらないし、カナが仲間なのも変わんないだろ」
「……うん、うん。ありがと」
「解ったらもう帰るよ。町の人たちも心配してたからね」
「うん」
カナが頬擦りをしている部分の服が湿っていって頷く声が震えていたから、僕は帰るよといいつつも好きなだけそうさせておいた。
それから10分位して顔を上げ、離れたカナを見て落ち着いたようだと判断する。
今度は目元が赤くなっていたが、念のためカナの手を取り引っ張って歩き出す。
気恥ずかしさからからちょっと抵抗があったものの、カナはすぐに僕の隣へとやってきた。
そして何が楽しいのか、えへへ、と笑った後、途中僕の放り出した仮面を拾いながら洞窟の外へとゆっくりと歩き出す。
念のためホーリィボトルを使い、町に帰るまでの間カナから誘拐犯たちの正体を知らされた。
あの小屋に住んでいた頃にやってきた誘拐犯たちの仲間だと聞いて、縁とはどこで通じているか解らないものだと感心したものだ。
そうして帰還した僕達だったが、案の定心配してくれていたらしい町人達に囲まれた。
カナが心配されていたのは勿論だったが、僕も結構に心配されて居たらしい。
その反動なのかわからないが、多分宿屋の女将さんにゆっくり休ませてやらないかと怒られなければ、町人達はそのまま僕達を酒場に連れて行っただろうと想像できるくらい喜んでくれた。
貸してもらった離れに帰り、簡単に食事をとってそのまま休もうという雰囲気になる。
だから僕もシャワーを浴びてから部屋着に着替えてベッドの上で本を読んでいたのだが、カナがベッドにダイブしてきたことで読書が中断され、本をテーブルの上に放り出した事であのタロットカードが目に入った。
思い出したのは以前カナがやってくれた占いだ。
目先のものに囚われず、自分の勘を信じろ。
あるのは喪失。守らなければならなかったのは……心。
もし、もしもの話だ。たらればの話なんて好きじゃないが、もしあの時扉の向こうに行ってしまうカナを引き止められなかったら、僕はカナの心を失っていたんだろうか。
例え今まで通り旅を続けられたとしても、今日みたいにカナが僕に弱音を吐くことはなくなっていたかもしれない。
そう考えると、魔力とか誘拐犯とかそういうことを抜きにして、今日は結構危うい橋を渡っていたんだなと思う。
勿論カナの弱音なんて聞かずとも旅は続けられるし、僕等が仲間なのは変わらない。
けどこれはとても大きな違いなんじゃないだろうか。
「シーンク」
「なに?何でもいいけど寝るならさっさと布団入ってくれない?」
「あ、はい」
カナがもそもそと布団に入ったのを確認してから、僕も軽く布団を羽織る。
戦闘があった訳ではないし、洞窟までの距離もそこまで長かったわけではないが何だかんだ言いつつ疲れたなぁと思うと途端に眠気が襲ってきた。
多分、隣にカナが居るからだろう。
「ねぇシンク」
「なにさ」
「今日ね、私解っちゃった」
「なにが?」
「内緒」
「相手にわかるように話してって何回言ったら解るのさ」
布団の中逃げ出そうとするカナを抱き寄せ、湯たんぽ代わりに思い切り抱きしめる。
いつもよりカナの鼓動が速く感じるのは気のせいだろうか。
そう思いつつも強くなってくる眠気に抗えずに瞼がどんどん落ちていく。
「ありがとね……シンク、大好き」
カナが腕の中でもぞもぞと動いたかと思うと、そっと、頬に柔らかいものが触れた。
それが何かは解らなかったし、カナの言葉も殆ど夢心地で聞いていたが悪い気はしなかったからそのまま瞳を閉じる。
この時僕は喪失どころかカナの心を手に入れたに等しいってとこまでいっていたわけだが、カナの言葉の真意に気付くどころか眠気に負けた僕はそれに気付くことなく。
ただ、産まれて初めて言われた大好きという言葉に、僕は幸せな夢へとゆっくりと落ちていった。
fin...?
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