シェリダン-再確認編-(023)
『ごちそうさま』
聞きなれない響きが耳に届き、同時に地面を覆っていた闇がしゅるしゅるとしぼんでいく。
それが魔術を解くための言葉だと気付く頃には、洞窟内にはむき出しの地面が露わになっていた。
周囲を見渡して誘拐犯たちらしき集団が居ないことを確認し、更に人の気配が無いことを入念に探りながらカナへと駆け寄る。
先程までの恐怖心が薄れたわけではないが、カナが僕を傷つけることはないという確信があったからこそ僕は動くことができた。
事実、あの闇はあれほど恐ろしかったにも関わらず僕に攻撃をしかけるそぶりはなかったし。
「カナ?」
「シンク……助けに来てくれたの?」
「当たり前だろ。誘拐じゃないかって宿屋は大騒ぎだったよ」
「……うん」
「……カナ?」
おかしい。先程とは違う直感がそう告げて、カナの手を取ろうと手を伸ばす。
けど杖を持った手で振り払われて、思いがけない拒絶に僕は一瞬動きを止めてしまった。
カナがしまった、っていう顔をしていたのも見えた。けどカナは謝ることは無かった。
それどころか俯いてきゅっと唇を噛み締めている。それはあまり見たことの無い表情だ。
「……ちょっと、どうしたっていうのさ」
いつものあの鬱陶しいくらいの人懐こさとか、元気さはどこに行ったのか。
もう一度手を伸ばす。
けど今度は一歩距離を取られてしまって、完全にカナから拒絶されているのが解った。
拒絶は嫌いだ。昔廃棄された時のことを嫌でも思い出してしまうから。
けどそんな事を言っている場合でもなくて、今にも泣き出しそうな、恐慌状態に陥りそうな顔をしているカナの方が気になって仕方ない。
いつもなら拒絶されたことにふてくされた僕にカナが言葉を重ねているところだろうにと、変なことに苛立ちが湧いた。
カナは馬鹿だけど、馬鹿なだけじゃない。
僕とは違ってそれなりの年数を生きていて、その見た目に反して結構にしっかりしている。
それはカナが普通の生活を送らずに、それなりに大変な生き方をしてきたからだ。
だから精神面なんかは僕よりもずっと余裕があって、何だかんだ言いつつ最後には僕を引っ張ってくれていた。
出会ってすぐ、育児放棄した親への向き合い方について語った時も、あの巨大な守護獣達と出会った時も。
でも今はどうだ。
今にも崩れ落ちてしまいそうなほど、カナの精神が脆くなっているのが解る。
「……ごめん」
「何が?」
「一緒に、居ないほうが良いよね」
「はァ?急に何言ってるのさ」
「だって、私……おかしいでしょ」
「何を今更。君がおかしいのなんて……今に始まったことじゃないだろ?」
長杖を強く握り締め、歯を噛み締めている姿を見て近寄らないほうが良さそうだと判断する。
下手に刺激をしたら何をしでかすか解らない。
だって僕はカナがこんなに弱ってる姿なんて見たことが無いのだ。
だからどうしたら良いかなんて、どんな言葉をかけたら良いのかなんて、わかるはずもない。
「ねぇ、本当にどうしたのさ」
「……私、駄目だよ。シンクと一緒に居られない」
「意味わかんないんだけど。何でそんな結論になったか説明してくれる?」
「だって……私、シンクを殺したくない」
「は?君に殺されるほど落ちぶれちゃいな……っ!」
僕が言い切る前に、カナが長杖を横に一閃する。
たったそれだけのに、前方からまるで大砲でも撃たれたかのような強い衝撃。
必然的に僕は吹っ飛んで背後にあった壁に叩きつけられることになる。
「……ほら、やっぱり。私より弱い」
「魔術は……反則だろ」
詠唱も無く、杖を振るっただけというのも見て、ある程度手加減はしてくれたのだろうというのは言われなくとも解った。
叩きつけられた事で少し咽込みそうになったものの、骨に異常がでるほどでも無かったし。
この程度ならばグミを食べるまでも無い。
だが怪我の具合よりも、僕はカナが僕に危害を加えようとしたことに動揺を覚え、壁に手をつきながら立ち上がる。
「ねぇ、一体……何があったのさ」
「……ここにね、居たの。12人くらいだったかな。信じられる?痕跡も一つも残ってないのに、ここには確かに人間だったものが存在したの」
僕の質問に少しだけ間を置いてから、緩く手を広げてカナは言う。
その顔は泣きそうにも見えたし、どこか穏やかな印象も受けた。
そしてカナが言わんとしていることを察し、舌打ちをしそうになる。
つまりカナはここに居た12人足らずの誘拐犯たちを殺して、消したのだ。
「犯罪者の集団だろ。いちいち気にかけることじゃない。むしろ賞金がかかってたんじゃない?」
「そうだね。でも問題はそこじゃない。私だってそんな犯罪者集団が死んだからって悲しんだり後悔したりするような心なんて持ってないから。
ぐちゃぐちゃで汚かったから後片付けをしちゃったんだけど、私がその人達を肉の破片にしちゃったって言うのが問題なの」
一瞬、後半が何を言っているか解らなかった。
そして後片付けと言われて浮かんだのはあの地面を覆っていた暗い暗い闇達だ。
つまりアレはカナ曰く、片付けのための魔術だったのだろう。
「咄嗟にそういう魔術を使っちゃったとか、そういうことが言いたいわけ?」
「ううん。私ね、犯されそうになったの」
アッサリと言われた言葉に僕は今度こそ固まった。
しかし一方でおかしなことじゃないと、どこか冷静な自分が判断してる。
事実、騎士団に居た時も似たような事例はままあった。
それが誘拐犯じゃなく盗賊団だったり、テロ組織だったりと形は違ったが、誘拐された女性というのはほぼ例外なく危害を加えられている。
それが性的なものか暴力的なものかは毎回違うが、死ななければ良いという思考回路の馬鹿共は皆揃って同じ行動に走るのだ。
それは頭では理解していた。事実過去危害を加えられ茫然自失状態になっているのだって見てきた。
それでもカナがその対象になるだなんて考えたくなかった。
「勿論抵抗したよ。殴られたけど」
そう言ってカナがお腹に手を添える。
顔ではなく腹を殴られたのだとそれだけで解った。
「でも、敵わなかった。気絶してたせいか頭はくらくらしてたし、うまく手足に力が入らなかったし。地面に押し倒されて、圧し掛かられた時、気持ち悪くて吐きそうになった」
嫌悪感からか、虚空を睨みつけながら吐き捨てるように告げられる言葉。
現実感が無くて、カナがそういうことをされたって言うことを信じたくなくて、なんでとかどうしてとか、そんな言葉ばかりが頭の中でぐるぐると回ってる。
組み敷かれているカナを想像しそうになって、慌てて首を振ってその想像を追い払った。
話を聞きながら壁に手をついたままその場から動き出せない僕を見て、カナは薄く笑う。
「そしたらね、魔力が暴走したの」
「……暴走?」
「そう。まさに魔力の嵐!この広場いっぱいに魔力が渦巻いて……凄かった。
だって次々にあいつ等が肉片に変わってくんだから」
ようやく話が繋がる。
つまり誘拐犯たちはカナの暴走の果てに死を迎えたというのか。
そしてカナ曰く、その暴走が問題だという。
「シンクはずっと私の側に居てくれた。当たり前だよね、たった一人の仲間なんだから。
けどもし、シンクが側に居る時に今回みたいなことがあったら?
今回はシンクと引き剥がされてたからまだ良かったけど、それが無いなんて断言できないでしょ?
私だって、シンクだけを避けて魔力を暴走させるなんて器用な真似はできない。
だから、さっき言ったの。
私シンクを殺したくない、って」
一歩、また一歩とカナが背後に下がる。
『闇色の扉よ』
小さく呟く声が聞こえたかと思うと、何度か見たことがある闇がぽっかりと口を空ける。
扉を開いて、どこか遠くに行くつもりだと悟るのに数秒かかった。
「シンクが大切、怪我だってして欲しくない。だから、一緒に居られない。
さよならしよう。今までありがとう。シンクが居たから、私凄く安心できた。
大丈夫、オールドラントのことは大体覚えたし、預言は絶対覆すから」
後ずさるようにして扉へと向かうカナが笑いながら言う。
今ここでカナと離れたらもう後戻りできなくなると、例え修復できたとしても決定的な何かが違ってしまうと僕の第六感が告げていた。
だからそんなに望んじゃいないなんて叫ぶよりも先に、僕は痛みも忘れて咄嗟に走り出していた。
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