逆行させられました。(005)


※シンク視点

食事を終えた後、汚れた鍋やら皿を洗ってからカナは本に没頭し始めてしまったため、僕は放置される形になった。
一体何をしろというのか。
暇を持て余すなんて今までの短い人生の中では無かったから、何をして良いのか解らなくなる。
ちょっかいかけてやろうかとも思ったけど、これからのことを考えるにはちょうどいいかと思い直して止める。

これからのこと。
ベッドに腰掛けて考える。
カナはきっとこれから、世界を変えるために動き出すんだろう。

その間に、僕は何をしよう?
いっそこのまま首を掻っ切って死んでしまうという選択肢も浮かんだけれど、それもそれでムカつくしきっとカナに止められる。

旅をして、自分の存在理由を探してみようか。
それともまたダアトにでも行ってみるか。
あそこは確かに住み慣れてはいたけれど、でも好きか嫌いかと問われれば嫌いなのでやっぱり却下だ。
預言に支配された町には嫌悪しかない。

そこでふと、気付いた。
カナは"今がいつなのか確認して"、と言っていた。
てっきり僕は死んだ後の世界なんだから、エルドラントでのことが終わった後の世界何だと考えていたけれど、それじゃあローレライの我侭はきっと叶えられない。
だって多分ローレライの愛し子ってのはあの燃えカスのことだから。

もし。
もしも、此処が過去ならば。

もう一度ヴァンに手を貸してみるのも、いいかもしれない。
未来を知っている僕が手を貸せば、ヴァンの計画を今度こそ実行できる。

預言の無い世界。
オリジナルの居ない世界。
レプリカ大地計画。

思い描いた事実に、口角が上がる。
僕はきっと今、笑ってる。
物凄く嫌な笑みで。

「何ニヤついてんの」

あぁ、やっぱり笑っていたらしい。
いつの間にか本から顔を上げたらしいカナが此方を見ていた。
なので確認してみる。

「今がいつなのか確認してって言ってたけどさ、カナは今が"いつ"だと思ってるわけ?」

「んー…シンクが生まれる前?」

「何で?」

「でなきゃ変える意味無いじゃん。ローレライならそれくらいできそうだし」

カナも同意見。
ほら、可能性が高くなってきた。
面白半分、興味半分で今思い描いたことを口にしてみる。

「ねぇ、僕が今からダアトに行って、ヴァンに加担するって言ったら、どうする?」

挑発するような声音に、見開かれる目。
視線が反らされ、少し考え込むように視線を右下へと下ろすカナ。

怒る?泣く?それともあっけらかんと言う?
さっき世界に復讐しても良いって言ったんだから、止めたりなんかしないよね。
笑みを浮かべたまま答えを待っていると、カナは頭をがりがりとかき始めた。

「ごめん、想像つかないわ」

「……は?」

難しい顔をして言われたのは、思っても見なかった台詞。
想像つかないってどういうことさ。
僕がそんなことするなんて思ってもみなかったってこと?

僕の表情も一転して、きっと今は眉間に皺が寄っている。
カナは本を開いた状態で置くと腕を組んで考え込み始める。
考えをわざわざ口にし始めるのは、きっと僕に説明するため。
ほんと、変なとこで律儀だよね。

「だってさ、シンクって預言嫌いなんでしょ?むしろ預言憎し!って感じでしょ?」

「まぁ、そうだね」

そこは否定しない。
今でも預言は嫌いだから。

「それなのになんでわざわざダアトに行くの?蜂の巣に飛び込んでくようなもんじゃん」

「その例えは意味が解らないけど、まぁ言いたいことは解るよ」

それでも目的のためなら、って思わないんだろうか。
やっぱ馬鹿なのか。
そう納得しかけると、どうやらカナの考えは終わっていなかったらしい。

「大体あのレプリカ大地計画だっけ?アレも成功に漕ぎ付けることはできても、うまく行くとは思えないんだよね」

「……なんで?」

予想外の台詞に、素直に疑問が口を出る。
完璧、とは行かないけれどヴァンの計画は慎重に進められていたはずだ。

「んー、レプリカって刷り込みである程度のことができる、これは合ってるよね?
その代わり自我が薄い。違ったっけ?」

「合ってるよ。それが?」

「シンク、あんた今みたいに自我を持つのにどれだけかかった?」

「…話そらそうとしてない?」

「してない」

「大体、半年くらい」

だよねぇ、とカナは納得した。
だから何なのさ。

「で、レプリカ大地に住むレプリカ達は誰からその自我を与えられるの?
ヴァン? それともシンク? 明らかに足りないよね、全人類分の教育するのにどれだけ時間がかかる?」

「……ある程度刷り込みをしておけば、生活なんてできるよ」

「その状態でどうやって子孫繁栄すんの?」

「そりゃ、普通に性交するんじゃない?」

「刷り込みだけでそれができると思う?人間が何で恋愛するか知ってる?
あれはね、この人との子供を残したいって言う本能が働くからなんだと私は思ってる。
レプリカにそれがすぐにできると思う?」

カナの言葉に、僕は何も答えることができなかった。
できるかできないかと聞かれれば、きっと多分、できる。
ただし、とても長い時間をかけてから。

すぐになんて無理だ。
それこそ5,6年はかかるだろう。
それも教育をすれば、っていう前提があればの話だけれど。

「それにさ、こう言っちゃ悪いんだけどレプリカって妊娠成功率高そうに見えないんだよね」

「……どういう意味?」

「オリジナルよりも劣化が見られるのがレプリカの特徴でしょ。内蔵機能、筋肉、体力、色素エトセトラ。

生殖能力なんてその代表だと思うし、そもそも妊娠って卵子と精子が正常且つそれなりの元気がなきゃできないんだよ?

その上子育て。子供が子供を育てるようなもんじゃん。
うまく行く確立なんて限りなく低い」

その先に待ってるのは人類滅亡だと、カナは言う。
口に出さなくたって、言いたいことくらい解る。
それでもヴァンならそれくらい考えてるんじゃないかって思ったけど、それもカナに裏切られた。

「もしかしたらヴァンがその対策をしている、って言うのも考えた。
レプリカを誰が導いていくのか、食料はどうするのか、とかさ。

けどそこまで考えてるようには思えなかった」

「……なんで?」

「本当にレプリカの未来を考えてるなら、シンクやルークたちに対する態度がおかしい。
どう考えても、未来を託そうとしてるように見えない。
計画が成功したらレプリカたちを率いてくれるのはシンクやイオンやルークって言う、ある程度経験を積んだレプリカでしょ?

言いたかないけどさ、大事にされてるようには見えなかったよ。
レプリカたちに変えたら後は知らない、そんな態度に私には見えた。
それほど知ってるわけじゃないけどね」

…………否定の言葉は、出てこなかった。
言われたとおり、ヴァンはレプリカを道具としか見てなかった。
世界を変えるための道具。
きっとカナの言うとおり先なんて、考えてなかったんだろう。

「ヴァンは預言を憎んで、預言に依存し切った世界を変えるには劇薬が必要だって、レプリカ大地計画を立てたんだよね?
でもさ、それって"預言という毒薬に浸りきって考える力を無くしたオリジナル"を、"刷り込みによって生まれ自我を持たないレプリカ"に摩り替えるのと一緒だよね。

いや、レプリカのが被害者って意味では性質が悪いかな。
だってオリジナルたちは自分から望んで毒を飲んできたんだから自分で責任を取るしかないけど、レプリカたちは一から百までヴァンに強制されてるんだから」

結局預言とヴァンは、根本は一緒なんだよ。
そう締めくくってカナは大きく息を吐く。

多分、カナも予想がついてるんだろう。
計画が成功した後のことなんて、僕ですら考えてなかったことを。
僕だって計画を成功させることしか考えてなくて、その先なんて想像すらしてなかった。
無言になってしまった僕を見て、カナは立ち上がり此方に歩み寄ってくる。
僕の隣に座って、僕を見る。

「その上で聞くよ」

「……何?」

「シンクはさ、そんな世界が、見たい?
うつろな目をしたレプリカたちが溢れて、自分と数名くらいしか自我を持つ人間は居なくて、そんな預言の無い世界、見たい?導きたいと思う?」

そう聞かれて、想像する。
アレだけ焦がれて、望んだ預言が無い世界。
空ろな目をした知った顔のレプリカ達が溢れる大地。
皆が皆、刷り込まれた日常を繰り返す。
同じレプリカなのに、きっと自我を持った僕だけが異端とされるような世界。

想像して、背中に悪寒が走った。
きっと彼等は繰り返すだけで、指針を与えなければ新たなことなど行おうとしないだろう。
自我が無いとはそういうことだ。
そして緩やかに……滅亡する。
屍すら残さずに。

「……気持ち悪い」

「でしょ?」

思わず漏れた本音に、嘆息するカナ。
想像して、ヴァンに力を貸すなんて想像は潰えた。
そんな世界、僕だってごめんだ。
そして無意識のうちにもれる言葉。

「じゃあ、結局預言は変わらないじゃないか…」

結局、預言は人々を支配し続けるのか。

以前もそうだった。
いくら教団が預言を廃止しようと、人々は預言を求めた。
変わらない世界に湧き上がるのは絶望にも似た暗い感情。

「そう?」

しかしそれすらもカナは払拭する。
ほんと、コイツ何なんだ。

僕は変なものでも見るようにカナを見る。
実際、変なものなわけだし。

失礼な目線だと思っているのだろう。
しかしそれは口に出すことなくカナは言葉を続けた。

「というかさー、まず譜石が七つしかないって時点でまず預言疑おうぜって私は思うわけよ」

「意味わかんないよ」

「んじゃ聞くけどさ、何で譜石って七つしかないの?」

「ユリアが詠んだのがそれだけだからでしょ?」

「それって星の記憶なんでしょ?」

「そうだよ。それが何だって言うのさ」

確認を挟みながらだから、会話に凄く時間がかかるのに苛々する。
こっちが不機嫌になっているのが解ったのだろう。
まぁまぁと言いながらカナは続きを口にする。

「てことはさ、七つ目の譜石の内容が星の最後ってことでしょ?」

「だから何」

そんなの知ってる。
僕は内容を知ってるんだから。
けど国も誰もかも内容を知らないんだから、最後だって知らなくても…。

「何で七つ目で預言が終わる=世界が終わるって解ってるのに、終わりを目指すの?
中身まで知らなくてもさ、先が無いんだったら気付きそうなもんじゃん?

そのまま預言どおりに進めば後ちょっとで終わるって気付いたら、それを覆そうとするんじゃないの?誰だって死にたくないと思うんだけど」

あっけらかんと言われ、僕は間抜けなことに確かに、と納得してしまった。
むしろ何でそんな簡単なことに気付かなかったのか不思議なくらい、あっさりと納得できた。

「まぁ預言に従ってれば幸せになれるって妄信してる人たちからすれば、幸せになれるんだから終わりが来るはずが無いって感じなんだろうけどさー」

その通りだろう。
終わりが来るだなんて想像だにしていない、馬鹿なオリジナルたち。

「それを国の上層部に伝えて、ついでにくろーずどすこあ?だっけ?それ公表しちゃってさ。
このまま預言に従ってれば滅ぶぞーって民衆に伝えちゃった方が早くね?
誰だって死にたくないんだもん、嫌でも預言離れすると思うんだけど」

何故それをしないのかが解らんと言いたげだけど、それは預言を知らない世界から来たカナだから言えることで、きっとこの世界の誰もが思いつかないことだろう。
投げやりな口調で実はととんでもないことを言ってることに、カナは気付いてるんだろうか。

思っても見なかったこと、それこそ予想の斜め45度上を行く事を言われて、僕は笑いがこみ上げてきた。
そうだ、レプリカ大地なんて大げさなことしなくたって、秘預言をさっさとキムラスカやマルクトの上層部に流して、預言離れをさせればいい。

嫌でも世界は変わる。
それこそ無くなりはしないだろうけど、劇的に変化するのは間違いない。
そして緩やかに廃れていくのだ。
預言に依存するのは楽だろうけど、だからって死ぬのは本末転倒な訳だし。

「く…っ」

笑いが堪え切れなくて、声が漏れる。
そんなことになったらきっと、ローレライ教団は上から下に大騒ぎだ。
だってユリアの預言が否定されるんだ。存在意義がなくなるんだ。
モースなんかは顔を真っ赤にして怒鳴り散らすだろうし、あの7番めのレプリカは大慌てをするに違いない。
それを想像したらもっと笑えてくる。

「あははははははっ!ははっ、何それっ、あは、はははははっ!」

とうとう耐え切れなくなって、声を出して笑った。
こんな気持ちは初めてで、そんな簡単なことに気付かなかった皮肉な現実が余計にそれを冗長させる。
カナはきょとんとした後、いきなり笑い出した僕を変なものを見るような目で見てくる。

あぁ、きっとさっきの僕はこんな顔をしていたんだろう。
随分と生意気な視線だけれど、それでも良いと思えるくらい今は気分が良かった。
だってヴァンがあんなに遠回りして、世界を敵に回して潰そうとしていた預言を、カナはちょっと上層部を煽って民衆に真実を告げるだけでお終いにしてしまえるような事を言ったんだ。
それくらい許せる。

大笑いするのを止める。
それでもきっと僕の目はぎらついていて、口は凶悪な笑みを浮かべてるんだろう。
最高に気分がいい。
高揚したままカナの手を掴みそのままベッドに押し倒す。
展開に着いていけずに慌てるカナをそのままベッドに押し付けて、痛そうに顔を歪めるのを無視して僕は叫ぶように言った。

「それを実行するの? この世界を変えるために! ローレライの願いを聞き入れるために!!」

「そりゃ…近いことはすると思うけど」

自信なさげな声と、さ迷う視線。
僕の変わりざまに驚いてるのか、よく解らないけれどそんな事を気にかけるつもりは無いし、どうでもいい。

あんなことを言ったんだ。そのために力を貰ったんだろ?
だったら君はしてくれなきゃ駄目だ。
オリジナル達が預言を恐怖して、やがて廃退していく、僕を生み出した預言という憎々しい存在が世界から嫌悪されて消えていく姿を夢想してしまった僕のために、その未来を現実にしてくれなきゃ。

「なら僕は君に着いていく。 僕を使いなよ。 そしてそれを実行してよ!」

昂ったまま戻らない気分は最高に気持ちがいい。
生まれて初めて抱く感情。
カナがきょとんとしてるけど、そんなの知らない。
それを実行してくれるなら何だって構わない。
僕をいくら使ってくれたっていい。

「……あんな理論でいいの? 自分で言うのも何だけど、穴だらけな気がするんですが」

「詰めればいい! 預言を知らない君だからこそ、あんなことが言えるんだ! それを実行できるだけの力をローレライに与えられたんだろ!?」

「…その世界が、見たいの?」

「見たい! 見せてよ、僕にそれを見せて」

「……そのために、私に力を貸すの? それがシンクの結論?」

いちいち確認を取るカナに少しだけ苛々する。
それでもきっと僕だけじゃできない。カナじゃないとできないから、僕は笑みを深めて頷く。

「…何かちょっと目的がずれてる気がしなくも無いけど…じゃあ、一緒に、行く?」

私と一緒に、世界を塗り替える?
その言葉にぞくりとした。

愉悦?期待?戦慄?高揚?悦楽?
それらをない交ぜにしたような、不思議な感覚。

きっと僕は壊れてる。
廃棄品だったんだ、別に構いやしない。

きっとカナも壊れてる。
こんな僕を誘惑するんだから、でも実行してくれるなら構いやしない。

結局僕は、いつまでも人を押し倒してるんじゃないってカナに蹴られるまでその気分に酔っていた。
それはもう、幸せなまでに。




夢想した世界


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