逆行させられました。(006)
※シンク視点
「普通さ、人のこと蹴る?」
「寝起き早々素っ裸で人を押し倒した人に普通を説かれたくありません」
思い切り高揚した気分を蹴りで邪魔され、僕は今椅子に座っていた。
もう少し反論しても良かったが、未だ胸の中に燻る思いのお陰で機嫌は良いのでこれ以上の追撃はやめることにする。
窓越しに見える太陽の傾き具合から見て、時刻は昼過ぎ。
取ってきた食材は夕食にするには足りないから、また魔物を狩りに行かなければならないだろう。
ついていくと決めた以上、僕もできることから始めなければ。
カナ曰く、今からやるべきことは三つで、現地確認、時系列の確認、能力の把握。
そしてそれを踏まえた上で計画を立てること。
それまでは此処を離れるメリットはあまりない。本もあるし、目立つことは避けなければならないからだ。
そこでふと気付いた。
恐らくカナはこれから魔術の習得にかかりきりになる。
かといってカナだって人間だ。
腹も減るしその他諸々、必要になるものだってあるだろう。
その間誰がそのために必要な金を稼ぐかと言ったら僕しかないわけで。
あれ?
もしかして僕がカナを養わなきゃいけないの?
…………コレを?
「何かムカつくんだけど」
「は? 何が?」
「別に」
再び本を読み始めたカナは僕の台詞に顔を上げるけれど、あえて口にはしない。
面倒だし、思い至った現実を否定できそうに無いからだ。
それよりも折角顔を上げてくれたのだから、先ほど得た情報を共有する方が先だろう。
「それよりさ、エンゲーブ解る?」
「えんげーぶ?あー……リンゴ?」
「解ってないみたいだから説明するよ」
エンゲーブ=林檎の方程式は意味が解らないが、追求する気も無いので簡単に説明する。
すると何か考え込み始めた後、唐突に何か思い出したらしいカナは声を上げながら納得した。
「あー! ルークが食料泥棒の疑惑かけられて捕まってた!」
……そんなことまでは、さすがに知らない。
というか何してたんだあのレプリカ。
「んでもってー…確か世界の食糧庫で、マルクトの領地」
「正解。さっき魔物を狩るついでに周囲の探索もしたら広範囲に畑らしき存在が確認できたんだよね。
あそこまで大規模な酪農地を持ってるのはエンゲーブくらいだから、恐らく間違っちゃいないはずだよ」
まともな知識も出てきたため、そのまま説明を続ける。
それだけで成る程、と納得するのはやはり知識としてしかこの世界を知らないからだろう。
「んじゃシンク、早速だけどさ」
「エンゲーブに言って時代の確認と食料の調達でもして来いって?」
「おー。流石に話が早いね! 流石参謀長官」
「参謀長官じゃなくて参謀総長」
元だけどね。ていうかどっから出てきた参謀長官。
思っていた通りの展開になって、僕は立ち上がる。
が、何故かストップをかけられた。
「ちょっと待った」
「何」
本を閉じてカナは立ち上がると、クローゼットを開けてマントを引っ張り出す。
それを僕に放り投げてくるから、コレを着て行けということなのだろう。
「導師が今どうなってるか解らないけど、顔を知ってる人間から見たら身内に見られるだろうし、それはそれで面倒でしょ?
旅人を装った方が今がいつかも聞きやすいだろうし」
確かに。
言われた通りなので反論もせずにマントを羽織る。
フードを目深に被れば前髪が長いのも相まって顔は殆ど解らない。
というか髪が鬱陶しいな、早めに切ろう。
そこでふと、というか本来ならもっと早くに思いつくべきだった疑問が頭の中で持ち上がる。
むしろ何故今まで疑問に思わなかったのか不思議なくらいだ。
「ところでさ、何で僕成長してるわけ?」
「……それは私も不思議です」
つまり、カナにも解らないと。
それでも腕を組んで考え始めるのは、カナ自身も不思議に思っていたからだろうか。
僕が2年しか生きていないことも知っていたし、14歳を自称していたことはカナも知っていたんだろうから。
やがて考えが纏まったのか、腕を解いたカナが、恐る恐る、それこそ凄く言い辛そうに僕へと質問を投げかけてきた。
「シンクさ……自分が死んだ時のこと、覚えてる?」
「覚えてるけど、それが?」
「その時どんな傷を負ったか、覚えてる?」
普通そんなこと聞くか?
しかしカナが話を反らしている訳ではないだろうというのは、この短い付き合いの中でも解っていた。
カナは知識に不安があるから事実確認をした後、自分の考えを順序だてて話してくれる。
それを理解してるからこそ、僕は抗うことなく最期の瞬間を思い出す。
身体を焼くように叩きつけられる数多の譜術、どれだけ攻撃しても回復されて襲ってくる刃。
思い出しても恐怖は無い。
アレは間違いなく命のやり取りで、僕はそれを承知の上で戦っていたのだから。
「覚えてるよ」
一通りのことを脳裏に浮かべた後、頷きながらそう答えればカナはそれなら、という前置きと共に手を伸ばしてきた。
「ちょっと服脱いで確認してくれないかな?
傷、治ってるんじゃない? 小さくなって」
「はぁ?」
何故今になって傷の確認?
流石に話題が飛びすぎてそんな声が上がったが、良いからと先を促され折角着たマントを再び脱ぎ、カナに渡す。
カナはマントを受け取るとくるりと此方に背を向けてしまった。
一緒に確認しようとは思わないらしい。
仕方無しに服を捲り上げ、自分の肌を見る。
受けていたはずの刃の痕も、譜術によって焼かれた肌も、今は綺麗なものだ。
傷跡は凝視しなければ解らないほど薄く、カナの言うとおり記憶よりも幾分か小さい。
引きつるようなこともなかったから、服を着る際には全く気付けなかった。
「確かに、小さいね」
「んー。じゃあそれが原因なんじゃない?」
「どういうこと?」
衣服を元に戻し、カナからマントを取り上げてもう一度羽織る。
マントを取り上げられたことにより、再度僕の方を振り返ったカナの口から推測が訥々と語られ始める。
「シンクが受けたのは死ぬような傷、つまり癒しの術でも治らないようなものでしょう?
てことは蘇らせるとしてもその傷を無かったことにするには癒しを統べる第七音素の集合体であるローレライでも無理があったんじゃないかなって思ったのよ」
「それで?」
「だから身体の成長を促して、治癒能力を高めて蘇らせた。
成長期の身体では無理でも、成人した身体なら回復力だって体力だって圧倒的に上だから…」
「死ぬような怪我でも何とか治せるし、蘇らせることができる?」
「そう、なんじゃないかなぁって…思うんだけど…」
尻すぼみになる台詞に自信は見えず、飽くまでもコレは憶測なのだと言うカナ。
しかしまぁ、大体は納得はできた。
確かに14歳の身体じゃ体力が保たなくて死んでしまうような傷でも、大人なら助かるかもしれない、なんて事例は溢れてる。
傷を癒すには大人の身体のほうが都合が良かったんだろう。
僕の身体は第七音素でできているわけだから、成長させることだってローレライならできる筈だ。ムカつくけれど。
憶測だろうと何だろうとまぁ納得できるだけの理由は手に入れたので、これ以上考えるのはやめておくことにする。
「ま、大体それであってそうだし、そいうことにしとくよ。
それじゃあ僕は行くから、さっさと習得してよね、魔術」
「うぇーい」
気の抜けた返事をするカナを背中にして、僕は小屋を出る。
というかアレは返事といって良いのか。
従軍していた頃のハキハキとした部下の返事を思い出し、すぐに止めてエンゲーブへと向かった。
そこから先は単調な旅路だった。
走り出せば簡単に縮められる距離を、わざわざ歩き魔物を倒しながら進む。
無防備を装えば魔物は待ってましたと言わんばかりに寄って来てくれたから、全て一撃で鎮めてから戦利品を着々と集めていく。
ここいらの魔物は弱い分、落とすガルドも少ない。
小屋と町の距離や、僕らの目的を考えるとあまりエンゲーブに顔を出すこともしたくないため、できることなら食料なんかは買いだめしておきたいのが本音だ。
なので余剰な戦利品は町で売っぱらうことにして、さっさと魔物を倒しつつ細々とガルドを溜める。
こんなものかと区切りをつけたところで、さっさとエンゲーブの町へと足を踏み入れた。
適当な店員を捕まえて、散々迷いに迷って人里に辿りついた旅人を装い今がいつか聞く。
思ったよりも善良だったらしい店員は疑うことなく今がND2005のシルフリデーカン・11の日だと教えてくれた。
ついでに同情もしてくれたらしく、戦利品を売る際には少しだけ高めの値段で買取ってくれた上、食料も少しだけ安く売ってくれた。
嬉しい誤算だ。
「あぁ、宿屋に泊まってくんだろ? だったら安くするように口利こうか?」
「ありがたい申し出ですが、少しでも節約したいんです。
森の外れに無人の小屋を見つけたので、少し距離はありますがそちらに行こうかと」
「小屋? そんなのあったかい?」
「ありましたよ。といっても長い間放置されていたようでしたが、泊まれないほどではなかったので」
「そうかいそうかい。 また何か困ったことがあったら言いな。力になるからよ!」
「ありがとうございます」
それだけ言って、手を降って別れた。
昔取った杵柄というか何というか。
ダアトに居た頃の潜入調査をする際に身に着けた演技力が、此処で役立つとは思わなかった。
一つ息を吐いてから、ついでにグミとボトルでも買っておこうかと道具屋に寄る。
幸い捕まえた店員がちょうどよく食材屋だったために、思っていたよりもガルドが浮いたのだ。
備えをしておくに越したことは無いと浮いたガルドでグミを買い、小屋に戻る頃にはすっかり日も落ち始めていた。
「?」
が、小屋に戻って僕を迎え入れたのは灯り一つ点いていない暗い部屋で。
カナの気配はするものの、何故灯りをつけないのかが解らない。
寝てしまったのだろうか。
「ちょっと、カナ?」
「……シンク?」
「居るなら灯りくらい点けたら?」
そう言ってみるも、返って来たのは無言。
そういえば自分を呼ぶ声も何だか覇気がないというか、弱々しかった。
僕が居ない間に何かあったのかと闇に慣れた目でカナを発見すると、なにやら涙目になったカナが床に座り込んで膝を抱えている。
「……どうしたのさ」
流石にその様子に追い詰めることができず、そう問いかけるとカナは情けない声を上げた。
「どうやったら、灯りつくの…?」
ぐすん、と幼子のように鼻を啜りだしそうなカナの台詞に、僕は軽く眩暈を覚えた。
一瞬、馬鹿じゃないの、とか、君って一体何年生きてきたわけ?とか、罵倒が飛び出しそうになる。
それを何とか飲み込んだのは、カナは異世界から転生させられてきた存在だと知っているからだ。
恐らく生活習慣も環境も何もかも違う。
だったら譜石による灯りの点け方くらい…。
「それくらい知っときなよ! ローレライから与えられた知識に無かったわけ!?」
「無かったよ! 地理とか簡単な歴史とか環境の違いとかはあったけどそんな日常生活に必要な知識なんて欠片も無かったよ!」
つい怒鳴りつけてしまったが、その返事にまた軽い眩暈を覚えた。
つまり、だ。
これからカナが魔術を習得するのと同時に、僕はカナにこの世界の一般常識について教えていかなければならないのだ。僕が。
「前途多難だよ…ほんと」
思わず呟いてしまった台詞に、カナはそれはこっちの台詞だと返してきた。
誰のせいだ、全く。
……ローレライか。
元凶に思い至り、僕はもう一度ため息をついた。
前途多難
シンクさんは苦労人。
電気とかなさそうだよね、オールドラントって
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