01
マルクトの軍艦、タルタロス。
その下級兵士用の一室で、ルークは不機嫌さを隠しもしないで椅子にふんぞり返っていた。
足を組み、肘掛に肘をついて堂々とした態度は傲慢という言葉を思わせるだろうが、ルークの態度は決して傲慢ではない。
彼はキムラスカの王族、それが許される立場なのだから。
さて、部屋に居るのはルークだけではない。
他にも数名、神託の盾兵やらマルクト兵やら居るのだが、その中でも特に異質な存在が居た。
ダブルボタンのAラインコートを纏い、丈の短いプリーツスカートを履いた、アニスと同程度の身長の一般人にしか見えない少女だ。
名前をアルテミシアという。
光加減によっては銀にも見える長髪は、ツインテールにされているにも関わらずそれでもまだ腰までの長さがある。
切りそろえられた前髪の下にある大きな赤い瞳は釣り目気味のせいでどこか猫を連想させた。
アルテミシアは護衛のようにルークの背後に立っていて、ティアがルークの隣に座ろうとしたのを蹴倒した張本人である。
その件以外にも恨みがあるティアはアルテミシアを睨み続けていたが、アルテミシアはそんな視線も何処吹く風だ。
そしてアルテミシアの背後には、これまた奇妙な生き物が居た。
身長1mほどのピンクのひよこ、というのが一番近い表現だろうか。
くりくりした瞳と首元に巻かれたピンクのリボンが可愛らしさを強調していたが、その背中には鋭い双爪が装備されていた。
このひよこ、シエロという名のアルテミシアに忠実な存在だった。
可愛らしい見た目とは裏腹に、先程から敵意を振りまいているのをアルテミシアが何とか抑えている状態だ。
マルクト軍人にしてルークをこの部屋に押し込んだ張本人、ジェイド・カーティスはシエロの存在を気にしつつ話をすべく口を開いた。
「さて、ティアが神託の盾兵だというのは聞きました。ではルーク、あなたのフルネームは?」
「……キムラスカ王国軍元帥クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレが嫡男、ルーク・フォン・ファブレだ」
「キムラスカ王室と姻戚関係にあるあのファブレ公爵のご子息……という訳ですか」
「公爵!?素敵〜」
鬱蒼と笑うジェイドと、あからさまに目を輝かせる導師守護役アニス。
そして我関せずを貫くイオンとティア。
それを見たルークは眉間の皺を更に深くさせていて、出そうになったため息をギリギリのところで堪えた。
「では、背後の少女は貴方のメイドか何かですか?」
「いや。こいつはアルテミシア、マルクトに誘拐されてから雇った護衛だ」
「誘拐とは穏やかではありませんね。何故マルクト帝国へ?」
「今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです。
ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」
ルークにかけられた問いかけなのに、何故かティアが応える。
「大佐。ティアの言うとおりでしょう。彼に敵意は感じません」
「……まぁ、そのようですね。温室育ちのようですから世界情勢には疎いようですし」
「ここはむしろココは協力をお願いしませんか?」
しかし誰もそれに違和感を抱くことなく、会話は淡々と続いていく。
ルークの顔が不機嫌を通り越し剣呑なものになっていくのを、誰も気付かない。
いや、気付いている人間は居た。
部屋の隅に立っている顔を真っ青にして震えているマルクト兵と、一言も声を上げていないアルテミシアだ。
「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国に向かっています」
「まさか、宣戦布告…?」
「逆ですよぉ、戦争を止めるために私たちが動いてるんです」
「アニス、不用意に喋ってはいけませんね…これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立入を許可しましょう。
まず私たちを知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。戦争を起こさせないために」
ジェイドのもったいぶった台詞にルークは喉の奥で笑う。
「協力して欲しいんなら詳しい話をしてくれればいいだろ?」
「説明してなおご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」
「ほお?」
「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ。どうかよろしくお願いします」
「そうか。断る」
部屋の外に出ようとしていたジェイドが止まる。
壁際に立っていた兵士は最早泣きそうで、イオンとティアは信じられないようなものを見る目でルークを見ていた。
「即決ですね…」
「あぁ、喜べ。お前の態度のおかげだ」
「どういう意味です」
「そのままだよ」
「ルーク、それはつまり戦争になっても構わないと、そう思っているということかしら?」
そうだとしたら、傲慢よ。
そんな副音声が着きそうなほど刺々しい声にルークは鼻で笑った。
優雅に足を組み替えた後、翡翠の瞳で全員を睥睨する。
「そこでそんな発言が出てくる時点で、お前は何も解っていない。政治を知らない奴が口を開くな」
「な…っ」
ルークの台詞を侮辱と取ったらしく、ティアは顔を赤くしてルークを睨みつけた。
しかしルークは気にかけることなく、イオンを見る。
イオンはルークが協力を拒んだことが悲しいのか、眉尻を下げ唇を引き結んで俯いていた。
「ルーク…どうしてもご協力いただけませんか?」
「イオン、個人としてはお前のことも気に入ってる。けど個人的感情を政治に持ち込む気は無いし、持ち込んでは政治は行えない。その上で出した結論だ。
更に言わせて貰うなら、オレは外交でマルクトに来ているわけじゃない。協力する義務もなければ義理も無い。
あとわかってないみたいだから言うが、オレの善意には期待するなよ。それをぶち壊したのはジェイド張本人だからな」
「そうですか。では不法入国者としてこのまま拘束させていただくことになりますが」
「オレは既にエンゲーブで不法入国及び保護申請を出している。グランコクマからは申請を受理したと返答を貰っているし、護衛のための将官を派遣すると同時に言われている。
それでも拘束するってんなら、こっちの神託の盾兵だけ拘束しろよ。キムラスカからも指名手配されてるだろうからな」
「ルーク、貴方どういうつもり?私だけ突き出すなんて、それにいつの間にそんなこと!」
「オレがお前を庇う義理があるか?無いよな?
だいたいつい先日エンゲーブに辿りついたお前と違って、オレは何日もエンゲーブに滞在してたんだ。それくらいの時間はあるさ」
「あれは貴方が私を置き去りにしたからでしょう!?」
「はぁ?何でお前と一緒に行動しなくちゃいけないんだよ?うぜぇ奴」
「失礼、マルクトからの返答を見せていただいても?」
ジェイドに言われ、ルークはポケットから折りたたまれた一枚の紙を取り出す。
ジェイドが中身に視線を走らせれば、そこにはルークの言った通りのことが書き連ねられていた。
不法入国と保護の申請を受理したこと。
キムラスカより迎えのための人員の入国と、誘拐犯の指名手配が打診されていたためそれを受け入れたこと。
そして護衛のための将官を向かわせること。
最後にマルクト軍の印章を確認し、ジェイドは紙をルークへと返す。
「確かに。本物のようですね。しかしエンゲーブにお送りするほどコチラには余裕がありません。なのでココで降りていただくことになります」
「マルクトの軍人ってのは誤認逮捕しておきながら、謝罪も礼も無しに他国の王族を平原のど真ん中に放り出すのが礼儀なのか。それは勉強になったわ」
ルークの痛烈な嫌味にジェイドはずれても居ない眼鏡のブリッジを押し上げた。
うまい切り替えしが思いつかなかったのか、話題をそらすためにルークの背後に立っているアルテミシアを見る。
「ところで、アルテミシア…でしたか。雇ったとのことでしたが、彼女はマルクト人ですか?」
ルークはその質問に、アルテミシアを見る。
視線を合わせたアルテミシアはルークが首肯するのを見てから、初めて口を開いた。
「いいえ、違います」
「では、キムラスカの方ですか?」
「いいえ」
「てことはぁ、ダアトの人?」
「いいえ」
続けられたイオンとアニスの問いも、アルテミシアは否定した。
ルークの顔が一転し、歪な笑みを浮かべて全員を睥睨している。
「では貴方は一体何者なのです?」
ジェイドの質問にアルテミシアは微笑み、マルクト、キムラスカ、ダアトの三ヶ国のどれでもない礼をとって堂々と口を開いた。
「私は惑星航行間船団オラクル内部アークスシップ第7番艦ギョーフ所属、アークスのアルテミシアといいます。
クラスはフォース/テクター。今回はサポートパートナー二名と共に惑星オールドラントの探索を任命され、縁合ってルーク様の護衛に雇われました。以後、お見知りおきを」
アルテミシアの説明にルークはにやにやと笑い、ティアは呆れたようにため息をつき、他の面々はぽかんと口を開けてアルテミシアの説明を反芻する。
しかしアルテミシアはそれを気にすることなく、背後に立っていたピンクのひよこを紹介する。
「あと、彼は私のサポートパートナーの一人でシエロといいます。ハンターとしての腕は確かです。私と共にルーク様の護衛をしております」
先程まで振りまいていた敵意はどこへやら、紹介されたことに喜んだのかきゅぴっと可愛らしい声で鳴くシエロ。
多分、話についていけたのはルーク一人だろう。