03
軍の宿舎に足を運んだルークは、アルマンダインとアルテミシアの説明を聞いた後、腕を組んだまま重苦しいため息を吐き出した。
ひとしきりの説明を聞いたイオンはアルマンダインに謝罪を告げ、その隣でルークは顎に手を当てて唸り声を上げる。その眉間には思い切り皺が寄っていた。
「参ったな…まさかアッシュが襲撃犯とは」
「ルーク様、もしや襲撃犯をご存知なのですか?」
「まぁな、詳しいことは言えないが迂闊に手を出すと後々面倒になる相手、とだけは言っておく」
アルマンダインの疑問にルークは再度ため息をつきながら答えた。
部屋の隅に控えていたシンクやディストはルークが何を懸念しているのか解ったようで、二人とも渋い顔をしている。
話に着いていけていないアルテミシアはきょとんとした顔でルークの斜め後ろに立っていたのだが、ルークは顎から手を外したかと思うとアルマンダインへと向き直った。
「アルマンダイン、現在動かせる人員はどれ程居る?」
「はっ。幸いアルテミシア殿の治癒術の効き目が素晴らしく、重傷者以外はほぼ動けると言っても過言ではありません。討伐隊を組むには充分な人数かと」
「いや、アッシュは討伐ではなく捕縛をしてくれ。オレ一人では判断できないからな、捕縛後バチカルに移送し、父上と伯父上の判断を仰ぐ」
「公爵と陛下に、ですか?」
「そうだ」
頷くルークに対し、アルマンダインは納得がいかないと言った顔をしながらも畏まりましたと頭を下げた。
当たり前だろう。自分が預かる軍港を襲撃されたにも関わらず、犯人に制裁をくわえることができないのだ。
それでも不満を飲み込み詳しいことを聞いてこない辺り、アルマンダインの優秀さが伺えた。
「すまないな、本来ならば貴公に引き渡すべきなんだろうが…」
「そのお言葉だけで充分にございます。なにやら私には与り知らぬ事情がおありのご様子。
襲撃犯の身柄はルーク様にお渡しいたしましょう」
意訳するならば、襲撃犯を渡してくれないというのならば責任はそっちで取ってくれ、ということである。
ルークはそれを正確に読み取り、軍港の修繕費は優先して回せるよう手配しておくと告げた。
そして会話が一段落したのを見計らって、イオンが二人に恐る恐る声をかける。
「あの…」
「ん?どうした?」
「この度は我が教団員がご迷惑をかけたことは明白、このような事で謝罪にもならないでしょうが、どうかアッシュの捕縛に協力させていただけませんか?」
「協力って…どうやって?」
ルークの言葉にイオンはシンクとディストの居るほうへと視線をやった。
「第五師団師団長にして参謀総長を務めるシンク謡士と、譜業においては右に出るものが居ない第二師団師団長であるディスト響士を捕縛部隊に同行させていただければと」
「あぁ、成る程」
自信なさげではあるものの、キッパリと言い切ったイオンの言葉にシンクとディストがぎょっとする。
しかしルークは特に否定することもなく、構わないか?とアルマンダインに問いかけていた。
「神託の盾兵ですか」
「はい。アルテミシアの治癒術がかけられたとはいえ、軍港の方々も完全に回復したわけではないでしょう。蓄積した疲労や流れた血までは戻りませんから。
しかし同僚である彼らが同行すれば多少なりとも負担を減らせる筈です」
「彼らがまた、私の部下達を襲わないと言い切れますかな?」
何とか謝罪をしようとするイオンに対し、アルマンダインの厳しい言葉が飛ぶ。
それに言葉を詰まらせたイオンだったが、ルークが間に入り大丈夫だと告げる。
引き込んだ経緯をうまく誤魔化しながら退団したらファブレ家に仕える予定だと告げたものの、アルマンダインはまだまだ不安なようだ。
教団への信頼が底をついていることにルークは苦笑しつつ、それならアルテミシアも同行してもらえばどうかと付け足した。
「アルテミシア殿を?」
「ああ。詳しい説明は省くが、アルテミシアは治癒術師ではなく本来は術師なんだ。
無詠唱で発動が可能な上、シンクやディストを一撃で倒せるほどの実力を持っている。腕前は俺が保障する。
回復、攻撃、補助が一人でこなせるから一般兵達の負担もだいぶ軽くなる筈だ」
「ほう。それほど優秀な方でしたか」
ルークの言葉にアルマンダインは目を丸くし、失礼でない程度にアルテミシアをまじまじと見た。
身長も低く幼い顔立ちをした姿からは、一見戦闘ができるようには見えない。
だがスカートから伸びた足はそれなりに筋肉がついているし、その回復術の腕前はアルマンダインも知っている。
「解りました。では捕縛隊に同行をお願いします」
「悪いなアルテミシア、そういうわけだからコーラル城まで頼む」
「解りました。シエロは置いていきますから、くれぐれもはぐれないようお願いします」
「わぁってるって。セシル少将達と一緒に国境まで戻って宿屋に部屋とって待ってるから、アッシュの捕縛は頼んだ」
「了解です」
ルークの言葉にアルテミシアは笑顔で頷く。
今は特に危険も無く、またセシル少将やフリングス少将が同行している分、アルテミシアも側から離れることにあまり抵抗がないようだった。
こうしてアルマンダインの編成した部隊と合流し、一行はコーラル城へと向かうことになる。
とはいえ、三人は編成の中には組み込まれているわけではない。飽くまでも三人の役割は補助であるからだ。
ディストやシンクもそれは重々承知していたため戦闘ででしゃばることはしなかったし、アルテミシアもまた攻撃力アップや防御力アップのテクニックをメインに回復・補助を担当した。
そして黙々とコーラル城へ行軍する中、一番最後尾に着いていたシンクとディストがほかの面々には聞こえないようぼそぼそと喋っていた。
「にしても、こんな所で急遽任務に出ることになるとはね」
「まだ退団届けが受理されていませんからね、導師は神託の盾に対し何の権限も持っていませんが、だからといって導師の命令を無視するわけにもいきません」
「はっ、無視しちゃえば良かったんだよ。退団する以上、教団の醜聞になろうと僕らの知ったこっちゃないね」
「なら何故着いてきたんです?アリエッタと一緒に残って導師の護衛に回るという手もあったでしょう」
「そんなの決まってるだろ。導師様自らアッシュをボコる許可くれたんだ。
今まで散々アイツの我が侭には振り回されてきたからね…この恨み、精々晴らさせてもらうさ」
ふふふ、と暗く笑いながら言うシンクにディストはそうですか、と力なく答えた。
ディストはある程度のストレスなら自分で発散できるし、そもそもストレス源から逃げ出すことが可能だった。
だがシンクは見た目はともかくとして中身はまだまだ子供、自分のストレスの管理をしろといわれても無理だったらしい。
ヴァン直々にアッシュの監視を命令されることなどもあり、大分アッシュに対してフラストレーションが溜まっていたようだ。
そうして辿り着いたコーラル城。
アルテミシアはココは元々ファブレ家の別荘だったが、戦線が下がってきた時に放置されそれ以来無人なのだという説明を受けながら石造りの城を見上げる。
石壁はあちこち崩れているし庭も荒れ放題だがきちんと道がある。
未知の惑星を探索することが元々の仕事であるアルテミシアはそれに眉を顰め、地面へと手を着いて複数の足跡を確認した。
「人の手が入っていますね」
アルテミシアの呟きを聞きつけた一般兵が隣にやってきて、同じように足跡を確認する。
「アッシュでしょうか?」
「だとしたら相当以前からここを拠点にしていた可能性があります」
「何故そう思われるのですか?」
「まず邪魔な石塊が脇に追いやられ、道ができています。これは数時間でできることではありません。
それから草の折れ方を見てください。何度も踏まれなければこうはなりません。つまりそれだけ人が往復していたということ。
下手をしたらアッシュ単独ではなく、共犯者が居る可能性も考えられます」
「成る程…」
魔物のせいでは、とは考えない。
こういった人工的な建物には四足の魔物は中々近付かないからだ。
廃屋や廃城などに住み着くのはもっと別の種類の魔物であることは、一般兵達も知っている。
「警戒したほうが良さそうですね」
そう言ってアルテミシアは立ち上がる。
コーラル城に足を踏み入れる一般兵達に続けば、中は蜘蛛の巣こそ張ってはいるものの、絨毯の上には殆ど埃が積もっておらず、アッシュが長らく拠点にしていたのだろうというアルテミシアの推測が重みを増していく。
しかしその背後では、シンクとディストが微妙な顔で一行を見ていた。
アルテミシア達は警戒を強めているものの、ここはかつてヴァンが拠点のひとつとして使っていた場所でありずっとアッシュが使っていたわけではない、ということを二人は知っている。
だがいくらヴァンから離反したからといって、犯罪行為を知っていながら見逃していましたというのを口にするのも躊躇われ、結果二人とも口を閉ざしたままでいる。
いくらルークが匿ってくれるとはいえ、自分達もその犯罪に加担してました、ということをばらすわけにはいかないというのもあった。
こうして微妙な顔の二人に気付かないまま一行は書斎の奥にある不思議な扉を越え、岩肌がむき出しの空間へと辿り着く。
そこに置いてあった馬鹿でかい譜業に首を傾げつつ、更に進んで屋上へと出る。
そしてそこでようやく、縛り上げられ馬の上に乗せられている整備士長と、怒り心頭のアッシュを発見することができた。
「チッ、ぞろぞろと…!あの屑はどうしたっ!」
「捕縛対象を確認、殺すな、捕縛しろ!」
アッシュの疑問を綺麗に無視した小隊長が命令を出し、一般兵達がアッシュを取り囲む。
小隊に囲まれたアッシュは盛大に舌打ちをすると、すらりと剣を抜き容赦なく兵達に斬りかかった。
アルテミシアがタリスに持ち替え、傷ついた兵士達を即座に癒していく。
しかし腐っても六神将、鮮血の二つ名は伊達ではない。
次々に兵士達が傷ついていくのを見て、シンクとディストも見ては居られないとばかりに戦闘に参加した。
シンクが嬉々としてアッシュに殴りかかり、譜術を連発させていたのはきっと気のせいではない。
「シンク、ディスト!邪魔すんじゃねぇっ!」
「ふんっ、ヴァンの命令が無い以上、アンタの言うことを聞く義理はないね!」
「軍港襲撃犯をそのまま放置しておくわけが無いでしょう。おいでなさい、カイザーディストR!」
一体いつの間に作ったのか、ディストはアルテミシアに壊されたカイザーディストの改良版を呼び出し戦闘に参加させた。
ギシギシと軋む音を立てながらも攻撃を繰り出す譜業と素早い動きでかく乱しながら譜術と体術のコンボを決めるシンクに段々とアッシュも押され始める。
戦闘は二人に任せた方が良いと判断した小隊長の指示により、その隙に一般兵達が人質を保護し、小隊長と頷きあったアルテミシアもロッドへと武器を持ち替えて戦線へと躍り出た。
「人質は保護しました!大人しく捕まりなさい!」
「うるせぇっ、この屑がっ!ガキが口挟んでんじゃねえ!」
「…っこの、少しは頭を冷やしなさい!」
ガキ呼ばわりされたのが気に入らなかったのか。
ロッドの先に冷気が収束したかと思うと、氷の塊が射出される。
バータ。
フォトンを媒介にして大気を冷却し射線上に氷柱を走らせる、氷属性の初級テクニックだ。
低確率でエネミーをフリーズ、氷で固めることもある。
初級テクニックをノンチャージとはいえ、その威力は折り紙つきだ。
地面を走る氷柱にぎょっとしたアッシュは見事に直撃をくらい、リグレットと同じように一発で地面に突っ伏すはめになった。
すぐさま一般兵達が群がり、あっという間に縄でぐるぐる巻きにされるアッシュ。
それを見たシンクとディストはようやく静かになったといわんばかりに肩を竦めた。
「アルテミシアが居れば僕たち要らなかったんじゃない?」
「ボコりたかったのでは?」
「んー、霜焼けになったアッシュを見て多少は気が晴れたからいいや」
シンクの物言いにディストはそうですか、と小さく呟きアルテミシアを見る。
ディストは密かに、計り知れないアルテミシアの実力とその高度な技術力に内心冷や汗をかいていた。
今は味方をしてくれているが、もし敵に回ったら?
外宇宙からの訪問者、預言を知らない存在、ヴァンが興味を示さないとは限らない。
その時アルテミシアがヴァンの元へ行くことに躊躇う要素がない。
だが、あらゆる事態を想像してしまうのは己の悪い癖だとディストは首をふり、その思考回路を無理矢理追い払った。
可能性ならばいくらでもあり、イレギュラーを想像しだしたらキリがないからだ。
ディストがそんな事を考えているとは露知らず、杖を背中へと戻し小隊長と話していたアルテミシアは、ディストの視線に気付いたのか軽い足音を立てながらディストとシンクの居る方へと歩み寄ってきた。
「アッシュの捕縛も終わりましたし被害もそれほど出なかったので、小休憩を取ってからすぐに軍港へと帰還するようです。大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「まだまだ平気だよ」
「そうですか。では、行きましょうか」
そう言って無邪気に微笑むアルテミシア。その笑顔からは先ほどの攻撃力の高さなど想像もできやしない。
このアークスの前では六神将の名など無意味に等しいなと思いながら、ディストとシンクは後に続くのだった。