(Wraith)



(シンク夢/死ネタ/死んだシンクの独白)

あぁ、やっと終わりが訪れる。
生から開放される安堵と、愛しい人を残していく後悔。
二つの気持ちで胸中を満たしながら、シンクは心の中でサヨナラを告げた。


エルドラント。
栄光の大地の名を冠する地で、僕はあのレプリカが率いるパーティと戦い、敗れた。

死ぬ覚悟はできていた。
世界に刃を向けると決めた時点で、己の命などそのための駒だと思わなければやっていけなかったから。

それを変えてくれた。彼女は……ルビアは。
空っぽの僕の中に、たくさんのものを詰め込んでくれた。

空がどこまでも青くて、高く広いことを教えてくれた。
緑がどこまでも眩しくて、この世界が生に満ち満ちていることを教えてくれた。

向けられる好意と敬意に対する応え方を。
いつの間にか出来上がっていた僕の居場所の存在を。
こんな出来損ないでも、誰かを愛せるということを。

「ずっと、ずっと、一緒だよ」

その言葉がどれだけ嬉しかったか、幸せの絶頂と言えるあの瞬間を、僕は死した今でも忘れることは無い。

だって君が居る。
君が居る限り僕は、例え世界中の人間に嫌われたって生きていける。
それくらい、幸せだった。
僕の手をとって、はにかむように笑うルビアが居る限り。

それでも、結局はルビアを置いてきてしまったのだけれど。

彼女が教えてくれた。世界は美しい。
そして同時に、とても醜く優しくない。

泣いて行かないでと縋る彼女を気絶させて、信頼できる部下に任せて、ケテルブルクへと逃げるように言ったのはエルドラントへ乗り込む直前。
部下は最後まで逆らうことは無く、それでも何かに堪えるように歯噛みしていた。
死なないで下さいと、搾り出すように言われた言葉は僕には勿体無くて、本当によくできた部下だったと思う。

第七音素に還った今でも、そう思う。
やがて意識が薄れ、きっと僕は地殻から開放され音譜体へと帰還した意識集合体へと吸収されるのだろう。

それまでの、ほんの少しの間。
我侭だって解ってる。身勝手だって解ってる。
ルビアの傍に居たかった。

彼女に、僕は見えない。
ケテルブルクの郊外にある小さな家の中、ベッドの中で延々と泣き続ける彼女に僕は声をかけることもできなくて。

「ねぇ、終わったよ」

そう言っても、僕の声は彼女に届かない。
当たり前だ。僕はもう、死んでしまったんだから。

こんな世界に存在する意味はあるのか考えても、答えなんて出なくて。
だから触れられないと解っていても、とめどなく流れ出す涙を拭うように手を伸ばす。
指は予想通り空しくすり抜けて、もう慰めることすらできない自分が嫌になる。

「しんく…シンク…っ、シン…クッ…」

約束を守れなくてごめんって呟いて。
(だってもう、ずっと一緒になんて居られない。許してなんて言えるはずがない)

しゃくりあげながら僕の名前を呼び続ける君に、いっそのこと僕のことを忘れてしまったほうが幸せになれるんじゃないか、なんて考えて。
(だって、泣いてる君を見るのが辛いんだ)

ぼんやりと暖炉の火が爆ぜる音を聞きながら、ベッドに流れるように散らばったルビアの髪が"綺麗だ、触れたい"なんて場違いなこと考えて。
(段々と近付いてくる本当の終わりが怖いんだ、そんなこと考えたくない)

どれだけ傍に居ても、ルビアは僕の存在に気付かない。
僕は死んでるんだから、当たり前だ。

やがて泣きつかれたらしいルビアの穏やかな寝息が聞こえ始める。
窓枠越しに見える夜空に浮かぶのは雪雲と煌々と輝く月。

いつしかルビアも、僕を想って泣くこともなくなるだろう。
それが少しだけ寂しくて、それでも悲しくは無かった。

だって、笑顔が好きなんだ。
ころころと変わる表情が好きなんだ。
それが無くなったのは僕のせいだって解ってるから。

月から視線を降ろして、ベッドで眠るルビアを見る。
約束を守れなかったことにもう一度ごめんと呟いて、終わりがすぐそこに来ていることを本能的に悟る。

透明な僕は君に触れられやしない。
それでも涙に濡れ泣き腫らして赤くなった瞼と、少しカサついた唇にキスを落として、淡い光に包まれる全身を見ないふりをする。

「さよなら、大好きだよ」

届かない声は、光と共に、そっと消えた。



Wraith



意味:"死霊"・"幽霊"・"生霊"・"亡霊"。
エルドラント戦で死を迎えたシンクが、取り残された夢主を想うお話。


作詞・作曲:leal様
唄:重音テト
"Wraith" より


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