(砂糖菓子より甘く)
「はい!」
「何さ」
「足りません!」
「書類が?」
「のん!」
突如元気よく手を上げたかと思うと、ルビアは何かを主張し始めた。
主語を言えと突っ込むべきか、仕事をしろと突っ込むべきか少しだけ迷う。
「愛が、愛が足りないのですよ!」
「さっさと仕事終わらせるよ」
が、真剣な顔をして言われた台詞を聞いて、コンマで切り替えして書類に向き直った。
わざわざ仕事中に言うことでもなければ、元気良く言うことでもない。
ウチの副官兼僕の恋人は性格はともかくとして仕事は真面目だった筈なのだが、何故こうなったのか。
それともついに書類の量の多さに頭がやられてしまったのだろうか。
「シンク!愛が、愛が足りません、シンクからの!」
「どっかで頭でもぶつけた?」
「……実はさっき廊下で転びました」
一気にトーンダウンした声で白状した後、前髪を上げておでこを見せられる。
成る程、確かにおでこが赤くなっていた。
「通りで報告書の順番がばらばらになってるわけだ」
「すみません…じゃなくて!足りないんです!シンク不足なんです!ギブミーシンク!」
「唸れ烈風、切り刻め」
「タービュランスは止めてください!書類が舞います!舞いまくります!せめてグランドダッシャーに!!」
「グランドダッシャーなら良いんだ」
「いえ、くれるなら愛が良いですが…」
「仕事中に言う台詞じゃないだろ。それとも何?ほんとに馬鹿になった?」
暗に仕事中じゃなくてプライベートの時にそういうことは言ってくれと込めてみるも、ルビアは唇を尖らせてふてくされてしまった。
どうやら本気で今、ルビア曰く愛を求めているらしい。
夜中ベッドの中で言われるのであれば大歓迎なのだが、生憎とルビアが求めている愛がそういったものではないということも解っている。
「……何で今言うのさ?」
だから理由を聞けば、ルビアはぱっと顔を明るくした。
「この報告書を読み終わったんです」
「うん」
「それで、魔物討伐の末に村民のカップルが出来上がったらしいんです」
「そんなことまで報告書に書くなよ…」
「で、シンクと私ってカップル、というか恋人じゃないですか」
「まぁ…そうだね」
「でも私から愛情表現することはあっても、シンクからしてくれることって殆ど無かったなぁって気付いたんです」
「してるじゃん、ベッドで」
「そういうのではなく!!」
「嫌い?」
「いえ、そういう訳では…じゃなくて!もっと別の形で欲しいんです!女の子ってそういうものなんです!」
「例えば?」
「こんな感じに」
ベッドのくだりで赤くなったルビアに笑みを浮かべつつも、渡された普通のものよりも厚めの報告書にパラパラと目を通す。
前半の三分の一は魔物討伐に関しての報告が書かれていたのだが、後半の三分の二はその後結ばれたらしい村民カップルについての恋愛小説張りの報告だった。
その甘ったるさに無意識のうちに再提出のはんこを思いっきり押していた。
「シンク、それは決算用のはんこです」
「うん、解ってる」
それでも押したくなったのだ。つい反射的に。
まぁこの報告書は再度提出させるか、後半を破り捨てるかすれば問題ないだろう。
ルビアが何故急に愛を求めだしたのか理由が解り、ため息をつく。
「どっちにしろ今言うことじゃないよね?まだ仕事中だよ?」
「あ、私は終わりました」
「終わってるなら僕の分も手伝ってよ!」
「嫌ですよ!むしろ私の半分しかないのに何でまだ終わってないんですか!?」
思わず叫べば即座に拒否された。
何でといわれても苦手だからとしか言いようが無い。
とにもかくにも事務仕事は性に合わないのだ。
最近は大半をルビアに任せて、もとい押し付けているもののそれでも苦手意識は直らない。
「じゃあ僕が終わるまで待っててよ。そしたら遊べるから」
「シンクの遊ぶは18歳未満立入禁止の場合が多いので嫌です。それより甘いものが良いです」
「カフェでも行く?」
「そうじゃないって解ってて言ってますよね?」
「僕に甘い言葉を吐けと?」
「たまにで良いので聞きたいのです。私だって乙女なのです」
「乙女ねぇ…」
師団連中を笑顔で脅し、ナイフで相手を切り刻みつつ情報をもぎ取り、譜術をぶっ放して魔物達を一掃する姿が脳裏に浮かんでは消えていく。
その姿は何処をどう見ても乙女ではない。
しかしまぁ、案外女らしい一面があるのも知っている。
可愛らしいぬいぐるみを持っていたり、さりげなくレースのついた服を好んだり、室内をパステルカラーで整えたりと、過度ではないもののルビアの部屋はそういった雰囲気に包まれていた。
そこまで考えた後ちょっとした悪戯心を擽られて、椅子から立ち上がりルビアの元へと歩み寄る。
きょとんとしているあたり、主張してみたものの実際に僕が甘い台詞を吐いたりすることなど無いと解っているのだろう。
それでも一度くらいは言いたかった、といったところか。
くすりと笑みを漏らしつつ、ルビアの足と足の間に片膝を着き身体を密着させ、頬に手を添える。
僕が何をしようとしているのか理解できないらしく、珍しく動揺を見せるルビア。
元々ルビアが座っていた椅子に更に僕の分まで体重がかかって、椅子がきしりと音を立てた。
「愛してる」
「……え?」
「誰にも君を渡したくないくらい、愛してる。
頭のてっぺんから足のつま先まで、君の全身を余すことなく愛してる。
その柔らかい唇も、黒い髪も、大きな瞳も、全部全部愛してる。
この肌を傷つけるなんて許さないし、この唇が他の人間に愛を囁くなんて許さない。
君の全部を愛してるよ、ルビア」
独占欲をスパイス代わりに込めた睦言。
僕が囁けば囁くほどルビアは顔を真っ赤にしていって、俯こうとするのを顎に指を添える事で阻止してやる。
胸元をぎゅっと掴まれて、唇が少しだけ戦慄いているのが見えた。
「君の笑顔も、泣き顔も、全部覚えてる。
君が僕を呼ぶ声を聞くだけで幸せになれる。
手を繋げば温かくなるし、キスをすればもっと君が欲しくなる。
僕を全部あげるから、君の全てが欲しい」
「し、シンク…」
「君の全身にキスしてあげる。
何処からが良い?額?瞼?首筋?指先?
あぁ、唇は最期が良いね」
「シンク…あの、もう…」
「この細い身体も、僕が守るから。
だからこの肌を見せるのは僕だけにして、他の男になんて見せないで。
そんな物欲しそうな顔も、他の奴らになんか見せないで」
「も、もう…これ以上は…っ!」
涙目になりながらふるふると顔をふるルビアが可愛くて、そっと左胸に手を当ててみる。
いつもよりも鼓動が早く、そして微かに震えていた。
「ドキドキしすぎて、死んじゃいそう?」
笑みを漏らしながら聞けば、ルビアは唇を噛んでから僕の胸元に顔を埋めてくる。
数度頭を撫でてからキスを落とせば、ルビアが背中に腕を回して抱きついてきた。
「シンクがかっこよすぎて…死んじゃいそうです」
ポツリと呟かれた言葉に今度こそ笑いが漏れた。
くつりと喉で笑ったのが解ったのか、ルビアが少しだけ唇を尖らせて見上げてくる。
「ドキドキしすぎて心臓がいくつあっても足りないのですよ」
「それは困る…ルビアが死んだら誰が僕を支えてくれるのさ」
ふざけて返した言葉にルビアが再度唇を開こうとするのを、キスをして無理矢理飲み込ませる。
何度も何度も角度を変えて啄むようなキスを繰り返し、きつく抱きしめながらうなじをなぞる。
ぴくりと反応する体がいとおしく、ルビアの唇を舐めれば僅かに開いた隙間に舌を滑り込ませた。
「ん、ふ…ぅ」
バードキスから、ディープキスへ。
そのまま舌を絡ませあい、お互いの酸素を奪い合うようにしてキスを繰り返す。
ルビアは何度やっても慣れないらしく、つたないながらも僕の舌に応えようと頑張っているのが解る。
「……愛してる」
「…私も、愛してる、よ」
唇を離して囁けば、呼吸を整えながらもルビアも答えてくれた。
あぁ、そんな顔しないで。今すぐ啼かせたくなるから。
「…ベッド行こうか」
「え?ま、まだ仕事が…!」
「ルビアのせいだから。大丈夫、ベッドでもたくさん、ね」
「し、シンク!?」
椅子から足を下ろし、そのままルビアを抱き上げて隣の私室へと向かう。
書類は確かにまだ残っているが、提出期限に余裕はあるし少しくらいサボっても問題ないだろう。
それよりも今はルビアをいじめたい。
「逃がさないよ?」
「……知ってる」
ベッドの前でそう言ってやれば、苦笑混じりにそう返された。
解っているのならば話が早いと、ベッドに降ろしながらキスを落とす。
さて、僕の愛は伝わっただろうか?
砂糖菓子より甘く
甘々目指したのに何故か前半がギャグに。なんで?
唐突に甘ったるい台詞を吐くシンクを書きたくてこうなりましたが、書き終わった後自分がチキン肌になっていた不思議←
14.07.21
前へ | 次へ
ALICE+