お題箱SS詰め合わせ(小さなご褒美)


「女のくせに」

 昔からその言葉が嫌いだった。百七十を優に超える身長がコンプレックスだった。
 男の子達に見下すなと突っかかれるのが嫌で仕方なくて、余りにも絡まれるものだから開き直った私はヒールを履くようになった。
 身長差でどうしても見下ろす形になるだけなのに、そんなにも見下すなというのであれば本気で見下してやろうと思ったのだ。

 ヒールを履くと優に百八十を超える私を嫌そうに見上げて嫌味を投げかけて来る男達を鼻で笑って叩きのめす。剣士の多い神託の盾騎士団では、リーチの長い槍を使う私の方が圧倒的に有利だった。
 そうして同僚をぶちのめし続けたのが悪かったのか、新しい師団長の補佐を命じられた時は舌打ちをしたくなった。

 新しい師団長はまだ十五にもなっていないらしい。遠目から見ても小柄な男の子という印象を持った覚えがある。
 また嫌そうな顔をされるか、はたまた嫌味でも言われるか。

「女のくせに」

 そう言われる未来が簡単に想像できて、ケッと唾を吐きたい気分だった。

「お前が補佐?」

 しかし私の想像に反して仮面をつけた新しい師団長は私の身長を揶揄することもなければ、女だてらにと嫌味を言われることもなかった。
 身長差のせいで声が聞こえ辛いと、屈めと命じられることは何度かあったが、仕事さえできれば良いという彼の態度のお陰で仕事はしやすかった。

 師団長と接していく内に彼の態度がフラットなのは決して私の内面を見てくれているからだとか、そういう理由でないのはなんとなく察せられた。
 ただ彼は人が嫌いなのだろう。みんな嫌いだから、私の身長が高かろうがどうでもいい。男だろうと女だろうと、仕事さえすれば問題ない。近くに居れば、そんな雰囲気が察せられる。
 だから彼の態度はフラットなのだ。誰に対しても。そう理解してからは、無理にかかわらないよう気を付けるようになった。

 そうして適度な距離感を保ちながら仕事に打ち込んだのが良かったのかもしれない。あるいは無理に踏み込まないことで少しは気を許してくれたのか。
 気付けば第五師団の中でも師団長の隣にいるのが当たり前になって、師団長のお気に入りと称されるようになり、人当たりの悪い彼への繋ぎ役として頼られるようになった。
 相も変わらず私が見下ろすことに顔をしかめる男は居るが、師団長のお気に入りという立場が彼等の口を噤ませる。槍でぶちのめす回数はかなり減って、私を取り巻く環境はかなり改善されたといっていい。

 だからだろうか。ある日資料室で過去の記録を漁る師団長の隣に立ち、荷物持ちに徹していた時のこと。
 師団長のふわふわした緑色の髪を見下ろしながら、不意に問いかけたくなった私は素直に口を開いた。

「師団長は、私を隣に置くことが嫌ではありませんか?」
「何、急に」

 相も変わらずクールな師団長は、私の質問に視線ひとつ寄越さない。けれど私の質問を咎めるでもなく、指で資料の挟まったバインダーの背表紙をなぞりながら目的のものを探し続けている。

「個人差はありますが、男性は自分より高身長の女を気に入らないことが多いようなので」
「くだらない」

 私の主張を師団長はあっさりと切り捨てる。実際考えたこともないのだろう。師団長がそんなことを気にする性質ならば、私はとっくに補佐から外されている。
 けれど私の質問によって、師団長は別の事実に気付いたらしい。

「ああ、だからお前は時折師団員をぶちのめしているのか」
「はい。女のくせに生意気だと言われるもので。まあそういう輩はヒールで踏みつぶしてやりますが」
「いいね、すり潰してやりな」

 はん、と鼻で笑いながら私刑を許可された。師団長からの許可も得たので、次からはもっと念入りに踏みつぶしてやろうと思う。股間のあたりとかどうだろう。きっと悲鳴を上げて喜んでくれるに違いない。

「で、お前も僕が身長差を気にしてると思ったわけ?」
「だって師団長、陰口叩かれてるでしょう。チビって」
「まあね。どうでもいいけど」

 お目当てのファイルを見つけたらしい。ファイルを引き抜きながら師団長は至極どうでもよさそうに言う。
 この口ぶりからして、本当にどうでもいいと思っているようだ。それを察した私は、これ以上話す必要はないなと判断した。

「師団長が気になさらないのなら、いいんです。くだらない質問をしてすみませんでした」
「そ。解ったならわざわざ僕の陰口を叩いていた奴等をぶちのめさなくていいから」
「……ご存じでしたか」
「まあね」

 気まずげに視線をそらす私が抱えているファイルの上に、書棚から引き抜いたファイルをひとつふたつと重ねていく師団長。
 腕にずっしりとした重みが追加されていくが、槍で鍛えている身体にはこの程度の重みなどへでもない。
 しっかりと抱えながら言い訳が必要かと口をもごもごさせるが、師団長ならばそれも不要だろうと喉奥へと呑み下す。

「次からは無視します」
「それでいい。ああ、でも」

 ファイルを引き抜く手を止め、師団長は私を見上げた。金色に紅色の紋様が描かれた仮面を見下ろすのはいつものこと。

「上官の名誉を守ろうとした補佐官に、ご褒美は必要かな?」
「えっ」
「跪いて」
「あ、はい」

 ご褒美。
 師団長の口から聞くには余りにも不釣り合いなその言葉に驚き、命令されるがままに床へ膝をつく。
 反射的に見上げようとしたところで頭を上から押さえつけられ、慌てて頭を下げる。顔を見られたくないのだろう。
 そのまま黒手袋のされた手の平に髪をかき混ぜられて、師団長に頭を撫でられるという想像もしていなかったシチュエーションに私は半ばパニックに陥っていた。

「し、師団長? あの……これは、何を?」
「何って、ご褒美」
「ごほうび」

 お使いが出来た子供を褒めるようにわしゃわしゃと頭を撫でられる。その力が余りにも強いものだから、ぐらんぐらんと私の頭も揺れる。師団長、頭を撫でるのへたくそですね?
 それでも頭を撫でられるなんて幼い時以来だ。思っていた以上に嬉しくて、私は師団長にされるがままになった。

「うん。お前を見下ろすのは少し気分がいいな」

 これまた滅多に聞かない、少しだけ弾んだ声音。最後にぽんぽんと頭を叩いて、師団長の手は引っ込んだ。
 そのまま私に背を向けて歩き出した師団長に、慌てて立ち上がって後を追う。

「その、師団長。ありがとうございます……嬉しかったです」
「そ」
「あの、頑張ったらまた褒めてくれますか?」
「気が向いたらね」

 ひらりと手をふりながら言われた言葉に私は嬉しくなった。
 この言い方なら本当に気が向いたら頭を撫でてくれるに違いない。

「私、頑張ります」
「そうだね。精々馬車馬のように働きな」

 辛辣な物言いに反してその口調は気安い。師団員達は滅多に聞かない、師団長の軽口だ。
 はい! と元気に返事をすれば師団長が振り返る。僅かに見える口元がにんまりと笑った。

「おすわりが好きだなんて、お前も変わり者だね」
「わん」
「お手」
「ちょっと両手が塞がってるので無理ですね」
「それはそう」

 軽快なやりとりをしながら資料室を出る。
 いつの間にかこんな軽口を叩ける程度に師団長との距離は近づいていたのだな、と今更ながらに気付く。

 気付いた途端に心臓がどきりと跳ねた気がしたけれど、きっと気のせい。
 ただこれからもこの人の隣に居たいなと思ったことは、きっと気のせいじゃない。

お題:体格差


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