(落雷)
「シンク!シンク!凄いです!光ってます!」
「光ってるのは解ったから落ち着け」
大雨。
バケツの水をひっくり返したような雨が降る中、ごろごろと腹の底に響くような音が鳴り、雲間から光が走る。
いわゆる雷なのだが、何故かうちの副官兼僕の恋人は窓にへばりつきそれに喜んでいる。
深夜というのも相まって結構な迫力があるそれは普通の女であるなら怖がるもんだと思うんだけど、どうやらウチの副官は普通じゃないらしい。
……今更か。
「落ちますかねぇ、これ」
「落ちたら仕事が増える」
「そっちですか?」
「それ以外に何があるのさ?」
「結構綺麗なんですよ」
「知らないよそんなの」
適当に受け答えをしつつ書類にペンを走らせる。
いい加減タワーと呼ぶ程ではなくなったものの、それでも多いものは多い。
ルビアが大半を終わらせてくれるとはいえ、やはり僕でなければ決済できない書類というものはあるのだ。
「それより仕事は終わらせたからそこではしゃいでるんだよね?」
「当たり前じゃないですか」
「それじゃあコレを主席総長のところへ、後コレを特務師団に、それから」
それならば使いっぱしりにしてやろうと書類を取り分けていたら、一際大きな音共に一拍遅れて鮮烈な光が走る。
そして数度の点滅の後、室内を照らしていた音素灯が消灯した。
「……落ちましたね、雷」
「君が不吉なこと言うから!」
「えぇ!?私のせいなんですか!?」
音素灯は普段第五音素か第六音素を使用して光っているのだが、極稀に落雷などの第三音素の過剰供給により、譜石がオーバーヒートを起こし停灯してしまうことがある。
教育の一環として受けてはいたが、実際に遭遇するのは初めてだった。
「コレどれくらいで直るわけ?」
「譜石が過剰供給された音素を排出するまでです」
「つまり解らないわけだ」
「はい。譜石が壊れてないと良いのですが…」
そうなれば譜石を交換しない限り、音素灯は復活しない。
これでは仕事ができないとペンを放り出し、暗闇の中未だに窓に張り付いているルビアへと向き直った。
こうなれば堂々とサボるしかない。
「そういえばシンクは停灯は初めてですか?」
「そうだね。雷自体は何回か見てるけど、停灯は初めてかな」
「心細かったりしませんか?」
「しないよ。そこまで子供じゃない」
「あはは、中身は子供じゃないですか」
「その子供と付き合ってるのはどこの誰さ」
最高に失礼な恋人に対して嫌味を返しつつ、席を立ってルビアの隣に移動する。
窓を叩く雨音は相変わらずで、むしろ激しくなっている気がする。
「そんなに楽しい?」
「雷ですか?」
「そ、煩いだけじゃないか」
「そんな事無いですよ。ピシャッてなるととっても綺麗なんです」
「それ落ちるときの音だよね?」
窓の外を眺めながらそんな事を話してたら、二度目の落雷。
一筋の閃光が走り、地面へと線を走らせた。
「……もう君落雷の話しないで。また落ちる気がする」
「また私のせい!?」
うん、確かに綺麗といえば綺麗だけど、ルビアが話すたびに落雷が起きている気がするので釘をさしておいた。
横暴だというが、これ以上音素灯に第三音素を供給するわけにはいかない。
音素灯が着かなければ仕事ができないのだ。
ため息をつきたい気持ちをぐっと堪え、窓に手をついて雷を見つめるルビアの横顔を眺めた。
本当に何が楽しいのか解らないが、ルビアの横顔は真剣そのものだ。
「……ねぇ、ホントに何が楽しいのさ」
「へ?う、うーん…楽しいというか、なんかこう、恩恵を受けられないかなーって」
「帯電したいの?」
「どうしてそうなるんですか!」
「君の発言が意味不明だからだよ」
訳の解らないことを言い出すルビアに対してそう突っ込めば、うーんと唸り込みながら腕を組んで考え始めた。
それから再度雷へと視線を向けつつ、口を開く。
「雷って、一瞬光るだけに見えて物凄い量のエネルギーがあるそうなんです。
力強くて、鮮烈で、暗闇の中で誰よりも負けない存在感を持っている…いわば力の象徴みたいな感じに見えるんですよ。
私は、もっともっと強くなりたい。
だから恩恵を受けられないかなって、参考にならないかなって見てたんです」
「今でも充分強いだろ…」
「私、欲張りなんです。守りたいものがたくさんたくさんあるんです。
けど弱くちゃ守れないから…だから、もっともっと強くなりたいんです」
そう言ってへら、と笑うルビア。
その守りたいものに、きっと僕は入っているんだろう。
自惚れ何かじゃなく素直にそう思えるのは、ルビアがどれだけ僕を愛してくれているか知っているからだ。
ルビアを背後から抱きしめ、肩に顎を置く。
窓の外を見れば未だにザァザァと雨は降り続き、遠くでは雷が光っている。
「じゃあ、僕もあやかれるかな…」
「シンクも強くなりたいんですか?」
「なりたいよ。君の隣に立ち続けられるようにね」
守りたいんじゃなくて、隣に立ちたい。
そう言えばルビアは僕を振り返りながらはにかむような笑顔を見せてくれた。
「シンクが隣に居てくれれば百人力ですね」
「事務仕事以外はね」
「確かに」
まぜっかえしてやればルビアはくすくすと笑った。
この笑顔を守るためにも、強くあり続けたいと素直に思える。
大切な、僕の恋人。
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