「殺さないで」「嫌だよ」(おまけ)
「ねえ、これなんだけど」
「はい」
恋人になっても仕事があるのは変わらない。元々私は師団長の補佐官だ。
仕事中は師団長と呼ぶけど、プライベートな時はシンクと呼ぶようになった。仕事中は仮面越しに師団長を見るけど、プライベートでは素顔を見るようになった。
それくらいの差しか出ないと思っていたけど、師団長は思っていた以上に私のことを好いてくれていたらしい。
デスクから立ち上がった師団長が書類を片手に私の側へとやってくる。
反射的に立ち上がった私の椅子を引き、デスクと椅子の間にスペースを作ったかと思うと再度椅子に座らされた。何なんだ。
師団長が何をしたいのか解らなくて頭の中で疑問符が飛び交っていたのだが、あろうことか師団長は私の足の間にどっかりと腰を下ろした。
この人何してんの????
「今度二十三地区に第四・第五小隊を派遣するだろ? その際の治癒術士の──」
師団長が何か話しているがちっとも頭に入ってこない。頭の中では疑問符がタップダンスをしている。
私の視界には師団長のふわふわした緑色の髪越しに書類が見えるが、脳みそが文字列を追ってくれない。
いやこの人何してんの????
「ちょっと、聞いてる?」
「まったく」
「何でさ。というか見えてる? ちゃんと見てよ」
そう言って師団長の腕が上げられたかと思うと、私の頭を押さえて師団長の肩に押し付けてきた。
なるほど、確かにこれなら書類もよく見えますね??
違う。そうじゃない。
「それで見ての通りこの小隊はガーターが多いけどルーンが少ないから──」
頭の中で疑問符がマイムマイムをしている。
師団長が何か話しているが、やっぱり頭に入ってこない。
「あの、師団長」
「なに?」
「この体勢は一体……?」
何故私が師団長を抱きこむような体勢を取らされているのか。仕事に私情は持ち込まないんじゃなかったのか。
未だ理解が追い付かない私を振り返り、師団長が当然のように言った。
「だって同じ書類を見るならこっちの方が見やすいだろ?」
そういう問題なんです??
頭の中で疑問符がトリプルアクセルを決めている。
当然のように言われたけれど絶対に違うと思うんだ。確かに見やすいけども。
師団長はようやく私がちっとも話を聞いていないことに気付いたらしい。
ふっと笑うと、私の手をとって師団長の腹部へと回した。
「別にいいだろ? お前はもう僕のものなんだから」
「えっ、と……仕事中は、仕事に集中したく」
「すればいいじゃないか。というか仕事中に仕事に集中するのは当たり前だろ」
「それはそうなんですけど。それはそうなんですけど!」
何を当たり前なことをと言わんばかりの口調に反射的に抗議の声が出た。
この体勢で集中なんて出来るか! という私の主張はようやく届いたらしい。
ああ、と何かに納得した師団長が切り捨てるように言う。
「慣れて」
「そんな無茶な」
今も心臓がドンドコ言っている。これに慣れる日が来るとは到底思えない。
立ち上がろうにも師団長のお腹に回された手を上から抑えられているせいで立ち上がれない。
逃げ場のない私にできるのは師団長に許しを請うことだけだ。
「無理です……どうか、どうかご勘弁を……」
「ふうん? この程度で緊張して仕事を放りだすようなら僕も考えがあるけど?」
「殺さないで」
「嫌だよ」
反射的に懇願したところでさっくりと切り捨てられる。
そんな殺生な、と声にならない悲鳴を上げたところで、師団長がニヒルに笑った。
「お前は僕と一緒に地獄に落ちるんだから」
救いようのない「愛してる」に、今度こそ私は全てを諦めた。
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