後悔の先(後悔の先U)
ND.2023
結婚式は密やかに行われた。
二国は盛大な結婚式を行い慶事だと主張したかったようだが、私の身分が低いことと婿本人の願いによって身内だけの質素な式となった。
何よりもピオニー陛下がその意見の後押しをしてくれたのが効いたのだろう。母と弟に見守られ、私はこの男の妻となった。
それからグランコクマにあるという男の屋敷に移り住んだ私だったが、まず行ったのは屋敷の大掃除だった。
この男、ありえないことに使用人を一人も雇わず、屋敷では研究するか寝るかしかしてなかったのだという。
今まで一人で暮らしていたのであれば問題ないだろうが、私もこれからこの屋敷で暮らすのだ。屋敷に他人は入れたくないという男を一喝し、人を雇い屋敷の大掃除をしたのは記憶に新しい。
それでもまぁ他人の気配は研究の邪魔だというから最大限譲歩して、一週間に一度通いの使用人を入れる事で妥協した。
だって、男が行っているのはルーク様のような犠牲者を出さないための研究だというではないか。それならば私も止められない。むしろやってくれと思う。
大爆発の防止とかいう、彼の行っている研究の説明されたが、正直何を言っているのか理解できなかった。だが理解できなくても問題ない、と私は思っている。
私の仕事は旦那の研究内容を把握することではなく体裁を整えることだ。だからそれを正直に言えば、男は黙って自宅に居る時は研究に没頭した。
それでいい。それがいい。顔を見なくて済むし、ルーク様のような犠牲者が減るのは良いことだ。
今もまだレプリカ問題は尾を引いている。その犠牲者が減るのならば私は喜んで男を缶詰にしよう。
それでもまぁ、男をずっと缶詰にできるわけではない。軍属にして研究者、皇帝の懐刀であり英雄である彼は実に忙しい存在だった。
夜会や売り込みなどの貴族として必須である社交場への誘いは全て断っていたようだったが、それでも王宮に出向いたり軍に足を運んだり、はたまたグランコクマのレプリカ保護施設へ視察へ行ったりと。私の仕事は彼らに角が立たないように断る事で、同時に時間の調整を行うことでもあった。
だいぶ助かりますと男が素直に口にした時は吐き気がしたが。
そして今日もまた、男と共に私はグランコクマの王宮へと足を運んでいる。
先立っての結婚式の件で議会が未だに文句を垂れているらしく、それを抑えてくれているピオニー陛下にお礼を言いに行くらしい。
なるほどそれならば私も行った方が良いだろうと、失礼でない程度の衣服を着込み手土産を持ってこうして男と共に馬車に乗り込んでいる。
元々愛し合って結婚したわけではない。必然的に馬車の中は無言が支配し、私もまた話す気力すら湧かないために黙って窓の外を見ていた。
気まずい、とは思わなかった。むしろ当然の沈黙だと思っていた。だから男が王宮に着くまで続くと思っていた沈黙を破ったことに、私は密かに驚いていた。
「……正直、驚きました」
「……何に、驚いたんですか」
「貴方が私の妻として働いてくれることに、です」
「それは……とても失礼ですね。私が私に課せられたことを放り出すような人間だとでも?」
「しかし、貴方は私を愛しているわけでもなく、また望んだ結婚でもないでしょう。貴方は私に請われ、仕方なく結婚しました」
「……いくら望んでいないからといえど、貴方を愛していないからといっても、最終的にその手を取ったのは私です。それならば、私は私に課せられた義務は果たします。それは私が大人だからです。嫌だからといって目を背け、しなければならないことから逃げることが許されるのは子供だけです」
それは大人であれば当たり前のこと。
しかし男は僅かに目を見開いて驚いていた。私は男が驚いたことに驚き、同時に何に驚いているのかが解らなかった。
嫌だからと、逃げ出せるものでもなければ放り出すことができるものでもない。仕事というのはそういうものだ。
「……では、五年前の私は子供以下だった、ということですね」
「子供を生贄にしている時点で解りきったことでしょう。何を今更」
私の言葉に男は黙り込み、それ以上口を開くことは無かった。今度は少しだけ気まずかったが、責められたいと言ったのは男だ。
それに男から五年前にあったことを詳しく聞いて、私の憎悪は更に膨らんだ。優しくしてやる気など無い。私が妻としての義務を果たすのと、男を責めるのは別の話だ。
それから沈黙を経て辿り着いた王宮だったが、私は王宮に足を踏み入れた途端反射的に顔を顰めそうになった。
「ルビア? ルビアじゃないか! 久しぶりだな!」
水面に反射してキラキラと輝くレムの光のように爽やかな好青年。
ガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵に声をかけられ、私は胸糞悪い気分を必死に押し込め、それでも歪む口元を扇子で隠しながら足を止めた。
隣を歩いていたジェイドも足を止め、下がってもいない眼鏡のブリッジを押しあげる。それが彼の表情を隠そうとするときの癖だと知ったのはつい最近のことだ。
「ジェイドの旦那も、居たなら声をかけてくれれば良かったのに。院の方には顔を出さないのか?」
「……相変わらずですねガイ。お久しぶりです。すみませんが、急いでるんですよ」
「そんなつれないことを言うなよ。最近めっきり王宮に顔をあわさなくなったじゃないか。こうして顔を合わせるのも久しぶりになるな」
はは、と爽やかに笑う彼の背後には何人かの貴族達。ガイに取り巻きができているとは聞いていたが、なるほど面倒そうな連中だと私は一瞥しただけで判断した。
あれはガイに心酔しているわけでも、ガイを慕っているわけでもない。ガイを利用したいだけの、欲の化け物だと判断したのだ。
「これでも忙しいんですよ」
「そうだよなぁ、旦那も今じゃ少将だもんな」
「まぁそれだけではないのですが……色々やることが多いもので」
「そうか。手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれよ。俺と旦那の仲なんだから」
「ええ、そうさせてもらいますよ」
隣に居る男が王宮に顔を出す回数が減ったのは、贖罪のために奔放していたからだ。それは彼のスケジュールを調整している私が一番よく知っている。
目の前の男はその内容を知らない。知らないからこそそんなことが言えると、そう思うと胸に暗いものが渦巻いた。
隣に立っている男もまた、許せるものではない。しかし目の前の男は己の罪すら理解しておらず、自らが贖罪をする立場だとは欠片も思っていないのだ。
憎悪の膨らみもまたひとしおというもの。胸の中に渦巻くほの暗い感情に自然と歪な笑みを浮かべてしまい、扇子で口元を隠していて良かったと改めて思った。
「……お久しぶりね、ガイ」
「あぁ、ルビアはなんでここに? ファブレの屋敷じゃめっきり見なくなったから心配してたんだぜ?」
そう言った途端、取り巻きたちの視線が険しくなるのを私と男は見逃さなかった。
気付かなかったのはガイくらいだろう。
「お屋敷はもう随分前にやめたのよ。今はこの人の妻になったの」
「旦那の? もしかして旦那が以前結婚したって噂は……」
「ええ、本当ですよ。式を挙げる際には陛下に大変お世話になりましたから、今日はそのお礼に来たんです」
暗に陛下を待たせるわけにはいかないという男に対し、ガイは爽やかに笑う。
ああ、その笑顔が上っ面だけのものだと今の私にはよく解る。
解るからこそ憎い。ガイラルディア、いえ、私達を殺そうとしていたガイ・セシル!
「ははっ、陛下はそんな堅苦しいことが好きじゃないって旦那もよく知ってるだろ。というか、結婚式を挙げたなら何で呼んでくれなかったんだ! 水臭いな」
「ですが必要最低限の礼儀というのはありますから。親しき仲にも礼儀あり、というでしょう?」
「そうね。ジェイドの言うとおりだわ。ガイ、私達急いでるの。陛下をお待たせするわけにはいかないもの」
「そんな硬いこと言うなよ。旦那もそうだが、ルビアだって本当に久しぶりじゃないか。積もる話とかも……」
「あら、良いの? 貴方と私がどこで出会ったとか、貴方が何故私と出会うことになったとか、おおっぴらにされて困るのは貴方じゃなくて?」
「……ルビア? 一体何を言ってるんだ?」
「ガイ、ルビアの言うとおりです。自分の身の可愛いならばこれ以上彼女に近付かないで下さい。それがなくとも、知己とはいえ人妻になれなれしく声をかけるのはどうかと思いますがね」
「あ、いや、俺はそんなつもりじゃ、」
まったく、私の嫌味はことごとくこの男には通じないらしい。
隣に立っている男に言われてようやく気まずそうな顔をしたガイだったが、ガイの取り巻きたちは冷や汗をかきながら私を見ていた。
やはりこいつ等は何かしらの理由をもってガイを利用しているのだろう。
時間に余裕を持ってはきたものの、再度陛下を待たせるわけにはいかないからと言って無理矢理話を切り上げて皇族の方々が住まうスペースへと向かう。
謁見の間ではなく、プライベートの時間でお礼が済ませられるのはやはり隣を歩く男が陛下の幼馴染だからだろう。
慣れない青に溢れた王宮に少しだけ緊張しつつ歩いていると、隣の男が突然足を止めて私を見下ろした。
「……何か?」
「すみません、ガイが居るとは思わなかったので」
「別に構いません。貴方がそこまでの気遣いができる人間だとは思ってませんから」
仲の悪い要人同士を会わせないように時間の調整をする、などという高度な技術を彼が持っているとは思えなかったし、本当に偶然会ったのだろう。
ガイ自身も久しぶりと言っていたからそこは疑っていない。
「ですが……気分は害したでしょう」
「そうですね。あの男は私達に笑顔で接しながら虎視眈々と復讐の牙を磨いていたそうですし。恐ろしい男です。大きな声ではいえませんが、何故陛下があんな男を重用するのか理解できませんわ」
「なるべく外でそのような発言はしないで下さいね。まあ陛下に関しては……目を離したら何をするか解らないでしょう?」
「ああ、鎖に繋いでいるんですか」
「そういうことです」
「貴方と同じ、ということですね」
「……そういうことです」
私の言葉に少しだけ苦々しげな顔をした後、それでも肯定した男を見て私は再度歩き出す。
等間隔で立っている鎧を着た近衛兵達を見て、白光騎士団を思い出した私はやはり根っこはキムラスカ人なのだろう。男もまた私の後に続き、そして隣へやってくる。
「ですが、今後あのような発言は控えてください」
「あのような発言?」
「ガイを挑発したでしょう。ガイは気付いていませんでしたが……」
「取り巻きの連中は射殺さんばかりに私を見ていましたね」
「それです。貴女が隣に居る限り、私は貴女一人を守りきる自信はあります。しかし離れていればそれも難しい。わざわざ自分の命を危険に晒すような真似はしないで下さい」
今度は、私は自分の意思で足を止める。
そしてまじまじと男を見れば、釣られて足を止めた男は黙って私の視線を受け入れていた。
「今、私の心配をしたように聞こえたのですが」
「ええ、事実心配しましたから」
「……鳥肌が立ちました」
「夫が妻の心配をして何が悪いんです?」
「吐き気がするからやめてもらえます?」
「それでは子供を作るなど夢のまた夢ですねぇ。養父母は若い嫁が来たのだからと孫を楽しみにしているのですが」
「夜這いをかけてくるようでしたら連日夜会の予定を入れて差し上げます」
「……肝に銘じておきましょう」
明後日の方向を向いて眼鏡のブリッジを上げる阿呆な旦那に呆れのため息をつき、再度足を動かす。
そしてピオニー陛下にご挨拶をした私達だったが、そこには予想外の存在も待っていた。
「この人が、ジェイドさんのつがいになった人ですの?」
「ええそうです。昔のルークを、まだ私達に出会う前のルークを知っている人ですよ」
「! ご主人様を知ってるですの? ぼくはミュウですの! お願いがありますの! ご主人様の話をして欲しいですの! たくさんたくさん、してほしいですの!」
白いパンツを履いたような魔物……もといミュウと名乗ったチーグルは、よちよちと歩み寄ってきたかと思うと無邪気に私にルーク様の話を求めてきた。
話には聞いていたが、ルーク様は本当に聖獣チーグルを従者としていたらしい。
陛下と旦那から許可が降りた為、二人が話している間私はミュウとルーク様の話をした。懐かしい懐かしい、あの平和だった頃の話だ。
「ミュウは……ルーク様が大好きなのね」
「はいですの! ご主人様はずっとずっとミュウのご主人様ですの。ピオニー陛下がここで待ってて良いって言ってくれたから、ミュウはずっとご主人様を待ってるんですの!」
「そう。ルーク様はお優しい方だもの、ミュウが待ってると知ればきっと喜んで下さるわ」
「はいですの! ルビアさんも、ご主人様を待ってるですの?」
「……いいえ。でも、私もルーク様が大好きなの」
「ご主人様は優しい人ですの! ルビアさんが大好きになって当たり前ですの!」
主人を自慢するように胸を張るミュウ。
ミュウよりもっと前にルーク様にお会いしているのだから胸を張る立場が逆な気もするが、ミュウの姿が微笑ましかったために私はそれを指摘することなくくすくすと笑った。
その隣で旦那と陛下が難しそうな話をしていたが、私にはよく解らなかった。
ただキムラスカの状況がよくないと、そう聞こえた気がした。
脳裏を掠めたのはインゴベルト陛下の後を継いだというナタリア様のことと、ナタリア様と結婚したというオリジナルルークのこと。
彼等がまともに国を治められるかと聞かれれば、難しいだろうと思ってしまうのは私が彼等を憎んでいるからだろうか。
そんな事を考えながらぼんやりしていると、ミュウがつぶらな瞳で私を見上げてくる。
頭を振り、物騒な思考を追いやってから、私はミュウとの会話を続けた。帰ったら旦那に聞いてみようと、密かに決めて。
前へ | 次へ
ALICE+