SS詰め合わせ(所詮、それだけの関係だった。)
適当に引っ掛けたその子を家に招いたのは、あからさまな危うさが目についたからだった。
特に過去を聞いた訳でもない。家庭環境が宜しくなさそうな気配はするが、本人の口からは何も語られない。
それでも抜き身の刃のような攻撃性とガラスのような脆さが同居しているような子だと思ったのだ。
だから家に招いて、居つくことを許した。そんなことでこの子が心を開くこともなければ感謝してもらえるなんて欠片も思ってなかったけど。
ただ私も人肌が欲しかったのだ。後腐れのない関係が良かった。
変に愛だの恋だの持ちだされると色んなしがらみが絡み合って面倒くさいことになる。
自分のメリットと、スプーン一匙程度の良心。あるいは同情。
そんなものを理由に、私はシンクという少年を家に住まわせていた。
それでも肌を重ねれば解ることもあるし、情だって生まれる。
覚えたばかりのセックスに私の好みを教え込んだのは、家賃替わりの要求だった。
シンクもシンクで嫌いじゃないのだろう。まああの年頃の男の子なら猿みたいに盛っていてもおかしくない。
その点、身体は熱くなっても芯は冷めてるシンクは年の割には理性的と言える。
けれど、互いの本能をむき出しにしたその姿から見えるモノがある、と。理解しきれていないのはやはり若いからか。
例えば歯形が付くくらいに噛みつかれたりとか。指のあとが残るくらい肩を抑え込まれたりとか。
加虐趣味なのかと思ったが、一種の所有印だと気付いてしまえば後は簡単だった。
例え一時だけのものだとしても、自分のものが欲しいのだ。この子は。
私も女だ。肌に残った痕を見る目に乗る色で解ってしまった。
だけど私の全部に手を伸ばす気はない。そこまで私に執着していない。むしろ私から手を伸ばせばすぐに逃げ出してしまうだろう。
それが怖いからか面倒くさいからかは分からないが、結局は私にそこまで価値を見出していないというのが一番の理由だろう。
女として少し矜持を傷つけられたような気にもなるが、けれどそれくらいの距離感が欲しくて家に置いているのは私だ。
だからこれはちょっとした悪戯のようなものだ。
いつか消える傷跡を付けたがるこの子に、アクリル板を爪先で引っ掻くような、薄いけれど絶対消えないような傷跡を付けてやりたくなっただけ。
責任なんて取るつもりはない。だってそうでしょう。お互い、そんな関係じゃない。
「ねえ、少し悪いことしてみない?」
お互い汗をかいた後に、出すだけ出してこちらに興味を失ったシンクに声をかけてみる。
冷めた顔でスマホをいじる少年に、いつも運動後の一服に吸っている煙草を差し出す。
面倒だという態度を隠しもせずに、緑色の瞳が此方を見やる。
「一本どう?」
「……まずそう」
「いい子ちゃんみたいなこと言うね」
いい子で居るのが嫌な子供は、そんな私の誘い文句に煙草に手を伸ばす。
一本取りだして、口に咥えてライターで火をつけようとするがうまくいかない。
だから同じように一本取りだして手本でも見せるように火をつける。
「咥えたまま思い切り吸ってみて。分けてあげる」
怪訝な顔をしながらも言われた通りにする子にちょっとだけ可愛いと思った。
初めてのシガレット・キスに思い切り肺まで入れてしまったのだろう。
盛大に咽こむ姿にケラケラと笑えば涙目で睨まれる。
「灰、落とさないでね」
当然謝る気なんてないからそう言ってやれば舌打ちが返ってきた。
けれど数度のふかしを経てから上手に吸えるようになる姿はアンバランスで非道徳的だった。
この光景を作ったのが自分だと思うと気分が良い。
「また悪い大人に悪いこと教えられちゃったねえ」
「これのどこがうまいわけ?」
「まだ大人の味は解らないかァ」
「……子ども扱いするな」
嫌そうに言われた台詞にまたくすくすと笑ってしまう。
子ども扱いもなにも、まだ子供だろうに。
まあヤってることをヤっている以上、私も子ども扱いしていないといえばしていないんだけど。
結局シンクは煙草の良さなんて解らないとでもいうようにさっさと最初の一本を捨ててしまう。
それを見守ってから、私もまた吸い終えた煙草を潰してシャワーを浴びるためにベッドから出た。
ピロートークなんて柄じゃないのだ、お互いに。
それから三か月も経たない内に、シンクは私の部屋を出ていった。
帰宅したら私物が全てなくなっていて、二度と帰ってこなかった。
まるで死にに行く猫のような去り方じゃないか。
けれど私の煙草が一箱とライターが一本なくなっているのを見て、くすりと笑みが零れる。
灰皿に不自然に増える吸い殻にこっそり吸っていたのは知っていたが、どうやらしっかり喫煙者となってくれたらしい。
体を投げ出すように椅子に腰かけ、煙草に火をつける。
チリチリと燃えていく葉っぱはすぐに燃え尽きて、フィルターに辿り着く前にそれを灰皿に押し付けて揉みつぶす。
私の身体に残された痕はその内消える。そうしたらいずれあの冷めた緑の瞳を思い出すこともなくなるだろう。
所詮私達にとってお互い煙草の吸い殻程度の価値しかなかったのだからそれで構わない。
けれどあの少年に凝視しなければ気付けない程のわずかな傷をつけられたのだと思うと少しだけ気分が良かった。
「かわいそうにねえ」
笑いながら言った言葉に返事をしてくれる相手はいない。そもそも返事なんて求めてないから、うんと伸びをしてからシャワーを浴びようと席を立つ。
そこで灰皿の中に溜まった吸い殻が目について、適当な袋に詰めてからごみ箱の中に放り込んだ。
所詮、それだけの関係だった。
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