SS詰め合わせ(密会)
※カップリングのつもりで書いていません。
※シンク♀に蹴っ飛ばされるアニス♂が書きたかった。
この時間は、嫌いだ。
人気のない廊下を小走りに歩く。周囲に人の気配がないのを確認しながら集合場所へと急ぐ。
大詠師モースの推薦で導師守護役として抜擢された自分を疎む人間は多い。一つでも隙を減らすためにも、人目につくのは避けたかった。
何よりイオン様はお優しい方だ。また僕がいじめられていると耳にしたら、他の守護役達を遠ざけかねない。
自分みたいな、スパイのために放り込まれた守護役だけを頼りにしないでほしい。
罪悪感や純粋な心配、そしてほんの少し面倒だというごっちゃに混ざった心がそんなことを考える。
導師の法衣に身を包み、少女らしさを集めて柔らかくくるんだような自分の主人を思い出す。
聖母のように誰にでも優しいあの人は、モースや詠師たちにお飾りのように扱われても文句ひとつ言わない。
身体が弱いのは事実だが、それでも教団の最高指導者にする扱いではなかろうに。
下唇を噛んだところで集合場所にたどり着いた。
足を止めて周辺を見渡しても、レムの落ちた教団内は薄暗く視界が悪い。特に人通りの少ないこの辺りは壁のランプも最小限しか点いていない。
遅刻はしていない筈だと思いながらも待ち合わせ相手を探せば、柱の影からぬるりと漆黒を纏った少女が現れた。
深緑の髪を無造作に肩に流し、顔を隠す金色の仮面をつけている。その髪色はイオン様とよく似ているくせに、性格は正反対の少女だ。
「遅い」
「……遅刻はしてない筈だけど」
「ワタシより後に来てる時点で遅いんだよ。自分の立場を自覚してないの?」
なんとも理不尽な言葉に反論しようとして、気力で言葉を呑み込む。表面だけの謝罪をすればすぐに情報提供を求められた。
といっても大したものはない。せいぜいイオン様に近づこうとしてきた奴等の名前を羅列するくらいだ。
イオン様は殆どの時間を自室で過ごす。それを知っているくせにこうして定期的に動向を報告させる理由が解らなかった。
それでも疑問を呈したところで答えてくれる筈もないので、従順な態度を貫く。一通りの報告を終えれば目の前の少女……シンクが腕を組んで笑った。
「ちゃんと大人しくしてるみたいだね……そのまま監視を続けろ」
「解ってる」
「余計なことはさせないように」
「……イオン様はそんなことしない」
つい、そう言い返してしまった。解った、と言えば良かっただけなのに。
案の定、僕の言葉にシンクの唇が歪む。嘲笑うように口角を上げる姿に後悔するももう遅い。
「へえ、監視対象に情でも沸いた? アニス・タトリン。やっぱり自分の立場ってものが解ってないんじゃない?」
「うるさいな。仕事はしてる。文句を言われる筋合いはないはずだけど?」
ねっとりと人の神経を逆なでするような声音だった。こういうのはよく知ってる。人の傷を抉るのが大好きな類の奴だ。
腕を組んだシンクがゆっくりと近づいてくる。絨毯の敷かれていない廊下でも、足音一つ立てない。
仮面越しに僕を見上げる少女は、本当にイオン様と似ても似つかない嫌な奴だ。
「お前の仕事はあいつを裏切ることだ。それを忘れないことだね」
傷口に爪を立てるように言われた台詞に苛立ちを覚え、拳を握り締める。
解っている。最初は渋々だった。でも今は守りたいと思っている。それも本音。そこから生まれた罪悪感を、この少女は容赦なく抉ってくる。
感情が顔に出ているのだろう。胸の下で組んでいた腕がほどかれ、黒手袋のされた指先が僕の顎を撫でた。
「なぁに、その顔。事実を指摘されるのがそんなにイヤ?」
くすくすという含み笑い。僕を傷つけるのが心底楽しくて仕方がないらしい。
奥歯を噛み締め、その手首をつかむ。拳闘士である少女の手首は、思っていたよりも細かった。
「シンクも、僕が男だってこと忘れてない? そんなに無防備に近づいてきていいの?」
軽い意趣返しのつもりでその腕をきつく握り、笑ってやる。
シンクの唇がすとんと口角を落とした。きっと仮面の奥では無になった瞳があるのだろう。
それだけで少しやり返せたような気になっていたのだが、次の瞬間足に痛みが走るのと同時に世界がひっくり返る。
強かに尻もちをついたところで、足払いをかけられたのだと気付いた。
「お前が男だから、何? 無様に転がることしかできないくせに」
見上げれば鼻で笑いながらシンクが僕を見下ろしていた。
ブーツで包まれた足が僕の腹を踏みつける。軍服の隙間から覗く足は、イオン様のものと違って健康的でしなやかだ。
六神将の一角。烈風の二つ名をいただく少女は性別というハードルをいともたやすく踏み越え、僕を見下ろしている。
圧倒的な実力差を見せつけられ、悔しさに奥歯を噛み締める。
「帰り道はちゃんと歩いて帰ることだね、導師イオンのスパイくん?」
軽く蹴っ飛ばされ、シンクがくるりと背を向ける。
もう話すことはないと言うように、また足音もなく闇の中に消えていく。
完全に居なくなったと確信できるまで暗闇をねめつけ、舌打ちと共に悪態をついた。
「月夜ばかりと思うなよ」
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