身から出た錆(身から出た錆06)


投げやりにガイの牢屋行きを命じたピオニーに、誰も追求することはなかった。
次々に暴かれる外郭大地降下作戦の功労者達の犯罪履歴。
まるで見ていたかのように語るルビアに恐れを抱くものも少なくない。

そして最後に残った一人、ティア・グランツも断罪の対象であろうというのは想像にたやすい。
ルビアに脅されて以来口を噤んでいたティアだったが、時間が経って恐ろしさを忘れたのかまたルビアを睨みつけてはいた。

「さて、話を戻させていただきますが…」

「擬似超振動を起こす人員だったな。人選は済ませてあるとのことだったが」

ルビアはインゴベルトの言葉に頷くと、ティアへと視線を向ける。

「私はグランツ兄妹を推薦いたします」

ルビアの言葉にティアとルークが目を見開く。
そして言葉の意味を理解した途端、激昂した。

「貴方、ふざけてるの!?」

「ふざけてなどいません。ファブレ邸襲撃犯にしてルーク様誘拐犯、同時に稀代の犯罪者であるヴァン・グランツの妹…罪の塊である貴方の命を惜しむ必要がどこにあるのですか?」

「私に…私に死ねと言うの!?」

「えぇ、言いますよ。貴方など死ねば良い」

死ねば良いと断言され、ティアは絶句した。
ストレートな悪意など覚えが無いのか、はたまた己は無価値だと断言されたことに対してか。
しかしルビアはそんなティアに同情してやるほど優しくないし、端から罪人に対する容赦など持ち合わせていない。

「そもそもユリアの子孫であるという付加価値もパッセージリングを起動させた今ではほぼ無意味に等しく、ユリアの譜歌とて第七音素師であり象徴を理解できれば誰でも操れるものです。
貴方の命を惜しむ必要性など私には欠片も見当たりません。
むしろユリアの子孫だと言う誇りがあるのであれば、第七譜石を隠匿し障気をそのままにして世界を未曾有の危機に陥れかけた先祖の尻拭いをして欲しいくらいです」

「待ってくれ!」

聖女と讃えられている先祖すら侮蔑され、言葉を失うティアに追い討ちをかけるルビア。
しかしそれにストップをかけたのは、意外にも今まで無言を貫いていたルークだった。

「ティアも…その、根は悪いやつじゃないんだ!
こんな俺のことをずっと見守ってくれてて、世間知らずな俺に色々教えてくれて…」

「…ルーク様、私は政治的及び世界的な見解を元に発言をしています。
厳しい事を言うようですが、ルーク様の言葉は感情的なものばかり。それではグランツ響長を庇う理由にはなりません」

「あ…でも…」

ルビアの言葉にルークは口ごもる。
それに畳み掛けるようにルビアは言葉を続けた。
今までとの違いは、その口調に優しさが込められていたことだろうか。

「ルーク様、良いですか?
まずティア・グランツはファブレ公爵邸を眠りの譜歌を使用して侵入しました。
これは家宅侵入罪及び職務妨害、そして無差別テロに等しい行為です。
即ち貴方は彼女のしでかした犯罪の被害者であり、貴方と私の間では根底がまず違うということにお気づき下さい」

「…どういうことだ?いや、ですか?」

「話しやすいように話してくださって構いませんよ。
良いですか?家宅侵入罪は簡単です、他人の家に勝手に入ってはいけません。ということですね。

次に職務妨害ですが、眠りの譜歌に掛けられたのは主に使用人やメイド、そして白光騎士団達ですね。
彼等はファブレ家の方々をお守りするために存在し、その為に働いています。
しかし強制的に眠らせることによって彼女はそれを阻害しました。仕事の邪魔をしたわけです。
特に騎士団の人間を眠らせることはとても危険なことです。

屋敷中の人間が眠っている間に暗殺者が入ったら?
シュザンヌ様の容態が悪化したら?泥棒が入ったら?スパイが入ったら?
彼女が騎士団の仕事を阻害したせいであらゆるリスクが高まっていました。

そして眠りの譜歌は攻撃譜歌でもあります。
突如眠気に襲われて転倒し、怪我をした者もいるでしょう。
闘う力を持たないメイドなどは特にですね…言い方は悪いですが、彼女たちはとばっちりを喰らったことになります。故に無差別テロに等しい、と言っています。
更に言うのであれば一般人に向けて眠りなどを誘発する術を使用することは各国で犯罪として認識されていますし、それは軍人ならば知っていて当たり前のことです」

子供に言い含めるように説明するのは、ルークの実年齢や生まれ育った環境などを考えてのことだろう。
ルークは話を聞いていくうちに段々と顔を青ざめさせていて、同時に聞いていたティアもかたかたと震え始めていた。
ルビアに説明されるまで自分が犯罪を犯していたという意識が無かったというのがよく解る反応だ。

「そしてルーク様も眠りの譜歌を掛けられた被害者であります。
その後彼女はルーク様を拉致し、敬意を払うどころか戦闘まで強要しました。
故に不敬罪、及び軍務規定違反が適応されます」

「でも、闘う力があったら子供でも闘うんだろ…?」

「そ…そうよ!大体擬似超振動が起きたのは事故だわ!アレは私を邪魔したルークに責任があるわ!」

ティアが震えながらも反論する。
ルビアは視線を投げかけることすらせずに、嫌悪感に僅かに顔を顰めながらルークに説明を続けた。

「…ルーク様、それは限定的な条件が必要です。
まずその子供が軍人や傭兵など戦うことを仕事としていたならば、それは当たり前と言っても良いでしょう。
そして先程言ったように軍人や傭兵などの戦う力を持たないものが周囲に居らず、また命に関わる状態に合った場合、この場合民間人でも武力を使う場面があるかもしれません。
ですがこのような条件が無い場合、例え闘う力を持っていても子供が闘うということは決してありません。でなければ軍の意味はなくなってしまいますから。

これをルーク様の場合に置き換えますと、まずルーク様の傍には役に立たないとはいえ、軍人であるグランツ響長が居ました。故にルーク様が武力行使をする理由はありません。
彼女は軍人である以上民間人を護る義務があり、そしてルーク様が王族であるという点を踏まえても決して剣を持たせてはいけなかったのです。
むしろ彼女が譜歌を用いてその場に音素を満たした状態で殺人未遂など起こさなければ擬似超振動が起きることは無かったのですから、これは立派な誘拐です。

解りますか?ルーク様は誘拐の被害者であり、加害者に剣を持って闘えと言われていたのです。
彼女は本来ならばルーク様に土下座してその身体に一片のケガもさせないよう慮らなければならない立場だったというのにそれをしなかった。
それどころかルーク様が一般人の生活を知らないことを呆れ、見下していました。
これは不敬罪及び侮辱罪に当たります。そして護るどころか戦わせているわけですから、軍務規定違反だと言っている訳です」

「…でも知らないのは、悪いことなんだろ?だから呆れられても仕方ないんだ」

「そうよ!ルークのせいでどれだけ迷惑を被ったと思ってるの!」

「そんなことはありません。まず一般人の常識と貴族の常識は違います。
一般人は自ら金銭のやり取りをしますが、貴族は使用人に一任します。
一般人は有事の場合非難をしますが、貴族は軍を率いて戦場に出ます。

常識というのは階級によって変動するものであり、ルーク様が一般人の常識を知らないことは何らおかしなことではないのです。
そんな事を知らない方が、非常識なんですよ」

ルビアはそこでようやくティアへと視線を向ける。
ルークに説明するために紡ぎだされる言葉は全てティアの反論をぶち壊していて、且つティアの非常識さを浮き彫りにするものばかりだった。
ルークはルークで今まで信じていたものがおかしいと言われて混乱しているのか、額に手を当てて困惑を隠しきれて居ない。

「…ルーク様、貴方は彼女のしでかした犯罪の被害者です。
アクゼリュスもそうです。彼女が兄のことを黙っていなければあの惨劇は防げたかもしれない。
しかし彼女は自らの兄がしでかしたことにも関わらずルーク様に謝罪すらせず、それどころか貴方を罵倒しいつでも見限ることができると脅迫しました」

「あれは!アレは脅迫したわけじゃ…!」

「立派な脅迫ですよ。しかも一連の流れを見れば誰よりも性質が悪い。
ルーク様を誘拐し見知らぬ環境に置いて見下すことでルーク様の常識をかく乱させ、更に戦闘を強要する事で精神を磨耗させ、アクゼリュスの惨劇の後に罵倒する事で追い詰め、いつでも見限ることができると脅迫する事で自分に逆らえないようにした。
これは立派な洗脳ですね。ヴァン・グランツよりも遥かに悪質な手口です」

「違…違う、わ、私は…私はそんなつもりじゃ…」

「そんなつもりではなかったと?なおさら悪いですね。
貴方は無意識のうちに人を見下す性格の持ち主で、身分制度を理解せず、軍人の義務を放棄し、被害者を自らの支配化に置く。貴方の根っからの悪人だったということです」

血の気の引いた顔で反論の言葉を探すが見当たらず、縋るようにルークを見るティア。
自分を庇うことを期待しているのだろうが、ルークはその視線に肩を跳ねさせるだけで口を開こうとしない。
ルビアは冷めた視線でそれを見ていたが、ちらりとアリエッタへと視線を向ける。
それを汲み取ったアリエッタは立ち上がると、とてとてとルークへと歩み寄った。

「…ルーク様、コチラへ。あんな人の傍にいるのは良くない、です」

「……うん、解った」

「ルーク!?」

アリエッタに手を引かれ、インゴベルトの傍に歩み寄るルーク。
咄嗟に引きとめようと伸ばした手は、シンクによって阻害される。
シンクはティアの手を背中で捻り上げ、苦痛に呻くティアを無理矢理転倒させて自由を奪う。
肩甲骨の辺りを強く膝で押され、肺を圧迫されて声を出すことすら叶わない。
ルビアはそれを見届けてから、今まで無言を貫いていた両陛下へと向き直った。

「…インゴベルト陛下、ピオニー陛下、擬似超振動を起こす人選は私の推薦した者で宜しいですか?」

「…無い。罪人を使用するのに異論など出ないさ」

「うむ。民が傷つくことなく空が晴れるというのであればそれが一番だろう」

ピオニーとインゴベルトの返答にティアは絶望を顔に浮かべた。
しかし誰もティアを気遣わないし、気にも留めない。

「では障気中和作戦の責任者や作戦本部などに関しては私が口を挟む領域ではありませんので、そちらにお任せいたします。
エルドラント制圧、フェレス島の移動、罪人及び機材の設置が終了したら声をおかけください。
微力ながら私も手を尽くしましょう」

椅子から立ち上がり、優雅に腰を折る。
その口元にはココに訪れた時と同じように微笑みが浮かべられていた。









それから一月後、障気は中和され世界に青空が戻った。
ルークはぼうと青い空を見上げながら、かつて共に旅をしていた仲間たちを思う。
アレから論師やシンクなどにこれでもかといわんばかりに知識を植えつけられたルーク。
知識は荷物にならない宝だと、旅を強制終了させられて暇を持て余していたルークに実にスパルタな教育を施してくれた。
お陰でかつて自らが置かれていた状況がどれだけ異常だったか、今のルークには解る。

シンクとは友人になり、同じレプリカとして様々なことを語り合った。
アリエッタとも交流を持ち、魔物に乗って様々な場所に出かけた。
ルビアもスパルタではあったものの、全てルークのレベルに合わせて教育を行った。
そんな彼等も、もうすぐ帰還する。

「……もう、行っちまうんだな」

「何さ、寂しいわけ?」

「そりゃな。お前らが居なくなったら俺どうしたら良いかわかんねぇし」

譜石帯を眺めながら、少し離れたところで本を読んでいたシンクが応答する。
シンクは本に栞を挟むと、沈んだ表情のルークの横にやってきた。

「アンタはルビアに散々叩き込まれたじゃないか。無駄にする気?」

「…どういうことだ?」

「預言の無い世界を、まだ多くの国民は受け入れ切れてない。
恐らく今の為政者達じゃその不満を押さえつけるのが精一杯の筈さ。
預言の無い世界、自分から道を切り開くことを日常にするには、多分ルークの世代の手腕にかかってると思う」

「俺たちの世代…」

「そう。アンタ王位継ぐかもしれないんでしょ?そうじゃなくとも、公爵家を継ぐことになるかもしれない訳だし、将来政治に関わることは容易に想像できる。
だったらその為に今から動き出しても遅くは無いんじゃないの?新しい仲間を見つけたりとかさ」

「新しい仲間、か…そっか、そうだよな。ぼーっとしてる暇なんか…無いか」

シンクの言葉にルークは顔を挙げ、まだ見ぬ新たな仲間を想って頬を紅潮させていた。
その様子にシンクは微笑みを浮かべ、腕を組む。

「そうそう。それに僕達なんて帰ったら仕事で忙殺だよ?アンタだけのんびりしてるなんて不公平じゃないか」

「それ俺のせいじゃなくね?」

「まぁね。でも自分から未来を掴み取る道を、あんた達は選んだんだ。
ならそのための努力をしなくちゃね」

「そうだな。その為にルビアは色々教えてくれたわけだし」

「そうだよ。ルビアは論師だ。論師直伝なんだから役に立たない訳無い。精々頑張るんだね」

肩をすくめ鼻で笑いながらも、シンクの口調には親しみがある。
ルークは笑みを浮かべてそうだなと同意し、再度譜石帯の広がる青空を見上げた。

「俺たち、離れてても友達だよな?」

「そうだね。そう想う限りは、そうなんじゃない?」

「なら大丈夫だ。頑張れる」

そう言って、ルークは笑った。
その笑顔はかつて滲ませていた悲しみなど微塵も無く、未来に夢を抱く純粋な子供そのものだった。

論師に引っ掻き回された世界だが、これから少しずつ少しずつ前進をしていくのだろう。
未来を掴み取ろうとする意志を失わない限り、未来は無限の可能性を秘めているのだから。











7777キリリク/紗鳳寺のえる様/仲間厳しめ/言論IF/言論夢主によるPMを『一般常識的に見て』どう想うかを第三者にも本人たちにも物申す。
→言論夢主がシンクやアリエッタと共に平行世界へトリップ、ローレライに頼まれて渋々PMを言葉攻め(時折アリエッタ&シンクの暴力)

身から出た錆、これにて終了です。紗鳳寺さま、いかがでしたか?
この後論師達は元の世界に帰還し、たまりに溜まった仕事に忙殺されることになります。
多分くたばれローレライ!って叫びながら(笑)

途中から存在を亡き者にされていたアッシュですが、多分キムラスカで飼い殺しにされるんじゃないでしょうかね。種馬的な意味で。
ルークは政治に関わりながらめきめきと成長し、アッシュの扱いを知って困惑しつつもそのままにしそう。
ほら、政治って汚れなきゃできない部分もあるから。

論師達がルークに知識を詰め込んだのは、ルークが邪険に扱われたり利用されたりしないようにするためと、ティア達に洗脳されたルークのアフターケアの意味合いもあります。
勿論ルーク犠牲にするとローレライ怒っちゃうぞって論師が伝えてあるので滅多なことは起きないでしょうが、やはり自衛手段を持っているというのは大切ですから。

えー、あとがきで語るなって話ですね。
途中から一般常識的に見てってどんなだろう?って混乱してリクエストから外れた気もしなくもないですが、お気に召していただければ幸いです。
リクエストありがとうございました!

清花


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