愛に殉ずる聖焔の話(一)


ルークとルビアが出会って数十年後、キムラスカを治めていたルーク・フォン・キムラスカ=ランバルディアが崩御した。
享年72歳。外郭大地降下作戦の功労者にして、数多の政策を打ち出し音素を必要としない譜業…機械を世界中に根付かせ、オールドラントの黄金時代とも呼ぶべき時代を作り上げた稀代の名君が死したのである。
生涯側室を娶ることは無く、王妃のみを一心に愛した王としても有名だった。
また常に王を支え、王が死した後も国を支えてくれると誰もが信じて疑わなかった王妃も、その半年後に王の後を追うようにして死の眠りに着いた。

現世での役目を終えたルークは、ローレライの加護を受け音譜帯にて存在していた。
そしてルークの後を追って死したルビアもまた、ルークの寵愛を受けるものとして側に侍ることを許されていた。
二人は穏やかに、そして時にお互いを貪りあいながらキムラスカを見守っていた。
二人にとってキムラスカという国は我が子のようなものなのだから、当然といえば当然だ。

マルクトと手を取り合いルーク達が死した後も順調に繁栄を迎えてきたキムラスカだったが、歯車が狂い始めたのは、一体いつだっただろうか。
それはキムラスカを見守り続けていたルーク達にも解らない。
あるいは必然と呼べる歴史の流れだったのかもしれない。

いつしか音素を使用した戦闘法、譜術の復活を願うものたちが現れた。
かつて世界中を混乱に巻き込み堕落させた預言の復活を請うものたちが現れた。
しかしプラネットストームが停止してしまっている以上、はるか過去のように音素を自由に扱うことはできない。
それに気付いた人々は、愚かなことにプラネットストームを再起動させてしまったのだ。

止めろというルークの願いは届かなかった。ローレライもまた、僅かに顔を歪めるだけだった。
長いときを経て再び世界に満ち始めた音素に、一部の人々は喜び研究を始めた。
星の記憶を読み上げるという預言と、自らのフォンスロットを開き音素を用いた譜術。
力に酔うもの、力に縋るもの、愚かなりと嘆く声は届かない。

そして世界中に満ちる…障気。
プラネットストームが動き始めた事で地殻が振動を始め、押し込めていた筈の障気が漏れ始めたのである。
突如噴出した紫色の毒に世界中がパニックに陥ったが、彼等に救いの手は差し伸べられなかった。
はるか過去に用いられた一万人の犠牲を必要とする中和方法も、もう使えない。
プラネットストームが起動しているとはいえ、圧倒的に第七音素が足りないことと、ルークの死と共にローレライの鍵が消えてしまったからだ。

結果、当然のように人々は障気中毒にかかり次々と死んでいく。
障気を無害なものに変換する研究などが盛んに行われたものの、人々が死に絶えていく方が圧倒的に早かった。
そしてもう一つ、長期間障気に晒されたことによる弊害が現れ始めた。

植物の塵化である。

雑草も薬草も平等に、野菜も果実も同時期に全ての植物という植物が塵化し始めたのだ。
人々は無事な食物を奪い合い、お互いを傷つけあった。
人は一人また一人と減り、最後の一人も涙を流しながら死を迎えた。

かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化した。
これが、オールドラントの最後である。

皮肉にも、それはかつてユリアが詠んだ消滅預言と全く同じ結末だった。




   □ ■ □ ■




ふ、とルークが目を覚ました時、まず目に入ったのは窓枠越しの美しい青空だった。
もう百年以上は目にしていなかった晴れ渡る青空に、自然と感嘆の吐息が漏れる。
そして同時に僅かな耳鳴りと共に幻聴にも似た…かつて幻聴だと勘違いしていた声が響いた。

(……ルーク、我が半身よ。我が声に答えよ)

(ああ…聞こえるよ。ローレライ)

心の中で呟き、親しみを込めて名前を呼べば温かな炎が胸に宿るような感覚。
ルークの答えに満足したのか、ローレライはそれ以上何も言ってこなかった。
ルークは相変わらず無口な存在だと内心苦笑しながら、今度はきょろりと周囲を見渡す。
そこははるかな過去、今は掠れてしまうほど遠い昔に過ごした場所。

キムラスカ最上層部に邸宅を構える、大貴族クリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵の邸宅。
ルークは今、その一室のベッドの上でぼうっとしているのだ。

オールドラントが破滅した後、嘆くルークとルビアを見てローレライは一つの提案を持ちかけた。
それは過去へと舞い戻り、未来を修正すること。
滅びたオールドラントに存在する障気を全てエネルギーとして使い、ルークとルビアをはるかな過去まで送ってくれるというのだ。

ただし、ローレライとて無事ではすまない。
穢れたエネルギーは純粋な第七音素でできた身体を蝕みローレライを苛むだろう。
そして消耗したローレライもまた、地殻に囚われることとなってしまう。
我が身を省みずローレライがルークとルビアに提案を持ちかけたのは、己が愛した人間…ユリアとルークが嘆くからに他ならなかった。

誰よりも平和を望み、世界を愛した二人。
オールドラントが滅びようと音譜帯が無事であるならば魂を守り続けることはできる。
しかしルークは生涯嘆き続けるに違いない。きっとユリアだって憂いた顔をするだろう。

だからローレライはルークとルビアに提案した。
過去に戻ってみる気はないか、と。

葛藤の末にそれを受け入れたルークとルビアは、こうしてかつて肉体を持ち生きていた頃の時代に戻ってきていた。
未だに引かない驚きを抱えながらも立ち上がろうとする。
しかしすぐに足の力が抜け、無様にもその場に倒れこんでしまった。

「あー…うー…」

痛っ。
そう言おうとしたルークだったが、口から漏れたのは赤ん坊のような意味を成さない声だった。
パタパタと音がして、メイドが入室してきたかと思うと面倒臭そうな顔をしながらもルークを抱き起こしベッドに寝かせてくれる。

成る程、今はこの屋敷に来たばかりの頃なのか。
ルークはそう納得しながら、ぶつぶつ文句を言いながら部屋を出て行ったメイドを見送った。
身体が動かないのは久方ぶりに生身の肉体を手に入れたせいだと思っていたルークは、自分の勘違いに内心苦笑する。
そしてもう一度ぐるりと周囲を見渡した。

「あー」

そして気付いた。気付いてしまった。
……ルビアが、居ない。

誰よりも自分を愛し、自分を理解し、自分に寄り添い、自分を支えてくれた女性が。
ローレライとはまた違う、己の半身とも呼ぶべき存在。
自分の歪んだ愛を一心に受け止めてくれた最愛の妻。
誰にも渡さないと誓った、どこか歪な自分だけの女。
ずっとずっと側に居てくれると言ったのに、一体どこに行ってしまったのか。

「あー…うぁー!」

ルビィ、と名前を呼ぼうとしても言葉にはならない。
自分が呼べば嬉しそうに目を細めて笑っていたあの女がどこにも居ない。

「あぁ、ああああぁあー!!」

そうだ。過去に帰るとはそういうことなのだ。
ましてやこの時間軸ならばルークはまだルビアと出会ってすら居ない。
監禁されている身では、会いに行くことすらできない。

「あ、ぁあ、あああぁあああぁーー!!」

側に居るのが当たり前だった愛しい女が、今ここでは側に居ない。
その事実に、ルークは慟哭した。




  □ ■ □ ■





ルビアが側に居ないことに嘆いたルークの慟哭は、ただの癇癪として処理された。
それからの日々はルークにとってまるでどこか他人事のようで、劇でも見ている気分だった。
どこか恨みがましい目で見てくるガイも、ペンと本を押し付けて喚いてくるナタリアも、自分を見て嘆くだけの母親もルークにとって全てどうでも良かった。

まるで抜け殻のような日々。
だらしなく四肢を投げ出し、丸一日を過ごした日も少なくない。
毎日のようにやってくる家庭教師は鬱陶しいだけであり、歩行や会話の訓練も鬱陶しいものでしかなかった。
ルークの思考の中にはルビアしか居らず、そのルビアが手元に居ない以上動く気にはなれなかったのだ。

それからどれだけの月日が経っただろうか。
思考が停止していたルークの中に、ふと一つの疑問が浮かび上がった。

(今の自分を見たら、ルビアは一体何を思うだろう)

困ったように笑いながら、仕方ありませんわねと言うだろうか。
涙を浮かべて嘆きながら、どうしてと縋ってくるだろうか。


違う。


「……そう、だ」

きっと、ルビアはルークを叱るだろう。一体何をしておりますの、と。
少しだけ眉根を寄せて、わざとらしく腰に手を当てて叱るのだ。
ルビアはルークを甘やかすだけではなかった。必要なところはちゃんと叱ってくれた。
そしてルークがきちんと反省をすると、頬を緩めて褒めてくれるのだ。
ルビアはそういう女だと、ルークは他の誰よりも知っていた。

「何を、してるんだ…俺は」

例えルビアが側に居らずとも、ルビアは間違いなくこのオールドラントに居るのだ。
だというのに自分は一体何をしていたのかとつい先程までの自分に沸々と怒りが湧き上がるルーク。
同時に、そんな自分への自嘲も浮かぶ。

側に居ないのならまた出会えば良いのだ。他の男になんか渡さない。
ルビアは自分だけの女なのだと、ルークは拳を握り締めて一人頷く。
この手にまたあの女を抱くのだと心に誓い、ルークは久方ぶりに立ち上がる。
まともに歩行訓練を受けていなかったせいでよろめいてしまったが、壁に手をついて何とか立つことに成功した。

よたつきながらもゆっくりとドアへと歩き、ルークはまずは何をすべきか考える。
ナタリアの排除は決定事項だった。
ルビアという唯一無二の存在が居るルークにとって、婚約者という存在は邪魔にしかならない。

ガイは保留にすべきだろう。
使い方によってはマルクトに対し大きな借りを作れる存在なのだから、そう簡単に消すわけにはいかなかった。
証拠だけを握っておいて、適当に泳がせておく必要がある。

まずは母上を陥落するすべきか。
行動が家の中だけと制限されている以上、家を取り仕切っている公爵夫人を陥落する意味は大きい。
アクゼリュスで死なないためにも身体を鍛えておく必要もあるし、可能ならば父親もある程度はほだしておいた方が後々動きやすいかもしれない。

「ルビア…待っててくれ」

熱にうかされたように、ルークが呟く。
ドアへと辿りつき、ドアノブを捻れば風が吹いて髪がたなびく。
はるか過去の記憶と寸分違わずに存在する中庭は、ルークにとってルビアと共に過ごしたいとおしい場所のひとつだ。

「一緒になれるように、しておくから。また側に居てくれるように、準備しておくよ…」

思い出を脳裏に描き、一つ微笑む。
その瞳にはつい先程までの絶望は存在せず、かつて聖焔王として名を馳せた存在に相応しい理知の光が、確かに灯されていた。


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