ドーナツホール(ドーナツホール04)



「本当にすみません……ご迷惑をおかけしました」

 教団に帰還して焼き豚のようになったモースと俯いたまま何も言わないアニスを引き渡した後も、ルビアの説教は止まらなかった。
 まさに散弾銃のようなお説教は、ルビアがぶっ倒れるまで続けられたらしい。イオンの顔が預言を詠んだ時よりも憔悴しているように見えるのは気のせいだろうか?

「あのまま倒れなきゃもっと続いてただろうな……」
「はい。こんなに長いのは初めてです……」

 どこか遠い目をしているルークに、イオンはげんなりとした顔で答えた。かなり堪えたらしい。
 しかしジェイドは厳しい目でイオンを見据えている。

「当たり前でしょう。イオン様、貴方はそれだけのことをしでかしたのですから。むしろそれだけで済んだことを感謝すべきです」
「はい、ジェイド。理解しています。理解しているのですが……足が痺れてしまって……」

 そう言ってイオンは足を摩る。どうやらベッドの上に正座をさせられたらしい。
 そんなイオンにティアが恐る恐る問いかけた。

「イオン様、ルビアは……」
「医者に診せたところ、過労だそうです。暫くは眠らせておくようにと」
「当然です。全身のフォンスロットを限界まで開き、大量の第七音素を体内に留めてイオン様へ移し、更にその上で緻密な譜陣をそのような小さなものに描き込み、収束させた。その場で倒れなかったのが不思議なくらいだというのに、その後譜術の連発……一体何者なんです?」

 ジェイドが眼鏡のブリッジを押し上げながら問いかける。
 しかしイオンは緩く首をふるだけだ。

「解りません。僕が知っているのは、ルビアは孤児だということ、教団に保護され、譜術師としての素養を見込まれ騎士団に入団したこと、そして……」

 シンクと、恋人だったこと。
 それだけしか知らないのだというイオン。

 沈黙が室内に満ちたところで、まるで見計らったようにノックの音が響く。
 イオンがゆっくりと顔を挙げ、問いかける。全員の視線がドアへと向けられた。

「……誰ですか?」
「イオン様……アリエッタ、です」

 そう言って、返事を待たずに開かれたドア。現れた桃色の髪と泣きそうな瞳の主の身体には、所々包帯が巻かれている。
 その手にはほつれのある、抱き潰された人形。全員の間に緊張が走ったが、アリエッタは気にせず入室し後ろ手にドアを閉める。

「イオン様、ご無事でなにより、です……本当に良かった……」
「アリエッタ……貴方も僕の救出に手を貸してくれたそうですね。ありがとうございます」

 イオンの言葉にアリエッタは首をふり、イオンの前まで来ると膝をついた。今は六神将であるが、アリエッタとて元導師守護役。
 アニスも居ない以上感情的になることもなく、最低限の礼儀を弁えている。

「イオン様を守れるなら、アリエッタは平気、です。それよりアリエッタ……イオン様に渡すものある、です」
「僕に渡すもの、ですか?」

 きょとんとするイオン。アリエッタは立ち上がり、ポケットから何かを取り出す。

「シンクに頼まれた……です。アリエッタ、お手紙持って来ました……」

 そう言って一通の手紙を見せるアリエッタ。
 全員が息を呑んだのは、言うまでもなかった。

「シンクは……シンクは生きているのですか!?」
「はい。生きてます」

 今日一日で何度目か解らない驚愕で顔を彩りながら、イオンはアリエッタの手紙を受け取った。
 全員アリエッタに対し警戒を抱きながらも、その手紙を読もうと封筒から取り出すイオンの動向に視線を固定している。
 アリエッタは全員の警戒など諸共せず、黙って手紙に目を通すイオンを見ていた。その目にはじんわりと涙が浮かんでいる。

「イオン、シンクはなんて……?」
「……これ以上、ルビアを闘わせるなと」
「それだけか?」
「はい。それだけです」

 イオンは深く息を吐き、手紙をルークへと手渡した。
 ガイやジェイドが横から覗き込むが、イオンのいうとおり『これ以上ルビアを闘わせるようなら容赦はしない』としか書かれていない。

 ……嫉妬から手紙を寄越したのだろうか?
 そんな疑問が脳裏をよぎったのは、ルークだけではないだろう。

「イオン、様」
「アリエッタ……シンクに、会ったのですか?」

 イオンの質問に、アリエッタはやはりふるふると首を横に降った。
 アリエッタ曰く、魔物を介して渡されたらしい。

「そう、ですか……」

 俯くイオン。アリエッタは何度か口を開きかけ、止めるというのを繰り返す。
 何か言いたいことがあるのかとイオンが顔を上げると、アリエッタはついに耐え切れなくなったようにくしゃりと顔を歪めた。

「アリエッタ……?」
「アリエッタ……イオンさま……に。おねがいが、あります……」

 ローズピンクの瞳からぽろぽろと涙を流し、眉尻をこれでもかと下げ、包帯の巻かれた手で人形を抱き潰しながら、震える声でたどたどしく願い出る。
 ルークが背後でわたわたと慌てているが、今彼にできることはない。

「……なんですか?」
「アリエッタと、アリエッタと一緒に……っ、イオン、様の……お墓……行って欲しい、です」

 その言葉に、イオンの目はまたもや驚愕に見開かれた。ルーク達も全員、何故それを? と驚いている。
 アリエッタは嗚咽を漏らし、止まらない涙を袖口で拭いながら言葉を続けた。

「……手紙、貰いました。アリエッタの、イオン様からの……っ! イオン様、もう居ない……アリエッタのイオン様、居なくなっちゃった……っ! アリエッタの知らないうちに……イオン様……イオン、様……ぁ!」

 ついに涙腺が決壊したらしく、アリエッタはその場にへたり込みイオン様と繰り返しながら幼子のように泣き始めた。
 イオンは少しの逡巡の後、座り込んでしまったアリエッタを優しく抱きしめる。アリエッタは人形を取り落とし、それに縋りつくようにイオンの背中に手を回した。

「……僕でいいなら、一緒に行きますよ。行きますから……今は好きなだけ、泣いて下さい」

 そう言ってぎゅっとアリエッタを抱きしめる。泣きじゃくるアリエッタに、最早誰も警戒を抱いていなかった。


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