参謀総長のご飯事情(誤解を招く手作りお弁当)


 最近、副官筆頭に団員たちの視線が煩い。

 はぁ、と一つため息をついてから事務椅子の背もたれに体重を預ける。量産品のそれは硬く冷たく、おかげで体が凝り固まって仕方がない。
 後で団員たちと組み手でもして体をほぐさなければと思いながら、壁にかかっている時計をちらりと見た。お昼まで後五分、まあ許容範囲ないだろうと判断して副官を呼んだ。

「そろそろ昼休憩とりな。十三時には帰還すること」
「は、はい!」

 妙に上ずった声で返事をする副官を一瞥した後、僕は引き出しからお弁当を取り出す。そう、弁当だ。誰が作ったかって? 僕以外に誰が居る。
 サイズが違う三つの容器と、おにぎりが二つ。それが僕のお昼ご飯の全貌だ。量が多い? 食べ盛りなんだから当たり前だろ。

 まずは一番大きい容器をパカっと開ける。入っているのはメインのおかずだ。アスパラガスのベーコン巻きに、チキンの胸肉の照り焼き、そして白身魚のフライ。
 二つ目の容器を開ければそれは野菜天国。茹でたブロッコリーと朝採れのプチトマト、そして惣菜屋で買い求めたポテトサラダ。
 炭水化物のおにぎりの具は一つは高菜、もう一つは鮭だ。自分で言うのもなんだが、今日も美味しそうに作れたと思う。
 更に水筒に入れて持ち込んだ麦茶も取り出し、いただきますと手を合わせる。仕事の間の、至極の時間の始まりだ。

 箸を手に取りまず口に入れたのはアスパラガスのベーコン巻だ。焼く際には爪楊枝を使った。
 綺麗に巻けるようになったのは二、三回試行錯誤してからで、うまく作れるようになった今は弁当の定番になっている。
 歯を立てる。とっくに冷めてしまっているが塩胡椒というシンプルな味付けは出来立てとほぼそん色なく僕の舌を喜ばせた。
 ベーコンが噛むたびに肉の旨みを口内に迸らせるが、アスパラがくどくならないよう調整してくれている。それぞれの食感が同時に味わえるのもまた楽しい。

 次に箸を伸ばしたのは白身魚のフライだ。容器に入りきらなかったため、三分割されているそれを口の中に放り込んだ。
 とっくに冷めてしまっているため、さくりと衣が音を立てることはない。
 少ししんなりとしたそれは、しかし魚の旨みは十分に持っている。何よりかけておいたタルタルソースの相性が最高だ。
 このソースがあればキャベツの千切りだっていくらでも食べられる気がする。

「ふぅ」

 メインを二連続で食べてしまったので、一度麦茶を飲んで口の中をリセットさせる。
 照り焼きにちらりと視線が取られたが、あえてサラダの方へと手を伸ばした。

 簡単に塩茹でされただけのブロッコリーは硬すぎず柔らかすぎず。これもまた経験が生きていた。
 最初は茹ですぎてふにゃふにゃのブロッコリーを食べる羽目になったのだが、今ではもういい思い出だ。
 さっぱりとした塩味は食欲が落ちがちな夏でも美味しく食べられるだろう。
 何より茶色が多くなりがちなお弁当で彩りをよくしてくれるブロッコリーとプチトマトは年中欠かせない気がする。

 そして最後にポテトサラダだ。綺麗にマッシュされたポテトは舌触りがよく、程よくレモンが効いた自家製マヨネーズは今では僕のお気に入りの一つ。
 時折間にプチトマトを挟みながら食べれば、あっという間にポテトサラダはなくなってしまった。また買いに行かなければ。

 おかずばかり食べていてはいけないので、おにぎりにも手を伸ばす。高菜が混ぜ込まれたおにぎりは程よく塩気があってそれだけでも十分食が進む。
 鮭のおにぎりと共にぺろりと食べ終わってから、指についた米粒と塩味が惜しくてぺろりと舐め取る。
 うまい。行儀が悪いと解っていてもコレはやめられない。

 次は照り焼き、本日のお弁当のメインディッシュだ。出汁と砂糖と醤油とみりん、最早和食の定番の味付けだろう。
 しかし今日は砂糖ではなく蜂蜜で味付けをしてみた。行きつけの惣菜屋でお勧めされたやり方だ。さっぱりとした甘みが出ると言う。
 出汁系の料理ではなにかと砂糖を減らしがちだった僕にとって目から鱗、ありがたい情報だった。なので早速作ってみたのだが、一体どんな味に仕上がっているのか──。

 ぱくり。
 一口大に切ってあるそれを口に含み、歯を立てる。とろりとしたたれの絡みついた鶏肉はそれだけで舌の上に上品な味を楽しませてくれる。
 僅かに口内に香る出汁。やはり顆粒出汁でもいいが、手間はかかってもこんぶや鰹節で出汁をとったほうが美味いなと思う。
 まあそれはさておき、いつものたれと違って甘みがそこまでくどくない。噛み締めれば肉の旨みとたれの甘じょっぱい味が絡み合い、唾液が止まらなくなる。

 美味い。
 しかしやはり一番美味しく感じるのは、熱々の照り焼きをご飯の上に乗せ、湯気の立つ白米と共に口の中に放り込むときだと思う。
 うん、また照り焼き丼作ろう。心にそう決めてから一口一口を噛み締め、ごくりと嚥下する。二〜三切れしかないチキンの照り焼きはあっという間に僕の胃袋へと納まった。

「ふー……」

 ぽんぽんと服の上から腹をなでる。満たされた。腹八分目に満たないが、やはり食と言うものは良い。
 そして箸を箸箱の中にしまい、空になった容器を横にやった。引き寄せたのは最後の容器だ。
 ぱかりと開ける。そこに詰まっているフルーツサンドを見て、僕の頬は知らず知らずのうちに緩んでいた。
 デザートは別腹だ、と過去の人は言った。至言だと思う。

 はくり。
 柔らかな食パンの間に挟まれた生クリームと果実の甘みが口いっぱいに広がる。食べ応えなどない。ただ舌を楽しませる甘みが満足感を刺激する。
 しっかりと泡立てられた生クリームは小さく切られた果実をしっかりと掴んで離さない。

 桃、林檎、蜜柑と自然の果実特有の甘酸っぱさを含んだ甘みと鮮やかなハーモニーを奏でている。
 一枚の食パンを四分割にしただけのそれは量も少なく少し物足りなさすら感じたが、デザートとはこういうものでいいのだと僕は知っている。
 くどすぎない甘さに満足感を覚えつつも、量的な食べたりなさを感じながら僕の食事はようやくそこで終了した。

「ごちそうさまでした……」

 それから執務室の隅についている簡易キッチンで手早く容器を洗い、デスクに戻る頃には副官もまた食事を終えて帰ってきていた。
 時計を見ればまだ十二時半、休憩が終わるまではまだ時間がある。なら仕事をしろとせっつく必要もないだろうと思い、おかえりと一言だけ告げてからまた冷たく硬い事務椅子の上に腰掛ける。

「あ、あの! 一つお聞きしても宜しいでしょうか!!」

 綺麗に洗ったランチョンマット代わりのナプキンに包んでいると意を決したように副官が声をかけてきた。
 仕事のことではないだろう。休み時間なのだから。「何?」と聞けば、副官は恐る恐るといったように口を開く。

「その……最近とても豪華なお弁当を食べられているのをお見かけするのですが」
「だから?」
「こ、恋人の手作り、だったりしますか!」
「……はァ?」

 突然された意味の解らない質問に、思った以上に不機嫌そうな声が出てしまう。
 何だ、恋人って。馬鹿じゃないのか。せっかくの満足感で高揚していた気持ちがずるずると下がっていくのを感じた。

「馬鹿じゃないの。自分で作ったに決まってるだろ」
「え!? し、師団長が、ごごご、ご自分で!!?」
「そうだよ。なに、僕が料理するのに何か文句でもあんの?」
「滅相もございません!!! た、ただ、その……最近師団長が『一挙一動』によく通われているとお聞きしたので、つい……」
「はァ? 僕があそこに通ってるのに何か文句でもあるわけ?」
「ち、ちちち、違います! ルビアさんとお付き合いでもされたのかと師団の間で噂になっておりまして!! 申し訳ございませんでした!!」

 腰を九十度にまげて謝罪する副官に舌打ちを一つ漏らしてから、空の容器を引き出しへとしまう。
 聞きなれない名前に仮面の下で眉根を寄せ、ルビアって誰、と聞けば副官はきょとんとした顔を上げ僕をまじまじと見る。何さ。

「あ、あの、ご存じないので? 『一挙一動』でいつも接客してくれる……」
「ああ、店員のこと?」
「そうですそうです、可愛い子ですよね、俺達にも優しいですし」
「へー、名前、初めて知ったよ。興味なかったし」

 そう言うと副官は複雑そうな顔でそうなんですか、と言葉を切った後、お時間をとらせて済みませんでしたとまた頭を下げてデスクへと戻っていった。
 全く、一体何を考えているのか。ため息を一つ零してから、新たに引き出しから取り出した『四季折々〜旬の野菜を楽しむ〜』という料理本を取り出し、はらりと捲るのだった。


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