参謀総長のご飯事情(チキンカツ丼と茶巾絞り)


「よし」

帰宅後、仮面を外してシンプルな紺のエプロンを着ける。背中で紐を結ぶタイプのエプロンだったが、あまりにも紐が長く余るものだから更に胴体にもう一巻き、前で小さくリボン結びにした。
腕まくりをし、手袋を外してからざっと掌から二の腕まで洗い上げ、今から使う器具も先に洗ってすぐに使えるようにしておく。

今日のメニューはカツ丼だ。ヴァンの元ではよく卵丼が出てきていた。なので卵丼自体は何度か作ったことがある。
その派生と言うわけではないが、今日はカツ丼でも作ってみようかな、と思ったのだ。
自室に帰還する最中に、試しに買ってみたチキンカツも有効利用させていただく。
正直料理初心者の自分に揚げ物はまだ早い。なのでこういう手の抜き方もありだと思うのだ。

ぱん、と手を叩いて気持ちを切り替える。

まずは一番時間がかかる米。一人分だしひとまず一合もあれば十分だろう。
二〜三度洗えば白く濁った研ぎ汁は段々と色を薄れさせていくが、完全に透明にしてはいけないと聞くからココで終わり。
適量の水を加え、自動で米を炊いてくれるという炊飯譜業にセットして早炊きでスイッチオン。
本当は三十分から一時間ほど水に漬けておいた方が良いらしいが、今日は時間がないので明日以降にまわし、食べ比べをしてみようと思う。

続いて材料を取り出しテーブルの上に並べていく。少し悩んでからまずはサツマイモを手に取った。
なにぶん料理など今まで殆どしなかったから、それぞれの料理にかかる時間が予測しづらい。でもできれば出来立ての料理が食べたい。
そんな悩みを抱えながらも、此方の方が時間がかかりそうだからと先に手を伸ばしたのだが……まあ予定通りにできることを祈ろう。

サツマイモの皮を剥き、サイコロ状に切る。皮をむくのに包丁が使いづらくて、小さな分厚い皮がぼたぼたと落ちていく。
これも慣れ。時間はかかるけれどこれからも包丁一本で皮を剥けるように精進することを決めつつ、皮は剥けたが妙にでこぼこしたサツマイモをサイコロ状に切っていく。
なるべく早く火を通したいから、サイズは小さめに。

続けて片手鍋を取り出し水をぶちこむ。量はサツマイモの頭が少し出るくらい。
あとは水がなくなるまで煮切るだけだ。

続けて卵を二つ手に取り、不器用な手つきながらも割ってやれば濃い黄色をした黄身が用意しておいたお椀の中にぽたりと落ちる。
それを軽くといておき、続けて手を出したのはたまねぎだ。皮をむき、薄くスライスするのだがいかんせん包丁が使い慣れない。
これもまたやはり慣れなのだろうなと思いながらあふれ出す涙を手の甲で拭う。たまねぎを切ると涙が出る。理由は解らないが最初は驚いたものだ。
ぐずぐずと鼻を鳴らしながらもたまねぎを切り終え、小ぶりのフライパンにたまねぎを放り込み、もう一つ用意しておいた小さなお椀に今度は調味料をぶち込んだ。
中身は水、みりん、砂糖、しょうゆ、そして顆粒出汁。初めて手にする顆粒出汁はパッケージをまじまじと見る。多分料理をしない人間には一生縁のないブツである。

軽く混ぜた調味料をたまねぎの上にぶちまけ、コンロに火をつける。そうすれば段々とたまねぎに味が染みていく過程がよく見えた。
色を変えていくのと同時に醤油独特の香りが漂い、ひくりと鼻を動かしてしまう。我慢。まだ我慢。
くつくつと煮える音を聞きながら、今度は買っておいたチキンカツを取り出し包丁を入れる。
だいたい三センチ幅ほどで揃えて切れば、包丁を入れる度に衣がざくざくと音を立てた。

調味料が似切れたあたりでフライパンの中に綺麗にチキンカツを並べて行く。
更にくつくつ言っている上から、火を弱火に切り替えて先ほどのとき卵を円を描くようにかけていった。使う量は三分の二ほど。
じゅわりと立ち昇る音と香りに口内で唾液が分泌される。ごくりと音を立ててそれを飲み込み自分に言い聞かせる。我慢、まだ我慢。

その間にもサツマイモが煮えたらしい。水気のなくなった片手鍋の火を止め、穴あきお玉を使って中身をボウルの中へと取り出していく。
マッシャーという器具を使って荒熱の取れないうちに手早く潰すと、一口大ほどのサイズをスプーンで掬い上げ、清潔なガーゼに乗せてぎゅっと絞った。
もう解ると思うが今作っているのは茶巾絞りという甘味だ。砂糖を入れても美味しいらしいが、今回はイモ本来の甘みが味わえるということで砂糖はなし。
もし味が薄かったら……まあ砂糖水でも塗って食べよう。

ぎゅっぎゅっと一口大の茶巾絞りを量産する。潰したばかりのイモは熱いが、後がつかえてるし冷めたら美味しくない。
手早く作り上げた五つを小皿に載せ、これでデザートは出来上がり。

慌てて今度はフライパンの中を見る。液体だった卵が完全に固形化していた。
カツとたまねぎを閉じ込めぐつぐつと音を立てている上から、残ったとき卵をぐるりと円を描きながらかけていく。
目指せ半熟とろとろ卵。いい具合に炊飯譜業が音を立てて米が炊けたことを告げてくれた。
ちょっとコレ料理初心者にしては時間配分完璧じゃないだろうか?いや、偶然だってわかってるけど。

蓋を開ければふわりと室内に充満する炊き立てのご飯の香り。じゅるりと溢れた唾液を嚥下し、しゃもじでご飯をよくかき混ぜる。
つやつやとしたお米を早く口の中に放り込みたかった。我慢我慢我慢……!

どんぶりにご飯をついでおき、フライパンの火を止める。
うまい具合にとろとろ半熟になっていた卵とじを、形を崩さないようにご飯の上に乗せて行く。
完成だ。

フライパンを流し台に放り込み、水に漬けておく。手早くエプロンを外し、茶巾絞りと一緒にテーブルへと運ぶ。
とりあえず飲み物は水でいい。お茶のほうが良かったけど、そろそろ我慢の限界だ。
ほかほかと湯気を立ち昇らせるチキンカツ丼が僕を誘惑してやまない。
椅子に座り、箸を片手に目の前のカツ丼にパンと手を合わせてから、迷うことなくそのぷるぷるした卵に箸をつきたてた。

「は、ふ……!」

熱々のご飯と、その上に乗ったとろりとした半熟卵。卵自体に味付けはしていないが、ついてきたたまねぎが濃い目に味がついているので気にならない。
その証拠にひとたびを歯を立てればじゅわりと口の中に広がる味は薄すぎず濃すぎず。しかし少し甘すぎる。次からは砂糖をもう少し減らそう。
出汁の風味をかすかに感じながら、僅かに粘り気のある米を何度も噛み締める。醤油ベースの調味料はご飯との相性が抜群だった。ヤバイ。これ嵌る。

熱さに耐えかねて何度も口の中で転がしながらも、一口一口を噛み締める。
続けて箸をつき立てたのは卵に閉じられたカツだ。惣菜品。味はいかがなものか。
まずは米とは別に一口。さくり。そしてじゅわり。驚いたことに衣のさくさく感がまだ残っていた。
肉厚なチキンには下味がつけられていたらしく、塩コショウのシンプルな味わいがまた堪らない。
口内でたまねぎについた味と混ざり合い、見事なハーモニーを奏でている。しかし少し辛い。米を足す。うまい。嵌った。

食べる最中にはふはふと熱い息を吐きながら、肉と米をかきこんでいく。
どうやら自分で作る、というのは嫌でも飯をうまくさせる作用でもあるのかもしれない。
そんな馬鹿なことを考えながら、肉汁滴るチキンカツを噛み千切り、タレと卵の味がしみこんだ米を口の中に放り込む。
脂っこい?馬鹿を言え。僕の年齢には丁度いい。むしろ物足りないくらいだ。

結局手を止めることなく僕は全てを平らげた。ごくごくと水を飲めば、冷たいものが喉を通って行く感覚が気持ちいい。
お腹は腹八分目といったところか。空になったどんぶりを横にやり、最後のデザートに手をつける。
不恰好なそれを手で掴み、口の中に放り込む。いも特有の僅かな甘みが舌いっぱいに広がった。
うまくマッシュされきっていなかったのか、まだ小さな粒が残ったそれを何度も租借する。うまい。

先日食べたクッキーのようなバターとミルクをたっぷりと使った焼き菓子もいいが、こういった素朴な味もまた別の良さがある。
そう考えながら二つ目を口に放り込む。舌触りはそこそこに良い。それほど手のかかるものでもなし、次は砂糖を入れて作ってみよう。
もう一つ口に放り込み、残りはまた後日にと考えて今日はココで終わるとする。最後に水を一口のみ、僕はようやく満足した。

「っ、あーーー……」

おじさんのような声を上げ、背もたれに身体を預けて天井を見る。
チキンカツ丼のお陰でぽかぽかと身体は温まっていて、お腹も十分に膨れたお陰で動きたくないという気持ちがはんぱない。

惣菜はとりあえず当たりだ。また行って、別のものも買ってみよう。
確かサラダも取り扱っていた筈。一品足りないときとか重宝するかもしれない。
それからカツ丼を次作るときはもう少し砂糖を控えめにしよう。出汁は逆にもう少し増やしてもいいかもしれない。
茶巾絞りは一度に作る量を見直そう。僕一人でこの量は飽きる。

今回の料理から学んだことと次回からの修正点を頭の中にまとめながら、満足したお腹を服の上から撫でる。
片付け面倒くさいなあと思いながらも、誰かやってくれる人が居るわけでもなし、いい加減動かねばならない。
とりあえず、だ。

背もたれに預けていた体重を元に戻し、空になった食器の前でパン、と両手を合わせる。

「ごちそうさまでした!」

暫くどんぶり物が続きそうだな、と思った。


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