(箱庭の楽園の住人)


(オールドラントに奴隷制度がある設定/夢主はシンクの奴隷/夢主が途中盲目になる/甘さは無い)






私はモッソ。つまり奴隷です。
名前は"ルビア"。シンクさまに付けていただいた、大切な名前です。



私は産まれてすぐエンゲーブの孤児院に捨てられていたそうです。
しかし七歳の洗礼式を迎える時に教団で預言を詠んでいただくための寄付金が足りなかった為、預言がいただけずにモッソの身に落とされました。
洗礼式の際に預言を頂かないと、町民として、そして教団の信者として認められません。なので私は人の形をした物──モッソとなったのです。

モッソとなった私はケセドニアへと売られました。孤児院の院長先生が泣きながら何度も謝っていたのを、幼心ながらに不思議に思ったのを今でも覚えています。
あの頃はよく理解していなかったのです。モッソとなるということは以降預言を与えられない、すなわち人として扱われないということの意味を。

粗悪な馬車に何日も揺られて辿り着いたケセドニアは、エンゲーブとは全く違う環境でした。長旅で体調を崩し、一緒に来た子が一人死にました。
悲しかったのだと思います。私自身も腐った水に当たり体調を崩していたので、実はあまりよく覚えていません。
ささくれ立った木の板の上に直接座っていたので、お尻の皮が破れてとても痛かったことと、何度も嘔吐したせいで狭い馬車の中に饐えた臭いが充満していたことの方が印象に残っています。

モッソの収容施設──私達の新しい住居で、私はピユウ・モッソと振り分けられました。
メノ・モッソへと振り分けられた子達とはココで別れることとなり、手を振ってまたねと言い合いましたが、これが彼等を見た最後の姿でした。
メノとなった彼らには単純な労働力として使い潰される未来が待っていること、そしてそれがどれだけ過酷な未来であることか私は理解していなかったのです。
私が不幸中の幸いとしてピユウに選ばれた理由は、女であることとそれなりに綺麗な顔をしていたからだそうです。
あまり自覚はありませんでしたが、他にピユウとして選ばれた子達もよくよく見れば顔立ちの整った子達が多かったと思います。

そこから私のピユウとしての教育を受ける日々が始まりました。
あくまでも労働力としてメノと違い、ピユウの仕事は特権階級の人々や下級貴族の方々のお世話係等ある程度の礼儀作法が必要とされるそうです。
故に商品価値を高めるため、私は日々肌を磨き綺麗なお辞儀の仕方や言葉遣いなどを矯正されていきました。
失敗しても殴られることはありませんでしたが、食事を抜かれたり髪を引っ張られるので必死になって覚えました。
そうして教え込まれていくうちに、早々に買われていく子と先生達が出し渋る子がいることを知りました。
出し渋るのはもっと高く売りたいからだと一緒に教育を受けていた姉さまが仰っていました。それがいいことなのか悪いことなのか、実は今でもよく解りません。

それから教育を受けた私が初めて売りに出されたのは、十と四つの時でした。
よくない買い手が居たようで、先生達が止める中振り上げられた腕に私は吹き飛ばされ強かに頭を打ちました。
そしてその時から──私の世界は瞼を閉じてしまったのです。

頭を打って意識を失った私が目を覚ました時、無事を喜んでくれた先生達は私が視界を失ったことを知ってとても嘆きました。
価値が落ちたことを、とても嘆いていました。
いっそこのまま死なせてやった方が私のためではないかと話す先生達の話を聞き、私はピユウからメノに落とされるのではないかと怯えていました。
このときの私は一定の年齢になったメノの女は質の良くない娼婦にさせられることを、そしてそれがどれだけ惨めなことかを知っていたからです。

メノに落とされるくらいならば、ココで殺されたほうが楽かもしれない。
何も写さない瞳を持ってしまった私に買い手などつく筈もないと、私は絶望を覚えたものです。

そんな時でした。ケセドニアの視察に来ていたシンクさまが、廃棄処分の線が濃厚となっていた私を買い上げたいと仰ったのです。
先生達は最初こそお止めしましたが、目が見えないからこそ買いたいのだとシンクさまが仰られたことにより、私を売ることを決めたそうです。
メノではなくピユウとして私を買ってくださったシンクさまに、私は心の底から感謝と尊敬の念を覚えました。

「お前の仕事はボクの身の回りの世話だ。だからこの屋敷から出る必要はない。他人と会話する必要もない。解ったね?」
「はい、シンクさま」

そうして私はケセドニアからダアトへと連れてこられました。
貴族でこそありませんが特権階級であるシンクさまは私の他にメノを二人抱えておりました。これはシンクさまの階級を思うととても少ないと言っても過言ではないと思います。
参謀総長としてダアトの軍事を支え、二千という途方もない数字の部下を抱えるシンクさま。本来ならば教団本部か神託の盾本部の一フロアを独占し居住区としてもおかしくありません。
しかしシンクさまはダアトの一角に小さな屋敷を借りてそちらで寝起きされております。そしてシンクさまのご意向により、私もまたその屋敷に身を置くこととなりました。

そんな私にも、同僚が三人ほどおります。内二人がシンクさまが買い入れたメノで、もう一人は一般人である料理人です。
料理人は通いのもので、私は会話をしたことがありません。主に関わるのはメノの二人でした。
一人は老女でした。寡黙な女性で、掃除や選択などを一手に引き受けてくれています。私のできないピユウの仕事もしてくれています。
もう一人は若い男性だそうです。声を聞いたことがないため、あまりよく解りません。力仕事を引き受けてくれているそうです。

シンクさまのお屋敷の中は、このような少人数で構成されています。
シンクさまはお言葉こそ少ないですが特段暴力に訴えられることもなく、とても良い方に買われたのだと私は感動に震えました。
モッソである私はユリアとローレライに祈ることは許されません。なので私は今日も、シンクさまに感謝と祈りを捧げるのです。



階下でベルの音がしました。シンクさまは足音を立てられずに移動するので、私が目安にするのは他のメノがシンクさまをお迎えする際のこの音しかありません。
これを聞いてから私はメノが予め用意してくれたレモン入りの水を冷蔵譜業から取り出し、冷えたコップと共にシルバートレイに乗せてリビングへと向かいます。
するとメノを引き連れることなくご帰還されたシンクさまが、自らドアを開けてリビングへと足を踏み入れるのです。

「帰ったよ」

僅かに空気の動く気配、そしてドアの閉められる音。テーブルに水を準備していた私のために、シンクさまはわざわざ帰還を口にしてくださいます。
ドアの開く音でご帰還はわかるのですが、口にしてくれるのが嬉しくて私はいつも声が聞こえてから振り返ります。私は悪いモッソなのかもしれません。

「お帰りなさいませ」

何かにぶつからないよう気をつけながら声のしたほうへと歩み寄れば、伸ばした手の先に温かな体温。

「お疲れ様です」
「誰も入ってきてないよね?」
「はい」

私の手を受け止めたシンクさまの質問に、いつものように私は頷きます。
お屋敷の中でシンクさまが主に使う居住スペースである階は、私と老女のメノ以外は立ち入りを禁止されています。
リビングやベッドルーム等は私が清掃を担っているため、足を踏み入れるのは私とシンクさま以外おりません。
不自由な私では清掃一つにも時間がかかり不完全な仕事しかできていないであろうことは想像に難くないのですが、シンクさまは私を詰りません。
なので私はシンクさまが少しでも快適に過ごせるよう、時間をかけて部屋を整えお帰りをお待ちするのです。

「身体を清める」
「畏まりました」

シンクさまが上着を脱ぐのを手伝ったあと、水を飲まれる間に着替えの準備をします。
屋敷で過ごす際に着られる服は手触りがよくゆったりとしていて、硬くかっちりとした軍服とは真逆の作りです。
それを持って浴室へと向かうシンクさまのあとに続き、既に湯の張られているバスルームへと向かうのです。

シンクさまはいつもご帰還後、すぐに身体を清められます。なのでご帰還の先触れが来た時に、すぐにバスルームを使用できるよう準備されています。
衣擦れの音の後、僅かな水音。私はシンクさまのお姿を知りませんが、お身体を清める際、触れた肌はとても若々しく同時に逞しいものであることを知りました。
湯の張られた湯船に身を沈めたシンクさまがその淵に頭を置き、頭髪を洗うことを許されることでその髪がとても柔らかなものだとも知っています。

「お湯加減はいかがですか?」
「いつも通り、ちょうどいいよ」

なのでシンクさまがとてもお若い方であることを、不自由ながらも知っております。
もしかすると私と同じくらいの年頃のお方なのかもしれません。

「ルビア」
「はい、シンクさま」
「服は足りてる?」
「はい。問題ありません」
「日常生活に不自由は?」
「ございません」
「足りない物はある?」
「大丈夫です」
「……外に出たいと思わないの?」
「特段思いません」
「……今の生活に不満は?」
「ございません」
「そう。お前は今の生活に満足してるんだね」
「はい。私はシンクさまに買われた幸せなピユウです」
「……そう」

湯船に身体を預けたシンクさまの腕をマッサージしながら、シンクさまの言葉にはっきりと答えます。
ちゃぷりと水音のみが響くバスルーム。ほう、とシンクさまの息を吐く音を聞きながら、私は言葉通り自らが幸せなピユウであると再認識するのです。

「……ならいつかこの屋敷を出るときに、お前もついてくる?」
「このお屋敷を出られるのですか?」
「いつかの話だけどね。ただ、今よりもっと不自由な生活になる」
「私はシンクさまのピユウ・モッソです。どうぞお連れ下さい」
「そう……なら、一緒に行こうか」
「はい」

私の手の中からシンクさまの腕が引き抜かれ、ざばりと水が流れる音。
湯船から上がられたのでしょう。部屋の一角に予め用意してあったバスタオルで身体を拭き、ゆったりとした部屋着を着付けてからリビングへと向かいます。
そしてシンクさまが軽く夕食を取られる給仕をした後、ベッドルームへとお供をすればあと少しで私の一日も終わりです。

「……シンクさま?」

ベッドに腰掛けたシンクさまの前に跪く私の頬に、何かが触れる感触。
シンクさまのお手でしょう。いつもの皮手袋の感触ではなく、硬く節くれだった細い指先が私の頬をなでます。
顔をあげても私の不自由な視界ではシンクさまのお顔を拝見することは叶いません。どのような表情で私を見下ろしておられるのか、想像で補うしかないのです。

「お前はボクのものだ。そうだね?」
「はい。私はシンクさまの物です」
「お前に預言はない。だからお前の価値も未来もボクが決める」
「はい。私の全てはシンクさまが定めるものです」
「……どっちが幸せなんだろうね」
「? 申し訳ございません。ご質問の意図が理解できません」
「いや、独り言だよ。答えなくて構わない。それよりそろそろ寝る。明日は休みだからいつもより遅い時間に起こして」
「畏まりました。おやすみなさいませ」

最後にシンクさまの頬に少しだけ頬ずりをして、ベッドに入られたシンクさまに頭を下げて部屋を出ます。
少し遅めにとのことですから、朝食も合わせて時間をずらす必要があります。部屋を出てメノの一人にそれを伝達したあと、私も与えられた一室へと下がります。
残り湯を使って身体を清め、明日の準備を終わらせてから私もまたベッドの中へと身体を滑り込ませます。

私は幸せなピユウです。
しかしそれを口にするとシンクさまは時折とても哀れんだような声を出されます。

シンクさま。
シンクさま。
シンクさまが帰ったよと声をかけてくださるたびに、私の胸は温かくなるのです。
おかえりなさいませと言って伸ばした手を受け止めていただけるだけで、私はとても幸せなのです。

だから私はシンクさまに感謝と祈りを捧げて眠りにつくのです。
どうか明日も明後日もその先も、シンクさまのお側に仕えることができますように。
この幸せな日々が、一日でも長く続きますように。
そう祈りを捧げて、私は眠りにつくのです。







シンク視点も書きたいなーとか思ってましたが、力尽きました。
シンクは被験者であるにも関わらず物として扱われるモッソを最初こそ見下してましたが、今では哀れんでます。
同時に自分が居なければ存在が成り立たないモッソに複雑な感情を抱いてたり。



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