灰かぶりの夢を見る(暖炉の中の夢想する)



※ティア・ナタリア厳しめ

 ヴァンを討伐して早くも半年の年月が過ぎた。
 教団を退団しマルクトにてフェンデ家復興の為に尽力していたティアは、キムラスカの王族との婚姻相手として選ばれた栄誉と期待に胸を膨らませていた。

 そもそもティアが教団を退団した理由は二つある。一つは兄が成したことに対する申し訳なさと居心地の悪さから逃げ出したくて。
 もう一つは二年の月日を経てアッシュと共に帰還したルークと将来を共にするためには、自分もまた貴族位を得ておいたほうが良いだろうと考えからだ。

 本音を言うならば身分など乗り越えてルークが迎えに来てくれることを待ちたかったのだが、キムラスカはマルクト以上の貴族社会。
 いくら英雄という立場があれど、流石のルークでも無理があるだろうとナタリアから助言を受け、ガイの手助けを受けながらフェンデ家の復興をしていたのである。
 そして男爵位を継承するための根回しや煩雑な手続きを終え、ようやく人心地ついた途端に舞い込んできた婚姻話。
 ルークは自分が貴族位を得るのを待っていたのだとティアは確信し、その話を喜んで受けた。

 やっとルークと一緒になれるのね。
 そう信じて止まないティアは少しばかり財産を圧迫する程度の高いドレスを注文し、顔合わせ後であるケセドニアを訪れていた。
 勿論一人ではない。ピオニー陛下の代理だという文官と護衛、そしてもう一人キムラスカの王族と婚姻を結ぶという知らない女性も一緒だった。
 ルークと結婚できると胸を高鳴らせていたティアは、その顔ぶれに内心少しばかりの不満が湧き上がる。ピオニー陛下の代理人ならジェイドで充分な筈だし、護衛ならガイをつけてくれればいいのにと。
 胸中湧き上がる不満が何度か口を飛び出しかけたが、これから慶事が待っているのだからとなんとか口から出さず我慢した。

 それにティアにとってもう一人の女性の方が危惧すべき相手であった。
 もしこの女性──名をルビアというらしい──の、結婚相手がアッシュだったら?
 大問題だ。アッシュにはナタリアという愛すべき相手がいるのだから、ルビアは邪魔者でしかない。
 いざとなったら全面的にナタリアの味方となり、ルビアを廃する手助けをしよう。そう心に決めながら、ティアは顔合わせの現場へと足を踏み入れた。

 アスターの紹介で借りた屋敷はケセドニア風の豪奢な屋敷で、王族を迎え入れるのに相応しい絢爛さを持っていた。なんでも、キムラスカの男性陣は公務の片手間に顔合わせに来るらしい。
 ティアは漏れ聞いたその情報に、公務よりも未来の妻を優先すべきだと内心憤慨し、これは顔を合わせた時にルークに注意せねばならないと心のメモに書き留める。

 他に何を話すべきか。ティアが頭の中で整理している間に広い応接室に通され、一人がけのソファに案内された。
 目の前のローテーブルには香り馨しい花が飾られたバスケットと飲み物が置かれ、対面には同じように一人がけのソファが置かれている。
 なるほど、キムラスカ側の人間、すなわちルークは反対側に座るのだろうと一人で納得するティア。同じソファのセットが右隣にも用意されていて、ルビアはそちらに腰掛けた。

 そしてどれほど待たされただろうか。ティアが苛立ちに部屋の外に様子を見に行こうとした辺りで、ようやくピオニー陛下の代理人とともにルークたちが現れる。
 遅い。とティアが文句を言う前に、代理人に促されルーク達がそれぞれソファに腰掛けるために動いた。

「ちょ、ちょっと待って! 一体どういうこと!?」

 ティアはルークとの結婚を夢見てここに来た。
 しかし現実はどうだ。ティアは自分の血の気が引いていくのを感じた。ティアの目の前に座ったのはルークではなく、アッシュだった。

「久しぶりだな、ティア・グランツ。いや、今はメシュティアリカ・アウラ・フェンデ男爵か」
「ええ、久しぶりねアッシュ……それよりどういうこと? 何故貴方が私の前に座るの?」

 そう言ってティアはルビアと歓談を始めたルークを横目で見やった。
 ティアの甲高い声に一旦視線を向けたルークだったが、今は欠片もティアを気にしていない。その態度にティアは内心苛立ちが募る。
 アッシュと話しながらもティアはちらちらとルークに視線を送るが、ルークがその視線に気付く事はない。
 ルークは相も変わらず鈍感で、気遣いが苦手なようだ。そう判断したティアの心のメモに、ルークへ注意すべき事項がまた一つ書き足された。

「何がおかしい。お前はキムラスカ王族との婚姻を結ぶと言われてそれに乗り、この場にいるんじゃないのか」
「そ、れはそう、だけど。私はてっきりルークと……」
「文句ならナタリアに言え。この事態はナタリアのせいだからな」

 ルークと違い、ティアの視線に気付きながらもあえて気付かないふりをするのは対面に座っているアッシュだ。
 ティアの文句に対して疲れの見える口調で言い返したアッシュに対し、その言葉を聞いたティアは視線をアッシュに戻してからどういうことだと顔をしかめる。

 アッシュは説明も億劫そうだったが、説明してくれる気になったのだろう。もしくは説明しないとティアが収まらないと悟ったか。
 代理人に一言告げてからティアを別室に誘うと、ティアもまたそれに着いていくことがどういうことなのか理解しないままソファを立ってアッシュに続く。
 強いて言うならばティアは残されたルークとルビアの方が心配だった。だがそれ以上に、ナタリアの名を無視出来なかった。ナタリアがアッシュを自分に差し向けたなど、信じられるはずもなかった。
 だからこそティアはアッシュと共に部屋を出ていく選択をした。それがどういう意味を持つのか、深く考えることもしないまま。



「ティアをキムラスカ王家に迎えるべきですわ。先の英雄にしてユリアの子孫であるティアの血の価値は計り知れません。パッセージリングの起動にユリアの因子が必要であったように、まだまだ私達の知らない過去の音機関の鍵になっている可能性は高く、同時に教団に対する強大なアドバンテージにもなります。今後教団がどうなるかは不明ですが、あれほどユリアを信奉していたのです。手の平を返す事は早々ないでしょう。そんなユリアの血をキムラスカ王家に加えることで教団はキムラスカを無視出来なくなるのは目に見えて明らかです。それにティアは今やマルクトの貴族。音素の減少が避けられない今、マルクトとの繋がりを強固にするにも一役買ってくれる筈ですわ」

 アッシュがアシュレイ・L・フォン・ファブレと名を改め、またルークもまたルーカス・L・フォン・ファブレと名を改めて数ヶ月経った頃、ナタリアはそんなことを言い出した。
 今更教団と懇意にする必要はあるのか。そう思うものは何人か居たものの、大抵の者はその意見に賛成した。
 ユリアの血をキムラスカ王家に取り込めれば未だ預言に傾倒する者達を掌握することができるし、ナタリアの言う通りマルクトとの仲も深まる。英雄として名を知られているティアとの婚姻なら、国民も慶事として喜ぶに違いない。
 何よりティアはユリアの子孫でありながら貴族位は低い。手玉に取るのは楽だろうと踏んだのだ。
 故に貴族院の殆どの者がナタリアの案に賛成し、ナタリアもまたその反応に満足げに微笑んだ。

「ルークとアッシュ、どちらかを王城に迎えるのは最早必定。それならば私はアッシュを迎えるべきかと愚考します。ルークを貶すつもりはありませんが、ルークはレプリカの身。後身を残す、という点において些か不安が残るのは否定しきれません。その点アッシュは被験者で健康体なのは言うまでもなく、十歳までは神童と言われたほどの頭脳の持ち主です。彼にも汚点がないとは言いきれませんが、しかし彼はそれでもこのバチカルへと帰還しました。過去の罪を雪ぐため、そしてキムラスカの未来のため、並々ならぬ努力をしてくれることでしょう。以上の理由から、私はアッシュを王城に迎えることを推奨します」

 また別の日に、ナタリアはこんなことを言った。ナタリアの発言の裏側が透けて見えて何人かは眉を顰めたが、概ねの貴族は賛成した。
 ある者はレプリカというものを蔑んでいたため。またある者は血統に拘るが故に。
 他のある者は……アッシュの過去の汚点──軍港襲撃──をつつけば罪悪感を刺激して御しやすいだろう、という強かな計算の元に。

 そう。御しやすさ、という点においてはルークよりアッシュの方が扱いやすいのだ。
 アッシュは沸点が低い。扱いやすいことこの上なかった。傀儡王にするのに、これほど相応しい者も居ない。
 その点ルークはアクゼリュス崩落以外に汚点らしい汚点がなく、そしてそれ以上の功績を数多と持つ上、存外頑固でしっかりしている。
 故に幾人もの貴族がナタリアの案に賛成し、その慧眼を称える賛美を聞いたナタリアは満足げに微笑んだ。

 ティアをキムラスカ王家に迎え入れるべき。
 ルークではなくアッシュを王家に残すべき。

 ナタリアの案は受け入れられ、今回の婚姻が持ち上がった。ナタリアは言外にルークとティアを婚姻させ、自分はアッシュと結婚して王家を継ぐべきであると主張していた。
 しかし貴族達はそれを理解していながら、アッシュにティアをあてがい、ルークをマルクトの皇族の血を引く姫と婚姻させることを選んだ。
 別にナタリアの言葉に反してはいない。現にこの方法ならばアッシュとティアはキムラスカ王家に迎え入れられるのだから。
 ナタリアは自らの価値を見誤った。血統に拘る彼等はナタリアを姫と認めても未来の国母として認める気はなかったのだと理解しきれなかったが故に、今回の事態が引き起こされてしまった。

 ナタリアは今後、キムラスカの有力貴族を婿に迎えるだろう。インゴベルトがあれほど溺愛していたナタリアを手放すはずがない。
 自分の死後もナタリアを王城に留め置く、それができずとも何不自由なく暮らさせるためにはその婚姻は絶対に結ばなければならない。
 どれほどナタリアがわがままを言おうとも、そこはインゴベルトにとって決して譲れないラインに違いない。

 つまりこのままではナタリアと見知らぬ夫が暮らす王城に、ティアはアッシュの妻として嫁ぐことになる。
 アッシュの口からここに至るまでの経緯を聞かされ、そしてその結果がどういう意味か想像できたティアは唇を噛み締めながら顔色を赤くしたり青くしたりと大忙しだった。

 そして説明を終えたアッシュは、ティアの現在の感情が手に取るように分かった。かつての仲間の男の元に嫁いだ挙句ひとつ屋根の下で暮らさねばならないのだ。
 ナタリアは恋愛至上主義の一面もある。今まで通り仲良くなどと夢のまた夢であり、男であるアッシュよりも、女であるティアの方がその苦痛は大きいだろう。
 ましてやティアはルークに恋慕している。ナタリアに恨まれながら、すぐ間近でルークがほかの女と愛を育み子を設けるのを見続けなければならないのだ。ティアにとって地獄以外のなにものでもない。

「そんなの……そんなの嫌よ! アッシュ、何とかならないの? あなただってナタリア以外との結婚なんて嫌でしょう!?」
「俺の意思など関係ない。決めるのは国だ」
「そんな横暴、許されるはずないわ!」
「横暴? 違うな、義務だ。貴族とは人より良い教育を受け、良いものを食べ、良いものを着る。その代償として国と民をより良き道へと誘うための義務が生じ、その努力を生涯続けなければならない。結婚もその義務の一つだ。個人の感情は関係ない。重視されるのは家柄や資質だ。それが"貴族の常識"だ。全ては祖国と民のために。ああ、そんなの知らなかった、などと言うなよ。お前は貴族になると自分で決めた。なのに貴族がどんなものか知らなかった、なんて言い訳にもならないどころか自分の無知と無教養を晒すだけだからな」

 まさしくそんなこと誰も教えてくれなかったと言おうとしていたティアはぐっと言葉をつまらせる。
 自らを無知・無教養と認めることはティアのプライドが許さなかった。しかしルークを諦めきれず、想像した未来を避けたいティアは何とかならないかと言葉を探す。
 そんなティアを見てアッシュはため息をつくと、「もうどう足掻こうと無駄だ」とティアに冷酷に告げる。

「嫌よ。私は、私はルークと!」
「お前には無理だ。現にお前はもう俺との婚約を受け入れている。あとはどれだけお前が嫌がろうと婚約は進められる」
「私がいつアッシュとの婚約を受けたというの!?」
「今だ。婚約相手との顔合わせの場において、お前は俺と二人きりになった。貴族の未婚の女が、婚約者候補と密室で二人きりになったんだ。婚約を受けるという意思表明には充分すぎるだろう」

 淡々と告げたアッシュの声に感情は乗っていない。当たり前だ。
 アッシュは自らが傀儡王になる未来を正確に理解し、その上でそれを受け入れている。その隣に腰掛けるのは未だルークに敬称を付けて呼ぶことも出来ない身の程知らずの女なのだ。お飾りが務まるかどうかすら怪しい女だ。
 かつて国益を損ねた過去を受け入れ、残りの人生を国のために捧げると決めたアッシュだったが、それでも想像するだけで疲れてしまう。
 ティアを愛せる自信など欠けらも無い。子供を作ることとて、拒否されるだろう。それでもやらねばならないのだ。全ては祖国と、民のために。

 青ざめるティアが慌てて部屋を出ていこうとするが、部屋のドアにはいつの間にか鍵がかけられていた。


前へ | 次へ
ALICE+