ガーデンフール(1)


 ローレライ教団神託の盾騎士団本部。
 その端っこをおぼつかない足取りで歩きながら、人気のない場所を目指していた。可能ならば、日当たりの良い場所を。
 しかし年季の入った建物は大きい分、日陰も多い。ふらりふらりと酔ったような足どりで人気のない場所を求めて歩く。
 服の下で肌が疼いていた。

「はぁ……っ」

 僅かな痛み。肌が裂ける感覚は不快なだけで、そしてこれからも慣れることはないと思う。
 『花生み』という体から花が咲くという特殊体質は、何年たっても私の精神を蝕んでいる。

 『花体質』という特殊体質を持つ人々が、このオールドラントにごくわずかにいる。
 身体から花を生み出す『花生み』と、その花を食べる『花食み』と呼ばれる人々のことだ。
 羨ましがられることもあれば、気味悪がられることもある。

 花生みがいかにしてその身体から花を咲かせるかは人によってさまざまだ。髪に咲くこともあれば、流した涙が花になる人も居るらしい。
 私の場合は背中に小さな花が数多と咲く。親からはとても綺麗だと言われたが、花が咲く度にぷつぷつと肌を裂いて小さな痛みを伴う上に、自分では見えないのでちっとも嬉しくなかった。
 それに花は放置するわけにはいかず、自分でむしって処分しなければならない。背中という位置のせいで毎度毎度四苦八苦させられるのだ。

「お日様……」

 ようやく本部の端の方から建物を出て、人気のない日光のあたる場所へとたどり着いた。
 特に花壇やベンチがあるわけでもない、雑草だらけで少し花が生えているだけの空きスペース。主だった部屋から離れているせいで録に手入れもされていない場所だ。
 頬を照らす日の温かさにホッと息をついて周囲に人気がないことを確認してから、ごそごそと上着を脱ぎ始める。
 毎日のように背中に咲く花のために、私の団服のインナーは背中が大きく空いた形に改造させてもらっている。
 日光を浴びてぷちぷちと花が咲く痛みに眉を顰めながら、草に埋もれるようにしてごろんとうつぶせに寝転がった。

「……痛い」

 背中に日差しを感じながら小さく弱音を零し、花が咲き終えるのを待つ。全て咲き終わったら今度は一つ一つむしっていかねばならない。
 何でこんな特殊体質に生まれてしまったのか。親は花体質じゃないのに、こんな体で産んだことを恨んでしまいそうになる。
 せめてパートナーとなる花食みが居ればこの痛みも軽減されるかもしれないが、生憎と花体質の人間は稀有だ。
 教団内では導師イオンやグランツ謡将がそうらしいが、そんな雲の上の人にパートナーになって欲しいなんて言えるわけがない。
 そもそもグランツ謡将はリグレット師団長と唯一の関係プートニエールになってるって聞くし。

 ぷつぷつと肌が裂ける。咲ける。咲いていく。
 我慢できる程度の、けれど無視は出来ない痛みに眉を顰めながら早く咲き終われと願った。

「……花生み?」

 ハッと顔を上げる。
 周囲に人気がないことを確認したはずなのに聞こえた声は、聞いたことのあるものだった。

「シンク師団長……あっ、つぅ……っ!」

 第五師団師団長。つまり上司の上司。
 敬礼のため慌てて立ち上がろうとしたところでまた花がいくつも咲いて、痛みに呻いてしまう。
 師団長は私に掌を向けて立ち上がらなくても良いと手だけで示してくれたので、その指示に甘えてまたごろりと草に額を押し付けた。

「このような姿で申し訳ありません……お見苦しいところを、つっ」
「構わない。お前、花生みだったのか」
「はい……っ」

 痛みをこらえながら近づいてくる師団長の言葉に頷く。
 さくさくと雑草を踏んで近づいてきた師団長が私の隣で膝をつき、そっと私の背中を撫でた。

「あの……っ、今は、触れないでいただけると……っ」
「そんなに痛いわけ?」
「その……がまん、出来ない程では……ないのですが。それなりに……っ、なにぶん、数があるので……」
「確かに、大量だ。それにすごい匂い」

 その言葉に痛みとは別に僅かに眉を寄せた。
 確かに今、私の背中からは花の香りが漂っている。けれど私の鼻孔を擽る匂いは、決してすごいと称されるようなものではない。

「……シンク師団長は、っ、花食みでしたか」
「……なんでわかる」
「私の花はにおいが薄いらしくて……っ、解るのは、花体質の者だけだそうで……つ、ぅ」
「ふうん」

 興味なさげに呟いておきながら師団長は私の背中を撫でる。やめてって言っているのに。
 涙目になりながらぷつぷつと咲く花の痛みに耐える。このスピードならもう少しで咲き終わるだろう。
 地面に爪を立てて痛みをこらえていると、私を見降ろしていたであろう師団長が小さな声で聞いてきた。

「……パートナーは?」
「いません……この教団、花体質の人、少ないじゃないですか……っ、いたたた……っ」
「じゃあ、花遊びをしてくれる相手はいないわけだ?」
「そうですよ。普段から栄養剤のお世話になってます……っ」

 花生みは毎日のように花を咲かせるその体質からとにかく大食漢が多い。
 その上花が咲くタイミングは自分でコントロールできないので、仕事中突然今みたいに痛みに呻いて役に立たなくなることも多々ある。
 食べるために騎士団に入ったはいいものの、この体質のせいで私はいつまで経っても下っ端で、よく食べるだけのただの役立たずだ。
 本当に花生みの花体質なんていいことない。花食みなら人より能力が高いとか、そういうメリットがあるのに。

 お陰で同じ隊の中でも私はお荷物扱いで、せめて食事量を減らそうと花生み専用の栄養剤を携帯している。
 けれど花体質の人間は少ないから、花生みようの栄養剤っていうのは高いのだ。給料の半分近くがこれに飛ぶ。ほんと、デメリットばっかり。

 そんな風に悲嘆にくれていると、そろそろ咲き終わりそうな背中の花をじっと見降ろされている気がした。
 シンク師団長は仮面をつけているのでその目を見ることは出来ないけれど、視線が突き刺さるのを感じるのだ。
 だから痛みをこらえながら、つい聞いてしまった。

「……します? 花遊び」
「……本気で言ってる?」
「師団長にプートニエール居たりします?」
「居るわけないだろ」
「良かった。ヤドリギ希望って訳じゃありませんが、すごい視線感じたので。宜しければどうぞ。正直なところ自分でむしるのも大変なんですよ、背中なので」
「上司を使おうとはいい度胸だね」
「師団長が花食みじゃなければ言いませんて」

 長らく痛みをこらえていた疲れから私の態度も雑なものになる。普段は号令で聞くだけの声をすぐ間近に感じながらぐったりと四肢を投げ出す。
 多分今の私の背中は花畑みたいになってるだろう。師団長がむしってくれるというのならば大歓迎だ。

「……そのまま頭下げてな」
「うえ?」
「顔を上げるなって言ってるんだよ」
「あ、はい」

 語気を強めて言われた命令に師団長と話すために上げていた頭を慌てて下げる。
 意味が解らないまま命令に従ったところで、背中に感じた温もりとぷつりと花を食まれる感覚に師団長が何をしているのか悟ってカッと頬が熱くなった。
 てっきり花を摘まんで食べると思ったのに、文字通り花に顔を埋めて食べているのだ。
 花食みが花生みから花を与えられる行為を花遊び、あるいは花埋めと称することは知っていたが、本当に顔を埋められるとは思ってもみなかった。

「っ、あ」
「……痛むのか」
「いえ、花食みの人に慣れてないだけで……痛くは、ないです」
「そう。顔を上げるんじゃないよ」
「は、はい……」

 花食みに食べられているからだろうか。いつも花を毟る時に感じる痛みは殆ど感じなかった。ちょっとだけくすぐったい、というか。むずむずする、というか。
 なんとも表現しがたい感情を覚えながらもされるがままになっていたら、お腹に腕が回されたかと思うと無理矢理身体を起こされる。
 ひょおわ!? と間抜けな声を上げた私を無視し、地面に座った師団長が膝立ちにさせられた私のお腹を抱えながら背中に舌を這わせる態勢になった。食べづらかったのかもしれない。

「ふ、ぁ……ん。いった!?」
「ふうん。やっぱり毟ると痛いんだ」

 ぶちっと音が立ちそうな勢いで毟られて思わず声が出る。痛いに決まってるじゃないか。
 自分だとそっと毟ることが出来るが、師団長に容赦なく毟られたせいで大きく肩が跳ねた。けれど試しに毟っただけのようで、またそのまま背中に吐息がかかる。
 視線をうろつかせると雑草の上に投げ出された金色の仮面が見えて、遅まきながら師団長が顔を上げるなと言った理由を悟った。
 そうか。師団長、仮面を外してるのか。

 花食みにとって、花生みの咲かせた花は非常に栄養があるのだという。プートニエールとなった花生みの花などは大変美味に感じるそうだ。
 同時に有能ではあっても精神的、性格的に不安定な傾向のある花食みにとって、定期的に花生みの花を摂取することは能力の向上や安定性を計るという意味でも重宝するらしい。
 師団長はプートニエールが……恋人関係にある花生みが居ないと言っていた。試しに誘った花遊びに乗ったところから見て感情抜きのパートナーも居ないのだろう。
 ……シンク師団長、近寄りがたい雰囲気持ってたし。これで少しは性格が丸くなると良いな。
 そんな馬鹿なことを考えながら、私は無心で花を食べられていた。


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