ガーデンフール(2)


「おい、辞令だ。師団長付きだとよ」

 シンク師団長と花遊びをしてから三日。
 小隊用に宛がわれた小さく薄暗い部屋で、今にも舌打ちをしそうな厭味ったらしい声音で小隊長から書類を差し出され、私は呆然とするしかなかった。
 下っ端も下っ端の、響長にすらなれていない私が師団長付きになるなんて、もしかしなくとも先日のあの一件が原因だろう。
 花野郎が、と嫌味を添えながらわざと肩をぶつけて出ていく小隊長を見送ってから恐る恐る渡された書類を見る。
 そこには私の響長への格上げと、部屋を移るようにという指示が書かれていた。ひえっ。

 とはいえいつまでも震えているわけにはいかない。私はあわてて私物をまとめ、指示されている通りにシンク師団長のお部屋を目指す。
 シンク師団長のお付きという立場がどういう仕事を任せられるかは解らないが、嫌味ばかり言われていた小隊から抜けられるのはちょっとだけ嬉しい。
 震えながらもノックをして名前を名乗れば、少し間を置いた後に入室許可が出る。失礼しますと声を上げてドアノブを捻れば、日当たりの良い広い部屋がそこには広がっていた。
 流石は師団長兼参謀総長の部屋である。執務机が複数に応接スペースまで揃っている。視線だけで素早く部屋を見渡してから、執務机に居た師団長に向かって敬礼をした。
 辞令を受けて来た旨を告げれば、書類から顔を上げないまま師団長が頷く。

「君のことを少し調べた」
「はい」
「神託の盾に所属する場合、花体質の者はそれを上に報告する義務があるのは知っていると思うけど、君は第五師団に所属している筈なのに、師団長である僕はその報告を受けていない」
「え?」

 そんな馬鹿な。私は確かに小隊長に自分の花体質のことを報告している。実際花野郎だの、花生みはよく食べる癖に対して役に立たないだのとよく言われていた。
 それなのに私の花体質のことを報告していない、とは。目を丸くする私に書類を一枚片付けた師団長が顔を上げた。

「君が隠していたのかと思ったけど、どうやら小隊長の独断で報告を止めていたらしいね。花食みは才能豊かな者が多く、神託の盾は花食みを歓迎してる。ただその分メンタルが不安定で、その安定には花生みが必須だ。花体質を申告しなければならないのは神託の盾の戦力安定化のためでもある。それを自己判断で怠った小隊長には近々罰が与えられることになる」
「は……はい」
「その上花食みの安定に必要な花生みをああも雑に扱うとはね。もう解っているだろうけど、君の辞令は小隊丸ごと罰を与えるのに邪魔だったからだ。今回特例で一時的に僕付きにしたけど、その内適当な小隊に割り振るからそのつもりで」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「短期間とはいえこの部屋で働くんだ。せいぜいこき使ってやるから覚悟しな」
「せ、精いっぱい努力いたします……!」
「それじゃそこのデスク使っていいから、まずこれ書いて」

 師団長の厳しい物言いに震えつつも渡された紙を受け取り、顎で示されたデスクへと向かう。
 席に着きながら書類に目を通してみれば、花体質の──その中でも花生みの──申請書だった。よくよく読み込んでみれば食費や栄養剤の購入に対する補助があるらしい。
 パッと顔を明るくして師団長を見るが、既に師団長の視線は書類へと戻っている。漏れそうになった鼻歌を自重しつつ、しっかりと読み込んでからさらさらとその申請書に名前を書いた。
 パートナーの有無まで書かなければいけないのは不思議だったが、素直になしと書いて師団長に渡すために椅子から立ち上がる。

「師団長」
「ん」

 声をかければ顔を上げることなく手を差し出され、そっとその手に書類を乗せる。
 手元の書類を見終わった後に私の書いた申請書に目を通した師団長は、問題ないねと呟いて受領印を取り出す。
 そして書類を受理しようとして……師団長は顎に手を当てて何か考え込んでいた。

「……一つ、提案があるんだけど」
「なんでしょうか」
「ヤドリギを探していてね」
「誰がですか?」
「この流れで僕以外居ると思う?」
「失礼しました。それは相利共生のお誘いということで宜しいですか?」
「そうだよ。居ないんだろ、パートナー」
「はい」

 ヤドリギ。
 それは特に恋愛感情は無いまでもお互いの利益のためにパートナーとなった花生みと花食みを指す言葉だ。
 花食みの一方的な搾取だと誤解している人も居るが、そんなことはない。花食みにとって花生みが咲かせた花が高栄養であるように、花生みにとって花食みの体液は非常に高い栄養分となるのだ。
 花食みは花生みの花を食べることで能力とメンタルの安定と向上を図り、花生みは花食みの体液を分けてもらうことで栄養を補う。すなわち相利共生の関係なのである。
 プートニエールになると更に花生み側にメリットがあるのだが、今回の場合はそれは関係ないので割愛しておく。

 それを提案された、ということは本当に師団長はパートナーが居ないのだろう。
 師団長からの相互利益を目的としたお誘いに少し考える。特に支障はない、と思う。
 強いて言うなら少し恥ずかしいくらいだが、多少の羞恥心など花を毟る時の痛みと食費と栄養剤の経費を考えれば些細なことだ。
 念のためパートナーが居た場合補助はもらえないのか確認したがそんなことはないというので、私は師団長の提案に乗ることにした。

「私としてはデメリットがありませんので、師団長の提案をお受けしたいと思います」
「そ。花が咲く周期は?」
「ほぼ毎日ですが、師団長に食んで貰ってからはまだ咲いていません」
「だろうね。僕が食めば頻度も減るだろうし、体液を分けるのは花を食んだ後でどう?」
「問題ありません」
「じゃあ契約成立だ。ここ訂正しといて」
「はい」

 パートナーの欄を訂正するように書類を返され、そこを書き直してから再度申請書を提出した。
 今度は問題なく受理され、胸を撫でおろした私に師団長が容赦なく書類の分類の仕事を振ってくる。
 一時的とはいえ師団長付きになった以上、この書類仕事から逃れることは出来ないのだろう。悲鳴を飲み込みながら、私は粛々と書類を受け取った。
 嫌味だらけの小隊から解放されたのは嬉しいが、しばらくは書類と格闘する日が続くのかと思うと少しだけ憂鬱になった。

 それから三十分ほど書類の仕分けに奮闘し、続けざまに書類の処理の仕方を教えられ、二時間ほど計算仕事に熱中したところでふと背中が疼いて顔を上げた。きた。
 前回師団長に食んで貰ったおかげでここ二日ほど平和だったのだが、どうやら限界らしい。

「終わった?」
「いえ、その……咲きそうで」
「ああ、そういうこと。そこ、椅子持ってっていいから。衝立もそこにあるから使えば」
「あり、がとうございます……」

 そう言って師団長がペンで指したのは日当たりの良い窓際だった。師団長の部屋は三階にあるから外から覗かれる心配はない。
 例え来客があっても衝立を立てておけば団服を脱いで背中を丸出しにしていても問題ないだろう。
 小隊の部屋は窓がなかったために花が咲く度に人気のない場所を探さなければいけなかったが、この部屋はその必要もないらしい。
 私はホッと息を吐いて失礼しますと言って席を立ち、椅子と衝立を移動させてから団服を脱ぐ。
 椅子の背もたれを抱くように腰かけて窓から降り注ぐ日差しを背中にあてつつ、ぷつぷつと咲く花の痛みに漏れそうになる声を噛み殺した。

「……香りが凄いね」

 ある程度咲いたところで衝立の向こうから声が聞こえた。それも、結構近くで。
 入るよ、という軽い言葉と共に衝立の向こうから仮面をつけたままの師団長が覗き込んでくる。

「花は一定じゃないのか」
「そうですね。日替わりって訳じゃ、っ、ありませんが、いろいろ咲きます……っ」

 痛みをこらえながら質問に答える。
 師団長は私にそのままの体勢で居るように言うと、背後に回ってまた私の身体に腕を絡ませる。
 そのまま背中に舌を這わせられて、私の肌に咲いた花が食べられていく。

 熱く肉厚な舌が花を掬い取る度に、さっきとは違った意味で声が漏れそうになるの。
 肌に感じる息と、触れる鼻先。腹部に回された腕は細そうに見えて結構に力強い。

「……っ、あ」

 ただの共生関係と解っていながら、少しだけ変な気分になってしまいそうだ。
 見下ろした師団長の手に持たれた仮面を見下ろしながら、ヤドリギになったことでいつかその仮面の下を見せてもらえる日も来るのかなとぼんやりと思った。


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