花の散るらむ




「潰すなとかあーだこーだ言ってたのは、今の話のことか?」
「………うん、そうだよ」

巫女としての話は、お終い。あとは『私』ーーー吉野 舞としての私が、皆に応える番だろう。お客様として迎えていることを念頭に置きつつ、なるべく普段通りを心がける。
話を終えたのが分かったのだろう。間を置かず、しかし意外なほど静かに質問してきたのは、話の間その紅で私をずっと見据えていた勝己くんだった。眉間に寄った皺は色濃く刻まれているが、爆破を起こす素振りはない。
むしろ周りにいる子達の方が泣きそうだったり、悔しそうに唇を噛んでいたり。感情を顕わにしてくれていて、『やっぱり皆ヒーローの卵なんだなぁ』と。出会ったばかりの私を心配し、それでも意を汲んで黙りを決め込んでくれているのが、すごく、有難かった。ここで誰か一人でも否やを唱えてしまえば、私が去るというのを覚えていてくれたみたいだ。

「でも…でもよぉ……そんなのって…」
「ーーー上鳴くん、だっけ。ありがとう、心配してくれて」

悲しすぎる、と。彼ら彼女らがそう思ってくれるだろうことは、分かっていた。秘密にした方が悲しませないことも。でも、秘密を作りたくなかった。これは私のエゴでもある。
夜桜神社の成り立ちや、一族に引き継がれてきた性質は一般的な感性を持つ人間には理解し難いだろう。誰かを犠牲にするなんて、と義憤に駆られる人も少なくなかった。私はこの容姿もあって少し目が悪くなる程度で済んだが、代々の巫女はそうはいかなかった。先代ーーー私の母も、目と足を神に捧げている。
その上、ヒーローもヴィランも分け隔てなく仏として扱うので、敷地内では個性使用びおよび闘争禁止。そんな絶対中立を貫く夜桜一族を疎ましく思う者も、少なくない。なにせ全国津々浦々から極悪人が集まってくるのだ。木花咲耶姫の力で神域となっているため、各地にある入口から同じ空間に転移してくるということはつまり、ヴィランを一網打尽に出来る好機と同義。おいそれと逃がしたくないという気持ちは分かる。でも、それは出来ないのだ。
ヴィランが誰かの墓参りに来たとしても、通報されることはない。個人情報を漏らされることもない。私達は口を噤む。私がヒーローになることが本来有り得ないというのは、そういうことだ。その例外が生まれた原因は、父の死。ヴィランにより、婿入りしてきた夜桜一族を殺されたためだった。

「…そういえば、舞ちゃんのご両親って……」
「母は存命だよ。でも、人前に出るのは、私だけ」
「この広い神社で、ひとりぼっち……」

誰かがぽつんと呟いた言葉で、さらに空気が重くなった。…私は慣れてしまったから、大丈夫なのだけれど。それに基本的にお客様が途切れず訪れるから、考える時間すらないことの方が多いし。
父は「生き物以外を小さくする」個性をもつ、穏やかな人だった。遺品や骨などを桜の木の下へ埋める前に、最大限縮小をかけて、ぎゅうぎゅうに詰め込んで。『思い出は大事にしないとね』、と。優しく笑い、目一杯の死者への思いやりと弔いを忘れない人だった。
今はその仕事を、私が受け継いでいる。父のようにはいかないが、毎日使い続けているおかげで使用上限は少しずつ増えてきた気がする。

「父親がそうなって、それでも夜桜一族はヴィランがここに来るのを黙認するのか……?」
「ううん、姫神様は…木花咲耶姫は、許さなかった。だから私が条件付きでもヒーローになることが…天秤を傾けることが、許された」

一族が何者かから害を受けたとき、木花咲耶姫はそれを許さない。それがヒーローであればヴィランに利がある働きかけを、ヴィランであればヒーローに利がある働きかけをすることが可能になる。父が亡くなった原因がヴィランであったため、私はヒーロー科に入ることを許された。本来は中立でいなければならない立場ゆえ、これは特例中の特例だ。「夜桜」の個性は原則使用禁止。父から受け継いだ個性だけで、ヒーローを目指す決意をした。

「夜桜の内情は、述べた通りです。どうか内密に、そして…今後も変わらぬ対応をお願い出来れば……」

しんと静まった境内で、鹿威しの立てる軽快な音だけが耳をつく。やけに唇が乾いて、ぺろりと舐めた。どんな極悪人と対峙しても震えなかったのに。今、こんなに怖いのは、何故だろう。全てを話し、逃げ道を塞ぐ決意をしたのは、私なのに。最悪は学び舎を去ることになると、理解していても辛かった。
だが今はまだ、皆姫様のお客様だ。毅然とした態度で、巫女として振る舞わなければいけない。それなのに。目を合わせていられなくて、俯いてしまった。

「今までのプロヒーローさんたちのなかには、その…正義感溢れる方も多くいらっしゃいまして……」
「お前はそれでいいンかよ」
「……一本道で途方に暮れるよりは、進む方が建設的かな、と」
「じゃあ、お前は。なンでヒーローになろうと思った」

やはり、迷惑なのだろうか。
こんな重い事情を抱えた、曰く付きのクラスメイトなんて。
私がヒーローになりたいなんて言わなければ、今手持ちのヴィランの情報をヒーロー側に開示することで父の死に報いることもできた。その方が余程効率よく、世の中のためになっただろう。
それでも。それでも、私は。

「なりたいって、思ってしまったから」

お墓の前で泣き崩れる人。呆然と佇む人。暫く見ないと思ったら、骨になってここへ戻ってきた人。
そんな人達を、ただ見守るだけの仕事に就いているのは、嫌だった。

「ヴィランもヒーローも、丸ごと救える人になりたいと、思ったから」

理不尽に命を落とす人を見るのは、もう沢山だ。

「ーーーなら! なんの問題もないよ!ね、皆!」
「ケロケロ。そうね、立派だと思うわ」
「下学上達! 共に頑張りましょう。ね、舞さん」

弾かれたように顔を上げる。視界に映るのは、笑顔。
勿論瞳の奥に残る蟠りはあった。話した上で『善意は受け取れない』と前もって優しさを踏み躙り、突っぱねたのだから、当然だ。それでもその色は、私への拒絶ではなかった。ありったけの誠意をのせ、私を受け入れる覚悟が、そこにはあった。

「……………あり、がとう」

ぶわり。桜が柔らかな風を孕み、天へ昇ってゆく。いけない。感情の昂りのまま、表情に出してしまった。声が震える。じんわりと、瞳に膜が張っている。心做しか、顔も熱い。ダメだ、こんなんじゃ。巫女たるもの、楚々としていなければ。
…何故かみんなが顔を赤くしていたり、目を輝かせていたり、口許を手で覆っていたりしたけれど。そんなにおかしな顔をしていたのだろうか。

「「…かわいい!!!」」

女子数人に抱き着かれ、慌てて風を作って個性で受け止めた。…はて。かわいい、とは?

その後数分かけて力説されるも把握出来ず頭上にはてなマークを飛ばすばかりだった私を見、顔を合わせた彼女たちは。

「大丈夫、舞。うちらと一緒に楽しいことしていこうね!」

頬を紅潮させた弾けんばかりの笑顔を、私に向けてくれたのだった。

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