一話




「……あの、それ中身駄目になってると思うので、やめた方がいいですよ」

自宅から一番近いスーパー。日付が変わる少し前。そろそろ閉店といった頃合で、駆け込むようにして売れ残りの惣菜を買いに来た。
不幸なことに今日は全てが売り切れてしまっていたらしく、いつもは唐揚げやら何かしらの煮付けがあるコーナーは見事にすっからかんで。肩を落としながらせめて野菜だけでも、と野菜コーナーへ重い足を引き摺り、適当な玉ねぎへ手を伸ばした矢先のことだった。

「…」
「えっと…要らぬおせっかいだったら、すみません…」

うろうろと視線を彷徨わせる目の前の女性は、まだ ‘ 女性 ’ と称するには垢抜けていないような気もする。最近雑誌やテレビ番組のプロヒーロー特集で呼ばれるときに共演する女性たちと違い、ふわりと人工的な甘い匂いが漂ってくることもない。唇が真っ赤に染まっててらてらと光っていたりもしない。ただただ健康そうな、なまっ白い生まれたままの肌を晒して、困惑気味に俺の手の中にある玉ねぎを見ていた。

「わりぃ」
「いえ…」

一応これでも若手では有名なヒーローだという自覚はある。あまり過度に民間人と接するのは良くないだろうと、隣にあった玉ねぎを無言でカゴに入れ、更にその隣にあるじゃが芋を掴む。

「え」

するとまた隣から驚いたような、思わず漏れてしまったような声が聞こえてきてはっとした。

「…」
「…」

慌てて手を覆うも、もう遅い。きっとこのジャガイモも、彼女からすれば選択ミスというやつなのだろう。はぁ、と溜息を一つ零せば細い肩がびくりと跳ねた。怖がらせたいわけじゃないんだが。

「すみません…」
「あんたが悪い訳じゃないんだから、謝る必要はねぇ。…こういうの選ぶのは慣れてなくて、どれがいいのか分からねぇんだ」

変装用のキャップと大きめのサングラスは今まさに効果を発揮しすぎてしまっているようで、表情が伺えないことが彼女を更に怯えさせる原因になっているのだろう。かといって、これを取っぱらってしまうことは出来ない。いくら深夜帯とはいえ、どこに人の目があるか分からないからだ。ストーカーされて自宅を突き止められでもしたら、面倒なことになるのは目に見えている。
…参ったな、こういうのは苦手なんだが。
声音をなるべく優しく聞こえるように、意識して和らげる。

「わりぃんだが、良かったらあんたが選んでくれないか。俺が選んだら、多分また間違えちまう」
「え」

このままでは彼女も、気になって自分の買い物が進まないままだろう。だが悠長にしていられる時間もあまりない。ガラガラと重なったカートを店員が押していく音で我に返ったのか、彼女は眉を下げつつへにゃりと、ぎこちなく笑った。

「私でよければ」

その笑顔が、妙に胸の奥をざわつかせた。

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