わざと失う1分前

大阪城ホール公演のリハ中やのに、流れる音楽にボーカルの声は乗ることがなく。
ただ全員が呆然と、突然に現れた男を眺めていた。

客席から入ってきた男は迷うことなく、ステージ上へと上がってきた。

「修?」

彼の名前だろう、呟いたのは真ん中に立つ唯一の女の子、紫苑。
彼は彼女の腕を掴むと、ほかに一切目もくれず彼女を引っ張ってステージを降りようとする。

階段まで、そのまま引っ張られていった紫苑が腕を引っ張って抵抗する。
「やめて!」
小さな女の子の悲鳴に固まってたままの体が何とか動き始め、彼女のもとへと足を向ける。

彼女の悲鳴に二人とも止まって階段前で立ち止まる。

「紫苑、なんでここにいんねん!?」
彼女の手を掴んだ彼から、自然と出てきたメンバーの名前に足が止まる。

同じように彼女へと足を動かしていた直人さんと視線が合う。

「こんなことしてる場合ちゃうやろ?」

いらだった彼の言葉に、彼女は手を振り払う。

彼女はちらりと後ろを振り向くような姿を見せたが、すぐに彼のもとへと振り返る。

「何言ってんの。帰って。」

普段彼女から聞いたこともない関西弁に背中がすっと冷える。

「はあ?お前こそ、「関係ないやん。修には関係ない。」
「関係ないって、紫苑。」

小さくため息をついた#名前#は気怠そうに青年を見上げる。
「そのまんまの意味やけど。うちら他人やん、知ったようなふりせんといて。」

またゾクリと背中に悪寒が走る。
初めて見た彼女の姿に全身の毛が逆立つ。

「後悔すんなよ。」
彼も小さくため息をついて、申し訳なさそうに俺たちへと会釈をしてから何も言わずに会場から出て行った。

「すみません。リハ再開お願いします。」
マイクから聞こえてきた彼女の声には何の動揺も感じられへんくて、また全身の毛が逆立った。