ある日の夕方。
ランチタイムの喧噪も収まり、喫茶ポアロの客が疎らになったころ。
テーブルを拭いていた梓さんがキッチンへ戻ってきた。

――ガラスの向こうに目を遣ると、そこには小さなお客様の姿。

「もう大尉が来る時間ですか」
「はい。今日はいつもより遅かったんで、ちょっと心配していたんですけど…」

そう言いながら、梓さんはお皿にミルクを注ぎ、
ちょっと行ってきますね。と店先へと向かっていった。


安室はその姿を尻目に、洗ったばかりのグラスを拭きあげていく。
水の跡のない澄んだグラスも、喫茶店の雰囲気には欠かせない要素だ。
照明に掲げてその具合を確認していると。

「安室君、昼間の注文のことだけど――」

後ろのほうから、予約表とにらめっこするマスターに声を掛けられた。
「その電話なら梓さんが受けていました、呼んできましょうか?」
「あぁ、お願いするよ」



安室は掲げたグラスを仕舞うと入口へと向かう。
ドアを引くとカラカラと鈴の音が鳴った。

「梓さん、マスターが呼んでますよ」

背後から声をかけると、「あ、はい」と返事をした梓さんが振り返った直後。
その表情が、突然期待に満ちたものへと変わるのが分かった。

「そうだ!安室さんって探偵でしたよね」
「え、えぇ、まあ」
「じゃあこれって何かわかります?…あっ」
その瞬間、目の前に差し出された梓さんの右手のそれは、突風でどこかへ飛ばされてしまった。

「あぁっ…」
「今のは何だったんですか?」
名残惜しそうに目で追う梓さんに、安室は問いかけるが。

「あ、いえ、何でもないです。マスターが呼んでたんですよね?行ってきます」
そう言ってすぐに店の中へと入っていった。


 
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