重い扉を開けると、その先にはいつもの光景が広がる。
初老のバーテンダーに促されるまま、ありすはカウンター席についた。
「本日は何になさいますか?」
「じゃあ、スプモーニをお願いします」
「かしこまりました」
氷が入ったタンブラーに赤い液体が注がれていく。
手際のよいそれはいつ見ても無駄のない美しさを纏っていて、その所作をありすがぼんやり眺めているうちに、
完成したそれが目の前に静かに置かれた。
爽やかな甘味と控えめな苦み――
ありすが笑みを零すと、目の前のバーテンダーは片付けをしながら僅かに微笑んだ。
「いつ来てもやっぱり、美味しいですね」
「ありがとうございます。…最近はお忙しかったんですか?」
控えめな質問は、匿われることになったあの日を境にありすがパタリと来なくなったからのようで。
客のことを観察して些細なことも記憶に留めておく、バーテンダーもそういう職業なのだろう。
「えぇ、ちょっと色々と立て込んでいて」
「じゃあ、せめて今はゆっくりなさってください」
ガチャリと扉が開く音がすると、目の前のバーテンダーは一礼して入口のほうへと向かう。
周囲に人が居なくなったありすは、ジャズが流れる店内の様子をそっと窺うが…
どうやら見知った顔はいないようで胸を撫で下ろした。
目の前のグラスが空になると、先ほどのバーテンダーが再び近づいてくる。
「…マンハッタンを」
「かしこまりました」
ミキシンググラスに次々と注がれる液体を眺めながら、
そういえば。とありすは何気なくといった様子で口を開く。
「この前お会いした方々は、よく来ているんですか?」
ピンと来ていない様子に、金髪の彼と黒髪短髪で眼鏡のおふたりです、と付け加えると
眼前のバーテンダーは、あぁ。とゆっくり頷く。
「何度かお二人でいらっしゃいましたが、黒髪の男性ひとりのほうが多いですね」
「そうなんですね、私もよく来ていたのに今まで会わなかったのが不思議です」
「どちらかというと、あちらは金曜日の遅い時間にいらっしゃることが多いですからね」
金曜日の遅い時間…
飛田を尾行するにはここを狙うべきだろうか――
偶然にも今日は木曜日。
ありすは明日のことをぼんやり考えながら、深紅のそれを口に運んだ。
the Manhattan Club