人気のない夜の波止場は、街の賑わいと相対するように、暗く静かな場所となっていた。
コンテナが秩序正しく並べられた陸の端にはセダンが2台、そしてこの場に相応しくない人影。
どこからだろうか、静寂を切り裂くように銃声が響く。
「待ってカルバドス!」
2台の車には負傷したFBI女性捜査官と意識を失った少年が凭れ掛かり、その傍らには銃を持って叫ぶブロンドの女がいて。途中で現れた茶髪の少女は、飛び出して来た女子高生に抱きかかえられるようにしてスナイパーから護られている。
「待ってって言ってるでしょ!!」
女の制止が届かないのか、止まない狙撃に焦った女が狙撃主のほうを撃つ。
暗闇に光る射線——そこにはコンテナの影からその軌跡を辿る、赤井の姿があった。
視線の先にはライフルを構える男がひとり。赤井はその姿を捕らえると、背後から標的へと近づくために動き出した。
******
ベルモットが向ける銃口の先にいる二人——
シェリーと呼ばれるその少女だけでなく、毛利蘭さんまでもがこの危険な場所に飛び出してきたことは、ジョディにとって完全に想定外だった。
「と、とにかく標的を彼女たちから逸らさなきゃ…」
ジョディはコンテナ脇に弾き飛ばされた銃へと必死に近づく。撃たれた横腹は動くたびに激痛が走り、顏を歪ませた。
1対1にさえ持ち込めれば、まだこっちにも勝算があるはず。もう少し、もう少しで銃に手が届く…
「Move it, Angel !!」
ベルモットがそう叫ぶのと、ジョディが引き金を引くのはほぼ同時だった。銃弾は銃を構えたベルモットの右腕を掠める。
「な、何!?」
痛みに歪むベルモットの視線が、ジョディのほうへと向けられる。
「こ、ここなら、ライフルの死角… 銃を捨てなさい、さもないと次は頭を…」
そう叫んだ、その時。
背後から近づく足音。そしてカチャリ、と不穏な音。
コック音、もしやショットガン…?!
「OKカルバドス、挟み撃ちよ」
ま、まずい。このままだと…
足音は一歩一歩、こっちへと近づいてくる。ジョディは必死に打開策を探していた。
「さぁ、カルバドス。あなた愛用のそのショットガンでFBIの子猫ちゃんを吹っ飛ばして?」
絶体絶命のこの状況で、背後から敵に――
******
「ほぉー、あの男、カルバドス、というのか。ライフルにショットガンに拳銃3丁、どこかの武器商人かと思ったぜ」
この声、シュウ!?
背後から現れたのは、いくつもの武器を担いだ赤井。窮地を脱したことを悟りジョディの顏が緩む。
「もっとも、両足を折られて当分商売はできんだろうがな。まあ。カルバドスはリンゴの蒸留酒。腐ったリンゴの相棒にはお似合いってところか」
「く、腐ったリンゴ?」
「あんたにつけた標的名だ。大女優シャロンが脚光を浴びたのは、舞台のゴールデンアップル。あのときのままあんたは綺麗だが、中身はしわしわのラットゥンアップル――腐ったリンゴ、ってな」
赤井からの挑発に、ベルモットが不愉快な顔をして銃を構えなおす。
が、それより先に赤井がライフルから弾を放ち、ベルモットはその場に吹き飛んだ。
「だ、だめよ、シュウ」
焦るジョディに赤井は顔色も変えず返事をする。
「安心しろ。防弾ジャケットやパッドを重ねて体中に装着していることぐらい、奴の動きでわかる。あばらは2・3本折れただろうがな…
それより見ろ、散弾で避けた奴の顏。やはりあれがあの女の変装なしの素顔ってわけだ」
形勢逆転、不利となったベルモットは、少年を抱きかかえて車へと乗りこみ、逃走を図る。遠ざかる車にジョディと赤井は発砲を試みるが、ベルモットの銃弾で残りの車は炎上してしまった。
******
「ピュー。あの状態でミラー越しにガソリンタンクを打ち抜くとは。やるねぇ」
「シュウ、何感心してるのよ、人質取られて逃げられちゃったじゃない」
「てめーの車のキーぐらいは抜いとけよ」
「あいたた、わ、悪かったわね…」
ジョディは思わず不満を零すものの、自分のミスを突かれて言い淀む。
「まあ、収穫ならあの女の仲間があそこに ん?」
コンテナのほうから聞こえる1発の発砲音。
「おいおい、まだ銃持っていたのか」
「まさか、自決…」
その時、遠くから聞こえるサイレン。
「おっと、日本警察のお出ましか」
「きっとこの子が呼んだんだわ。トランクの中じゃ会話は聞き取れなくても、銃声ならわかるから。
多分、私の家の写真を見て不審に思い、アタシの事を探ろうとして、車に忍び込んだのよ。そして、銃声につられて外に出て、銃口を向けられた茶髪の子をかばったんでしょうけど…さっきのドンパチで撃たれたと思って、ふたりとも気絶しているわ。まったく、度胸があるんだかないんだか」
ジョディが困った顔で蘭と灰原を見つめたとき。
「ありす。追跡できたか?」
突然赤井が、この場に居ないありすの名前を呼んだ。
「え?ありすは今回参加させないって、シュウが言ってたんじゃ…」
困惑するジョディとは裏腹に、赤井は携帯電話を取り出し受話ボタンを押す。
『…赤井さん、追えませんでした』
「だろうな、位置取った場所と逆方向に逃げたからな。とりあえずこっちに車をまわしてくれ」
『...わかりました』
赤井は携帯を仕舞うと同時に、困惑するジョディのほうに振り返る。
「じゃあ、あとはまかせた。長期休暇で来日していたFBI捜査官が、ガキの誘拐事件に巻き込まれたとでも言っておいてくれ。あの女を逃した現状では、本当のことを話しても誰も信じてくれんだろうし。
結局、本命は出てこず仕舞い。
それに俺はまだ、その茶髪の少女と顔を合わせるわけにはいかないんでな」
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