コーヒーが、飲めなくなった。
あの日を、赤井さんを、嫌でも思い出してしまうから。
『お前は俺の懐刀だ』
赤井さんは、私を信頼していると言ってくれた。
でも、赤井さんはあの日、私に何も告げずにひとりで出て行った。
私がもっと頼りになったら、私にできることがあったのかもしれない。
私がもっと強ければ、 私がもっと聡明だったなら、
私がもっと…
そうしたら、赤井さんは今も生きていたのだろうか――
******
ここ最近、眠れていないのはわかっていた。
日差しが照りつけるキャンパス構内、落としたハンカチを拾おうとして、視界がぐらり、と歪む。
あ、だめだ。ありすはとっさにその場にうずくまった。
とにかく、おさまるまで、このままで…
ぐらりぐらりと揺れる感覚に耐えていると、
「大丈夫ですか」
頭上から、男の人の声がした。
しばらくすると、身体の中心が定まってきて、平衡感覚を取り戻す。
うずくまったまま、そっと目をあけると――
心配そうに、男の人がこちらを覗き込んでいた。
「もう大丈夫です、ありがとうございま…」
立ち上がろうとした瞬間、ありすの視界が大きく歪む。
不味い、そう思って、とっさに身体を支えようと手を伸ばしたのは覚えている。
気がつけば、ありすは男の人に抱き抱えられていた。
「しばらく、向かいのベンチで休みましょう。歩けますか?」
小さく頷くと、支えられるがままベンチへと移動する。
ありすが座ったまま、足元を見つめ、ただじっと揺れている感覚に耐えていると。
いつの間にか、男性の気配は消えていた。
******
どのくらい経っただろうか、段々と視界が定まってきたころ。
「よかったら、どうぞ」
いつ戻って来ていたのだろう。冷たいスポーツドリンクを差し出された。
「スポーツドリンクと、コーヒー…」
男の右手には、缶コーヒーが握られていて。ありすが咄嗟に口走る。
「…コーヒーの方が、いいですか?」
「いえ、こちらを…ありがとうございます」
受け取ったスポーツドリンクをひとくち含むと、口から喉、そして身体の中心を冷たい液体が通り抜けていく。
やっぱり、疲れていたのかもしれない。
それとも親切にされて気が緩んでしまっていたのだろうか。
「最近色々あって、コーヒー飲めなくて…」
思わず口走った言葉で、男性が困惑したように見えて、ありすは急いで言葉を繋ぐ。
「あ、すみません。急に学内で倒れたりして、助けたら助けたで突然こんなこと…びっくりしましたよね。ごめんなさい」
ありすは笑ってみるけれど。表情筋は自分でもわかる程に引き攣っている。
嘲笑を浮かべて俯くありすを、気遣ってくれたのだろうか。
「これも何かの縁です。私で良ければ、聞かせてください」
男性は、そう言って微笑んだ。
どうしてだろう。その空気は、どこか、懐かしくて。
聞いて欲しいって、思ってしまったんだ。
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