手元に視線を落としながら、ありすはぽつりぽつりと話し出す。
「最近、大切な人を失ってしまって。
その人は、私の師であり、目標であり、兄のような存在で。
少し前から遠い場所に行っていたのは、知っていたんですが、突然…電話で訃報を聞いて、それが最後で…だからよくわからないけれど、自分の中でうまく折り合いがつけられなくて」
本当はまだ生きてるんじゃないかって、内心では思ってるのかな…
そう言って、ありすは力なく笑う。
「昨日の朝なんて、駅で見かけた気がして。当たり前だけど、追いかけたらやっぱりいなくて…」
「駅、ですか…」
それまで静かに聞いていた男性が、口を開く。
「ええ、向かいのホームのその人と一瞬目があった気がして…私の家の最寄り駅ってだけで、その人には何も関係ないのに。変ですよね…もう、いるはずないのに」
そう言うと、ありすは遠くを見つめる。
「私、その人がいなくなる少し前に話をしていたんです。他愛のない会話をして、信頼してるって言って貰えて…驚いたけど、嬉しくて。
だから尚更、私にも何かできたんじゃないか、って…私が本当に”それ”に値する人間だったら、結末は変わっていたんじゃないか、って。
そんなのもう全部、遅いのに…」
そう、全てがもう、今更で、どんなに悔やんでも、赤井さんはどこにもいなくて…
「…泣きたい時には、泣いてもいいんですよ」
ペットボトルを握り締め俯くありすの頭が、ぎこちなく撫でられる。
そうだった。私がまだ学生で、赤井さんのことを兄のように慕っていた頃。
いつも赤井さんがこうやって慰めてくれていた。
あたたかくて、大きくて、安心する掌――
今まで見ない振りをしていたのかもしれない。
このまま、残酷な現実を受け入れずにいたほうが、幸せだったのかもしれない。
けれど…
「なんで、どうして… ねえ、こんなのやだよ…」
溢れ出した涙は止まることを知らず、ありすの頬を濡らしてゆく。
――私は、大切な人を失いました。
Black coffee
それはいつもあたたかかった