朝起きると、ダイニングテーブルでコーヒーを片手にノートPCを眺める赤井さんの姿。
コーヒーメーカーからの香りが、部屋の入口まで漂っていた。
「おはようございます…私もコーヒーいただいていいですか?」
「ああ、紅茶もあるが」
「ありがとうございます、でもコーヒーの気分なので」
「…そうか」
一杯分のコーヒーをカップに注ぐと、赤井さんの斜め向かいに座る。
カップに顔を近づけると深みのあるカカオのような香りが鼻腔を通り抜けて、強めの苦みと控えめな酸味が味覚からほどよい刺激を与えてくれる。
穏やかな朝。問題は山積みなのに流れる空気が心地よくて、少し気持ちが軽くなる。
私がこれからどう振る舞うべきか――
その答えを出すためにも、私はもっと色々なことを知らなくてはならない。ありすは決心するとコーヒーの苦みを味わって、口を開いた。
「安室透、彼は組織ではどのような人物だったんですか?」
「コードネームはバーボン。情報収集及び観察力・洞察力に長けた人間と評されていた」
情報収集及び観察力・洞察力に長けた人間――ありすは赤井の言葉を反芻する。
初対面ではかなり思慮深く警戒心の強い人に見えたものの、2回目以降はニコニコと人懐っこい様子でありながら、鋭い観察眼で私の情報をしっかりと集め、探り当てていた。その一方で、赤井さんに関することでは感情を抑えられないきらいがあって…本来の彼は感情に真っ直ぐな人間だ。
「後天的に身につけた洞察力とコミュニケーション能力が、彼の武器ということですか」
ありすの言葉に、カップを口に運ぼうとしていた赤井の手が止まる。
「…つまり、それらは彼の生まれ持つ気質ではないと?」
「ええ、彼は本質的には直情径行型の人間…」
ありすの言葉に、赤井の目が大きく見開く。
「ありす、彼とはどういう関係だ?」
いつもにはない直球の質問。関係を築きすぎていることを咎められているようで、ありすはその迫力に内心たじろいだものの、それを悟られまいとして口を開く。
「一言で表すなら、見知った隣人です。最初の接触も恐らく偶然で、その後も何度か向こうから接触がありました。私のことに多少関心があったようですが、その時点では向かいの大学院生という認識だったはずです。ただ…」
「…ただ?」
「来葉峠の事件から数日後には、赤井さんの死を把握していました。そしてその時点で既に私と赤井さんに繋がりがあることを掴んでいたようです。関係性までは掴めていないようでしたが…」
「つまり、彼にとってありすは、赤井と何らかのつながりを持った大学院生の隣人ということか」
そう言って赤井は再びカップに手を伸ばす。
――そう、ただの隣人。少なくともあの日までは。
「ジョディやキャメルにも赤井秀一に変装した人物が接触している。反応を見て俺が生きているかを確かめようとしたのだろう。それがありすの前に現れたということは、彼から組織にありすの情報が流れたということ…変装したのはベルモットあたりだろうが」
「いえ、あれは恐らく彼の…バーボンの変装です」
「…?」
赤井さんがその真意を訊こうとじっとこちらを見つめていて、
湯気の立つカップからは、相変わらずコーヒーの仄かな匂いが立ち込めている。
「街中ですれ違った赤井さんの偽物と、安室さんは同じでした。匂いも、立ち姿も、歩き方も…
赤井さんを探しているのは、安室透——バーボンです」
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